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新世紀陰陽伝セルガイア

第十七話~母への想い~

前回のおさらい
 
 学校の仲間と、深夜廃工場で肝試しをしたエン。そこで見事自分ひとりで魔物の事件を解決することに成功する。エンはハヤトを見返した気持ちになっていたが、そんな姿を水晶越しに見ていたハヤトはエンのあまりの滑稽さに笑いを堪え切れずにいた…。


第十七話~母への想い~


◆エンの自宅
 
 その日、朝早く、エンは自宅の庭にて何やら始めようとしていた……。おもむろに自分の近くに落ちていた木の枝を拾うとそれを使い、地面に大きな魔法陣の様なものを描いていった。そしてそれを描き上げると、その中心部に静かに小さな写真立てを立てかけた。そのあと自らも直ぐに写真立ての近くに腰を下ろしあぐらをかくと、静かに目を瞑った……。エンは瞑想を始めたのだ。
 エンは精神を集中させてから暫く経つと、ある呪文を唱え始めた……。エンが始めようとしていた事。それは『泰山夫君の術(たいざんふくんのじゅつ)』だった。それは死者を蘇らせると言われている秘術である。
 朝もやの中静寂に包まれたその庭で、エンは精神を集中させながら呪文を唱えていた。そして目の前に置いた写真立たての中で、幼い頃に亡くした自らの母が微笑みながら見つめていた……。

◆8年前

「八神さんすみません。いつもいつも本当に助かります」 

「いいんですよ。できる人ができることをやる! 得意なことで人の役に立てたら私が幸せなんです」
 
 その日、エンの家の玄関で二人の人物が会話をしていた。ご近所さんと母親だった。エンの事を女手一つで育てているこの母は、近所からも評判の良い心優しい人間だった。誰かが困っていれば率先して手助けする。そんな慈善家の母の事を、エンは幼いながらに心から尊敬していた。そしていつか自分もそんな人になりたいと思っていた……。今日もそんな母の行動が伺い知れるやり取りを見て、エンは何となく誇らしげだった。そして、エンはそんな母に近づくと、おもむろに母の背に向かい声をかけた。

「お母さん」

「あらエン! 遊んで来るの?」
 
 エンが手にしたゴムボールを見て察した母は、彼に優しく「行ってらっしゃい」と声をかけた……。
 そして「うん!」と元気いっぱいに返事をし、エンは玄関先から飛び出した。……その時だった! その場にけたたましいクラクションが鳴り響く! トラックだ! これからの遊びの事で頭がいっぱいだったエンは車など気にすることもなく道路に飛び出し、そこへトラックが突っ込んできたのだ!

キキーーーーー!
 
 エンはとっさに目を瞑る! すると!

ガシャーーン!

 けたたましい音がしたかと思うとその直後、ドスッという鈍い音がした。思わずエンがその方向に目をやると、なんとそこには血だらけの母親が倒れているではないか……!

「お、お母さん!!」
 
 エンは咄嗟に手にしたゴムボールを放り投げ母に駆け寄った!

「エン……良かった……無事ね……」

「お母さん! お母さん! 死んじゃやだよ! お母さん!」
 
 泣きじゃくるエンに対し、母は笑顔で語りかけた。

「エン……いいのよ……私の命が役に立ったんですもの……」

「お母さん! お母さん!」

「でも……エン……ごめんなさい……もうあなたを守れそうにない……」

「お母さん! お母さん!」

「エン……強く……生きて……あなたが……誰かを守れるように……」

「お母さーーーーん!!!!!!!!」

 ……その後すぐに救急車で病院に搬送された母であったが残念ながらその数日後、彼女は息を引き取った……。 その後、エンは母の友人の女性のに引き取られて行ったのである。
 これはエンがまだ5歳の頃の事だった……。

◆現在 

 エンはそんな母の事を思い出しながら呪文を唱え続けていた。死んだ人間を蘇らせることなど不可能……。そんなことは分かっていた。しかしたとえ霊体あっても構わない、せめてもう一度話がしたい、会って直接「僕はもう大丈夫」……そう伝えたかったのだ。

「お母さん!」
 
 呪文を終えると思わずそう叫ぶエン。しかし、彼女の姿はそこにはなかった……。

「やっぱり、まだまだか……」
 
 エンは肩を落としながらそう呟いた。
 エンはこの秘術を昔から幾度となく試し、そして幾度となく失敗に終わっていた……。だが白毫の力に目覚め自らの霊力が高まった今ならば、いよいよ念願を叶えることができるかと思っていた。だがその期待もむなしく、やはりこの日も泰山府君の秘術は失敗に終わってしまうのだった……。

「でも、お母さん! 僕はもっともっと鍛えて一人前の陰陽師になって、必ず僕の力でもう一度お母さんに会ってみせるからね!」
 
 エンは虚空に向かってこう叫んだ……。その時だった!

「おいクソガキ! さっさと学校行って来い!」

 突然響いた何者かの声に驚き、エンは咄嗟に足で魔法陣を書き消した。
 声の主はエンの引き取り手のおばさんだった。叔母はエンの母の友だった。親友の頼みだからと引き取ったはいいものの、彼女はエンを煙たがっていた。水商売をする彼女は、酔っ払いながら朝帰りをすることが日常茶飯事。そして酒癖が悪くいつもエンを怒鳴り散らすのだ。エンはそんなおばさんと実の母をどうしても比べてしまい、いつもため息をついていた。

「何やってんだよ! 早く義務教育終わらせてとっとと金稼いで来いクソガキ!」

「わ、わかったよ! 行ってきます!」
 
 そう言うとエンはそそくさと出かけて行った……。

◆出先にて
 
 エンは学校に行くふりをして、自宅が見えなくなった頃にその足を違う方角へと向けた。陰陽庵だ。先ほどの叔母とのやり取りはエンを学校から遠ざける一つの要因だった。ところが、この日はもう一つ陰陽庵に訪れたい理由があった。それは、昨日廃工場にて自分ひとりの力で魔物を退治できた事を、約束通りにハヤトが見ていてくれたのか確認したかったからだ。エンは急ぎ陰陽庵へと向かった。

◆そば屋『陰陽庵』・外
 
 陰陽庵に着いたエンが扉を開こうとそれに手をかけると、「よう! エンくん!」という声がした。見知った郵便配達のおじさんだ。なぜ声をかけられたのか分からずきょとんとするエンに、おじさんは「これ渡しておいて」と一通の手紙を渡しすぐさま次の郵便を届けに行ってしまった。そしてふとその手紙の差出人に目をやるとエンは驚いた。

「夜野さん!?」
 
 そこに書かれていたのはエンが想いを寄せるクラスメイトの『夜野鈴音』の名であった! そして手紙の内容を読むからに、それはナイバスへの依頼文だった! エンはとっさに再び扉に手をかけると一気にそれをスライドさせた!

ガラガラガラ!

「ハヤトさん! バンさん! 依頼です!」
 
 エンは手紙を頭上高くに振り上げながら大声でアピールすると、店内に待ち構えていたバンが驚いた顔でエンに向かって「シー!」という声を出して制止した。

「ば、バンさん! 依頼ですよ依頼! すぐに行かないと!」
 
 再び声を上げるエンに対し、やはり再び静かにするよう制止するバン。

「え!? どうしたんです!? ……ハヤトさんは?」

「ちょ、静かに! 話は聞くからちょっと待て!」

 バンが困惑していると店の奥の階段からゆっくりとハヤトが降りてきた……。

「依頼……だって……?」

「え!? ハヤトさん!?」
 
 エンは現れたハヤトの姿を見て驚いた! なんと体中傷だらけだった!

「ハヤト……寝てなきゃダメだろ……エンは俺が相手するから」

「いや、俺が……守るんだ……魔物から……命を!!」

「え!? ちょっと何があったんです!?」
 
 ハヤトはその体を抱きかかえに来たバンを手で押しのけると、エンの持っていた手紙を奪い取り素早く目を通した。そして読み終えたかと思うとすぐさまその体で陰陽庵を出ようとした。

「ハヤト!」

 バンは咄嗟にハヤトに駆け寄ると、みぞおちに一発パンチを喰らわせた。そしてハヤトはそのまま気を失い、バンの腕のなかに抱かれていった……。

◆陰陽庵二階・ナイトメアバスターズ事務所

「一体何があったんです!? ハヤトさんがこんなになるなんて……」
 
 バンは気を失ったハヤトをベッドに寝かしつけると、エンにその全容を語り始めた……。
 ハヤトは昨晩エンが一人で魔物を倒したことを水晶越しに確認した後、突如舞い込んできた依頼先での戦闘で見事魔物を倒すことに成功した。だが、その魔物はあまりにも強大な力を持っており、ハヤトは重傷を負った挙句あろうことかその依頼主は魔物によって命を落としてしまったのだった……。

「そんな……」
 
 ハヤトは、由緒正しい寺の跡取りである。昔から“命”に対して敏感だった。そしてそんな命をただただ無差別にむさぼり喰らうだけの存在である『魔物』を心底憎み退治してきた。そんなハヤトは昨夜命を救うことができなかった事に憤慨し自らを責め、傷ついた体のままその憂さを晴らすことを望んでいるかの如く、次の依頼を心待ちにしていたのだった。

「陣羽織の効果で傷の治りが早いとは言え、完治まで恐らく3日はかかるだろう……。だがいくら寝てろと言っても聞かなくてな」

「そう……でしたか……」
 
 気絶してようやく大人しくなったハヤトを横目に、バンは「ふー」とようやく一呼吸ついた。そしてエンにお茶と好物の煎餅を出すと、自らも事務所の机に腰をかけ湯呑に口を付けた。そしてそれをすするとエンに手紙を見せるよう訴えた。そこには次のように書かれていた。

『私は夜野鈴音と申します。幾度となく命を救っていただき心より感謝しております。この度、わたくしの方からお願いを申し上げたく、ここに一筆申し上げた次第でございます。最近、わたくしのいとこが“織戸幸愛会(おりとこうあいかい)”なる新興宗教にのめり込むようになり、どうも様子がおかしいのです。最近婚約者が事故により命を落としてからは以前にも増して様子がおかしくなったようで、いよいよ音信不通と相成りました。この手の件に関しては恐らくどこよりも精通されておられると存じ、お手紙をしたためた次第……』
 
 そして、その文章を見たバンは血相を変えエンにこう申し出た。

「エン……。今回の依頼、お前も来てくれ……」

「え!? いいんですか!?」

「ハヤトもこの通りだしな。それに……」

「それに……?」

「織戸幸愛会……。俺たちが昔からずっと追ってきた……悪の宗教団体だ……」

「え!?」
 
 辺りには不穏な空気が立ち込めていた……。

つづく!

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