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新世紀陰陽伝セルガイア

第十四話~既視感の狭間で~

前回のおさらい

 陰陽庵に新しい電話機を取り付けたエンは、その後バスターズと共に病院で魔物を退治した。陰陽庵に戻ったハヤトは、電話線が抜けていることを見つけ、電話機を設置したエンをこっ酷く𠮟りつける。エンのナイバス所属は程遠いのであった……。


第十四話~既視感の狭間で~


◆深夜・心霊スポットの廃工場にて

 「ぎゃぁぁぁぁぁつ!」
 「みんな急いで!!」
 「逃げろ! 逃げろーーーっつ!!」

 この日、エンはキリヤとその取り巻き二人に加え、スズネと共に深夜の廃工場に肝試しにやってきていた! そしてあろうことか魔物と遭遇! 工場の出口に向かって必死に逃げ惑っていた!! しかしその場にセルガイアを開眼させたエンがいるにも関わらず、工場からの脱出は困難を極めていた。なぜなら一同は工場内にある『鏡の世界』に吸い込まれ、“そこからの”脱出を余儀なくされていたからだった!

 ……なぜこのような状況に陥ってしまったのか。それは日中の出来事にさかのぼる……。

◆鎌倉市立第二中学校・玄関にて

チュンチュン

 小鳥たちのさえずりが日常の朝を告げている。
 その日学校の玄関でエンがいつものように下駄箱の蓋を開けると、そこにある筈の上履きが無くなっていた。


(あれっ!?)


 近くにあるのではと思い辺りをキョロキョロと見回すと、物陰から彼を見つめる複数の視線があった。


「あ……! 桐谷……」


 それはいつもエンの事をいびる、桐谷(きりや)と取り巻きの二人であった。


「おい八神。上履き、見つけてみろよ」


 その一言を言い放つと、キリヤ達はケタケタと笑いながら走り去って行った。上履きは彼らによって何処かに隠されてしまっていたのだ。


「はぁ……またか」


 エンは一呼吸深いため息を着くと、上履きを探すために靴下のまま玄関を上がる。
 ……これこそエンの日常だった。そして、いびられるのが日常茶飯事であるが故、最早彼はこの生活に慣れていた。

 エンはすぐに気を取り直すと、自分の下駄箱から点々と散乱する破れたトイレットペーパーが道しるべになっていると悟り、その跡を辿って歩き出すのだった……。


◆一方 陰陽庵にて

 時同じくして陰陽庵では、ナイトメアバスターズのハヤトが千里眼の術を使い、水晶の中に映し出されるエンの姿を無言のまま眺めていた。

 暫くすると、水晶を見つめるその背後で何者かの声がした。


「……お前、やっぱり何だかんだ言ってあいつの事気になってんだな?」


「!?」


 話しかけてきたのは相棒のバンだ。


「は? そ……そんな事ねーよ」

「だってお前、最近毎日あいつの事観察してるじゃねーか」

「ちげーよ! ……俺、アイツと約束したからな……」

「ん? 約束?」


 それは数日前。電話線の一件で起きた出来事だった。


◆数日前・陰陽庵

「おいエン!」

「え? 何です?」

「電話線……抜けてんじゃねーかぁぁああああ!!!!」

「ええっ!? 電話機ってコンセントだけじゃダメなんですか!?」

「当たり前だろ! あぁぁあ! やっぱりお前に頼むとロクな事がない!」

「ごめんなさい! でも知らなくて……!」

「あぁぁあ! お前やっぱもう店に来んな!」

「えぇっつ!? こんな事ぐらいで!?」

「いいか、こういう些細な事が大きな事件に発展したりするもんなんだよ!」

 こんなバチバチのやり取りにバンが割って入った。

「ちょ……まぁ二人とも落ちつ……」

「もういいです! ハヤトさんに頼らなくったって僕一人で魔物を倒してみせますよ!」

「おうおう! やれるもんならやってみろ!」

「やって見せますよ! 僕も白毫使いなんですから! それじゃぁ千里眼で僕の事見ててください!」

「そうかそうか! 出来ずに悔しがってる様を大笑いしながら見てやるよ!」


 そして二人は物凄い勢いで、お互いの首をプイと逸らした。


『ふんっ!!』


 そんな二人にバンは深いため息をついた。


◆再び現在・陰陽庵にて


「……成る程な、あの一件か」

「そういう事だ……」

「しかしそんなにアイツが嫌いなら、これを機会に関わらなきゃいいんじゃないか?」

「……」

「ははっ! やっぱり気になるんだろ」

「ちげーよ! あいつ見てるとな! その……何と言うか……飽きないんだよ」

「確かに。それは一理ある」

「……」

「しかもアイツ、どんなにいじめられてもへこたれないもんな……。そこがまたアイツの魅力なんだろ?」

「……」

「はぁ~ぁ。お前もホントに素直じゃないよな」


 そんな会話を交わしながら、二人は再び水晶の中のエンに目を落とすのだった……。


◆鎌倉市立第三中学校 二階・男子トイレにて


 エンは校舎内に散乱するトイレットペーパーを拾い、それを片付けながら先に進んで行った。そして辿り着いた先は自分の教室がある二階の、男子トイレだった……。
 入り口の扉を開けると破れたトイレットペーパーは一番奥の扉まで続いていた。


「何だよ~。トイレに隠して、ヒントがトイレットペーパーだなんて……アンチョビだなぁ」


 それを言うなら『アンチョク』だ。

 エンは濡れたタイルで靴下を汚しながら一番奥の扉へと近づいて行き、そこを開いた。すると……


(有った……)


 エンはようやく自分の上履きを見つけた。……のだが、それは何者かの大便まみれになっていた。眉間にシワをよせつつ、エンは便がこびり付いたそれを手に取ると、トイレの流しでそれをゴシゴシと洗い流すのだった……。


◆2年B組・エンの教室にて


 その頃エンのクラスでは、キリヤが何者かに言い寄っていた。

「そんな事言わずにさ……いいだろ一回ぐらい!」

「ダメです……私、行けません……」

「いやいや行こーぜ肝試し! 絶対面白いって!」


 その話相手は、エンが想いを寄せる少女、夜野鈴音(よるのすずね)であった。


「キリヤ君はワタクシの家柄をご存じの筈です! 『しきたり』で夜に出歩くなんてできません!」

「うるせーなしきたりしきたり……この俺が付いてるんだから大丈夫だよっ!」


 実は以前の許嫁であったマイトが亡くなってから、あろうことかこのキリヤがスズネの許嫁になっていたのだ!
 このキリヤという男、弱者をいびりつつも教師や大人たちには媚を売り成績優秀。大人たちからは評判を買っているものの、生徒達からは心底嫌われている、タチの悪い男なのだ……。


「……いいえ無理なのです!」

「おい、許嫁の言う事が聞けないってのか?」


 キリヤにとってスズネが許嫁になったことは好都合だった。全校生徒のマドンナ的な存在であるスズネが、自分の物となった……。彼は近頃ますます有頂天になっていた

 そんな二人のやり取りに、キリヤの取り巻きの一人である英人という人物が割って入った。

「なぁスズネちゃん……。痛い目見たくなきゃ素直にアニキに従ったほうがいいぜ……」

この英人(えいと)という男、高身長でひょろっこいが腕っぷしが強い。他人をあざけることに快感を覚える性格のため、常にキリヤと行動を共にしている。

 そして更にもう一人の取り巻きである米太(べいた)という男も割って入った。


「そうですよぉ? 肝試しで怖がらせて惚れさせる、アニキの“吊り橋効果作戦”……乗らない手はないでしょう!?」

(バカ野郎! 手の内明かしてどうすんだよ!)

(イテテテ・・・。すんませ~ん)


 そしてキリヤのゲンコツを喰らったこの米太(ベイタ)という男。エンをも下回る低身長で、いかにも小者と言わんばかりの風貌。どこに行っても除け者扱いだったが、キリヤをヨイショすることでようやく自分のテリトリーを見つけた人物である。キリヤの使いっぱしりで、長いものには真っ先に巻かれにいくタイプの人間だ。


「……とにかくスズネ! 逆らうんじゃねーぞ……。今夜は肝試に行くんだからな!」


 と、キリヤが言い放った時だった。


ガラガラガラ!!


 教室の戸が開き、上履きを洗い終えたエンがやって来た。
 そんなエンに対し、キリヤがニヤリとほくそ笑みながら声をかけた。


「お? 八神ィ? 上履き見つけたか?」

「キリヤ君! また八神君をいじめているのですか!?」

「うるせーなぁ、俺の楽しみなんだよ!」

「あ……夜野さん…。ははっ大丈夫だよ! いつもの事だし!」

「しかし……」

「大丈夫! 上履きもちゃんと見つけたし! ほらね!」


 そう言うとエンは自分の足元を大きく指さした。


「は!? マジか! お前それ履いて来たのか!?」

「だって僕の上履きだもん」

「おぇえ……! くっせぇえええーーー!」


 一度大便がこびり付いたエンの上履き。いくら洗おうとその匂いまでは取りきれず、彼の足元からは強烈な悪臭が放たれていた。


「うわっきったねぇ~! 近寄るなよ!」

「アニキ、コイツうんこマンですね!」

「そうだな! ハハっ! う~んこマン……」

「う~んこマン!」

「うーんこマン!」


 そしてベイタのこの一言を皮切りに『うんこマンコール』が始まった。


「う~んこマン!」

「うーんこマン!」

 そして段々とそれにつられてクスクス笑う者や手拍子を始める者も現れ始め、クラス全体からが『うんこマンコール』で包まれた。

 そんな光景を見かねたスズネは、とうとう声を荒げた!


「皆さんお止めください!」


 しかしそんなスズネの声がかき消される程に、そのコールは大音量に膨れ上がっていた。
 それでも必死に、それを止めるよう声を上げるスズネをよそに、当事者であるエンはキリヤに対しいつも通りあまり気にしていないそぶりを見せた。


「はーい。うんこマンですよー」

「あん!?」


 しかしその返答が裏目にでてしまう。エンの気の抜けた返答に神経を逆なでされたキリヤは、いよいよエンに拳を振り上げた!


 ……いつものように殴られる! エンはそう思い目を瞑った!

 その時だった……。エンの窮地を救ったのはなんとスズネであった。


「お止めください!」

「おい! 放せスズネ!」

「お止め……ください……!」


 スズネは渾身の力を込めて、今にも振り下ろさんとするキリヤの拳を受け止めていた。
 ……助かった。エンはそう思うのと同時に、また自分がスズネに守られている事を情けなく思い肩を落とした……。

 スズネに動きを止められたキリヤはさらに怒りをあらわにすると、スズネを突き飛ばそうと力を込めた。ところがだった。


 「くっ……!」

 なんとその動きを見きっていたかのような動作で、キリヤをいとも簡単にいなしてしまったではないか!

 「ちっ……流石だな……」

 スズネは由緒正しいい家に生まれ育ち、護身術にも長けている。エンもその事実は知っていたが、最近ますますその動作に磨きがかかってきたと感じ感心した。そして尚更自分の情けなさ、不甲斐なさに肩を落としていた。

 そんなスズネに対し、キリヤは怒りの表情を露にしたままジリジリにじり寄って行くった……。そしてスズネの目の前に顔を近づけると次の瞬間、微動だにせず睨みをきかせるスズネに対して思わぬ言葉を投げかけた。


「なぁスズネ……。いいこと思いついたぞ……」

「な、何です……?」

「お前がかばうこの八神に、人質になって貰おうと思うんだ……」

「!?」

 何かを企むキリヤは、いやらしい口調で更にスズネに語りかけた。


「今後二度とコイツにちょっかい出されたくなかったら、今夜、絶対に俺と肝試しに付き合え……!」

「!!」


 こんな一連のやり取りに、実のところエンは既視感を感じていた……。セルガイアの力に目覚めたあの日の光景にそっくりだったのだ。ただ、そこにはもう親友のマイトはおらず、そして今回の人質はスズネではなく自分自身だった……。


「だ、駄目だよ! この前大変な目にあったろ!?」

「はぁ!?」

(……そうだ、ハヤトさんに記憶消されてるんだ)

「なにボソボソ言ってんだクソキメぇ」

「とにかく! そういう場所に遊び半分で行ったらロクな事ないんだって! それに夜野さんは絶対に行けないよ! 家柄知ってるでしょ!?」

「あん? 口答えすんのか?」

「夜野さんダメだよ、口車に乗っちゃ! 遊び半分で行く肝試しは絶対に危険なんだから!」

「おいスズネ? 八神がどうなってもいいのか?」

「夜野さん僕はいいから! いつもの事だから!」

 そんなエンを見たスズネが、キリヤに対して返事を始めた。

「……わたくしが今夜行けば……もう二度と八神君をいじめないと約束しますか……?」

「夜野さんっダメだよ!」

「お~う! 約束する約束する! 来るならな!」

「……」

「夜野さん!?」

「……承知致しました。共に参りましょう……」

「よ~しそれでいい!」

「そんなぁ……」


 こうしてエンの思いもむなしく、スズネは肝試しに行くことを決めてしまうのだった。
 それに対しエンは、いてもたってもいられずすぐさま切り返した!


「だったら僕も行くよ!」

「あ? テメーはお呼びじゃねぇんだよ!」

「八神君お構いなく……。これはわたくしの問題ですから……」

「いや。夜野さんにもしもの事があったら……その……僕、耐えられないから……」

「八神くん……」

「おい! お前はぜってー来るんじゃねぇぞ!」

「嫌だ! 僕も行く!」

「八神くんいけません!」

 この時、エンは心の底から今夜肝試しに行くメンバーの事を、そして何よりスズネの事を心配していた。スズネがいくら護身術に長けていると言えど『幽霊絡み』となれば話しは別だ……。さらにここ最近の魔物の出現率を考えれば、またそれと遭遇しないとも限らない……。そう思ったエンはもう、先程まで肩を落としていた少年ではなかった。エンはスズネの顔を見つめるとりりしい顔つきになりこう言い放った。


「大丈夫……本当にもしもの事があったらその時は…。僕が必ず守るから」

 そんなエンの表情を初めて見たスズネは僅かばかり驚きの色を見せた。

 そんな中、実はエンはこの流れをある種のチャンスだとも思い始めていた。肝試しに行きエンが想像するような『もしもの事』が実際に起こり一人で解決することができれば、エンの事を水晶越しに観察しているハヤトを見返す事ができるかもしれない……。更に肝試しにのメンバー守ることができれば、今度こそ本当にヒーローとして認知してもらえるかもしれない……。それが今の自分であれば叶えられるかもしれないという淡い期待が、エンの脳裏を駆け巡っていたのであった。

 そんな妄想をしながら、若干グヘグヘとした顔つきになっているエンをよそに、スズネが再びキリヤに話しかけた。

「いいでしょう。参ります。しかし一つだけ条件をつけさせてください」

「ちっ……何だよ……?」

「絶対に、八神くんも連れて行ってください」

「!?」

「でなければ、わたくしは参りませんので!」

「っ!?」

 面食らうキリヤ。そしてエンも驚き声を上げた。

「夜野さん!!」

「ちょ、ちょっと待て! お前が来なかったら今後も八神をいじめるぞ!」

「でしたら参ります!」

「じゃあ! 八神は連れてかない!」

「でしたら参りません!」

「はぁっ!!!?」


 一同は混乱し始めキリヤは憤慨した。

「あーー! よく分かんなくなってきた! マウント取ってんじゃねーぞクソが!」

 そんなスズネにエンはすっかり感心していた。

(夜野さん凄いね!)

(そうですか? うふふっ)


 肝試しに行かないという事は導けなかったが、何となくキリヤを出し抜いた気がしたスズネはエンと二人こっそり笑い合った。そしてそんな二人にキリヤは声を荒げた。


「もういい分かった二人とも! 深夜0時ここに来いよ!」


 そう言うとキリヤは懐から一枚の地図を取り出し目的の場所を指さした……。そこは地元でも有名な、心霊スポットの廃工場だった……。



◆深夜零時・廃工場にて

 日付が変わる時刻……。エンが指定の場所に訪れるとそこにはキリヤと取り巻き達がいた。しかしスズネが来ていない。エンはキリヤに問うた。


「あれ、夜野さんは?」

「ちっ! 来てねーよ……」

「ほらね。許嫁なら家が厳しいの知ってるでしょ? やっぱり無理だったんだよ」

「チクショウ。ま、これでこれからも思う存分お前をいびれるな」

「……」


 エンはスズネの家柄がとても厳しいことを知っていた。そしてスズネが来ていない事に安堵していた。だが、心のどこかで少々残念な気持ちがあるのも事実だった……。


「しやーねー帰るか……」


 キリヤが口走ったその時。遠くから小刻みな足音が近づいてきた。


「はぁはぁ、申し訳ございません。遅くなりました…。」


 それは紛れもなくスズネであった。


「夜野さん! (か、カワイイ……)」


 エンは初めて見たスズネの私服姿に思わず見とれてしまった。そんなエンに対し、息を切らしながらスズネは返答する。


「えぇ、こっそり抜け出すのは大変でしたが、置手紙も残して来ましたので大丈夫だと思います。それと……」

「それと……?」

(わたくし、こんな時間に一人で出歩くなんて初めてなもので……なんだか少しワクワクしております)


 耳元でささやかれ思わずゴクリと唾をのむエン。彼もまた小声で返答した。


(そ、そっか……! でも言っちゃ悪いけど夜野さんの家って酷いよね……キリヤを許嫁にするなんて……。だってキリヤの成績しか見てないでしょ?)

(わたくしも……そう思います。しかし逆らえないのです……)

(どうして⁉)

「おいお前ら! 俺を差し置いて何ヒソヒソ話してんだ!」

 エンとスズネは同時に同じ返事をした。

「いや、何でも……」

(とにかく、今夜は何かあったら僕が絶対守るからね……)

(あ、ありがとうございます)

「ケッ!」


 キリヤは二人を鼻であしらいその会話を遮ると、この場所の曰く因縁について語り出した。


「いいかお前ら……。深夜2時にこの廃工場のトイレについた鏡を覗くと、そいつはその鏡に吸い込まれちまうらしい……」

 取り巻き達が続けた。

「……その噂なら聞いたことあるぜ。この辺りじゃ有名だよな」

「で、でも…ホントなんですかアニキ?」

「アホか! それをこれから行って確かめんだろ!?」


 そんな会話をよそに、突然エンが夜空に向かって叫び声を上げた!


「よ~しハヤトさん! 見ててくださいよー!!」

 そんな彼に対して一同は喫驚した。

「は!? 突然何叫んでんだよ気持ち悪りっ!」

「! あぁゴメンごめん! 独り言だよ」

「そんなデケー独り言あるかよ!」

「あ、あはは……僕たまに心の声が漏れちゃうんだ」

「お前ホントにキメぇな……。とにかくツベコベ言ってないでとっとと行くぞ!」

「は~い」


 ひとしきりの会話を終えると、一同は暗闇に包まれた廃工場の内部に向かって歩き出した……。行く先には、街の灯りにほの暗く照らし出された工場の入り口が大きく黒い口を開け、歩み進む一同を待ち構えていた……。


◆廃工場 内部


 懐中電灯の明かりだけを頼りに、一同は真っ暗な工場内へと侵入していった。フラフラと懐中電灯を揺らしながら辺りを散策し奥へと進んでいく……。そんな中、キリヤとベイタが会話を始めた。


「確かに真っ暗で静まり返ってるが……俺は別に怖いとは思わないけどな……」

「嘘でしょアニキ!? おお、オイラさっきからションベンちびりそうです……」

「バカ! 情けない事言ってんじゃねぇ!」

 そんな二人の会話を遮るように、エンが問いかけた。

「ところでここ……相当古くからあるんじゃない?」


 エンの言葉通り、ここはかなり古い建物のようだった。稼働しなくなった機械たちは錆びつき、それを覆う工場の壁面は至る所が朽ち果て外からの風を運んでくる……。場所によっては天井さえも崩れ落ち鬱蒼と生い茂った木々が風に揺れ、ざわめきながら所々顔を覗かせていた……。


「へっ。そうみてーだな……。とにかく目的地はここじゃねぇ。さっさとトイレを捜すぞ!」


 その言葉に背中を押されるように、一同は再び歩みを進めた……。


 工場内は広かった。幾度も幾度も朽ち果て動かなくなった機械の横を通り過ぎていく……。


ヒタ……ヒタ……ヒタ……


 五人の足音だけがその空間に鳴り響いている……。そして幾ばかりか時間が過ぎた頃だった。その足音に混ざって奇妙な音が聞こえ始めた……。


カサ……カサカサ


 その音に気が付いたベイタが口を開く。

「な……なぁみんな……何か聞こえない?」

 エイトが答える。

「ん? おぉ……確かになんかカサカサ聞こえるな……」

「テメーらやめろよ。ただの風だろ?」


 キリヤがそう言って再び歩みを進めようとした次の瞬間だった!


バタン!!


 突然彼らの側にある扉が開いたのだ!

「ぎゃぁぁぁああああっ!!!!!!!!」

 驚き叫び声を上げる一同! しかし次の瞬間彼らの前を、拍子抜けするような何とも愛らしい音が横切った。


チューチュー


「あぁ、ネズミだよ…」


 それを目にしたエンが口を開いた。そして音の正体に気付いた一同はホッとため息をついた。

 エンは日中から続く一連の流れに、やはり強い既視感を覚えていた。……工場についてからの出来事も、セルガイアが開眼したあの日によく似ていた。


◆廃工場 中心部


 一同は工場の中心部へとたどり着いた。そこは今まで以上に大きな機械たちが、やはり朽ちて果てたまま残されていた。その光景に圧倒されつつ、エンが皆に声をかけた。


「……これは大きい機械だねぇ……。いったい何を作ってたんだろう?」


 その答えは導き出せなかったが、恐らく稼働時にはけたたましい音を響かせながら動いていたであろうそれに圧倒されながら、一同は更に工場の奥へと進んで行った。

 するとそんな中、ベイタがある事に気が付いた。


「あのぉ~……。ここ、ラクガキがいっぱいありますね……」


 確かに、その言葉通りその場所の壁面には、今までの部屋では確認できなかった多くのラクガキが見て取れた。


「だったら何だ!? さっさと行くぞ!」


 苛立つキリヤ。それに対してエンが突然ため息をついて語りだした……。

「キリヤ……」

「あ? 何だよ?」

「もしかしたらここ、何も起きないかも……」

「は!? どういう事だよ!?」


 エンはそう思う訳を全員に説明した。


「僕、聞いたことがあるんだけど……。ラクガキがいっぱいある所って、“本物”じゃないんだって……」

「あ? どういう事だよ?」

「えっと、逆に言うとね、本当に出るところはヤバいから、皆ラクガキして行かないんだって……」

 エイト頷きながら返答した。

「なるほど。じゃぁここは何も起きないから、みんな遊び半分でラクガキして行くって事か……」

「そういう事!」

 それを聞いたスズネが語りかけた。

「それなら皆さん……もうここからおいとましませんか?」


 スズネの提案はもっともであった。ところが、キリヤはその申し出を受け入れなかった。


「いや、ここまで来たらあの噂を検証しないと気が済まねぇ! ほら! 行くぞ!!」


 そう言うと、キリヤは再び目的地に向かって歩き出した。そして仕方なしに一同もその後を追った……。
 するとその時だった!


「ちょっと待って!」

 突然一同の歩みをエンが制止した!


「このラクガキ……もしかして……!」


 そう言うとエンは、咄嗟に背負ってきたリュックサックの中から一冊の本を取り出した!


「おい!何だよこんな時に!」


 そう言うキリヤの声を無視して、エンは懐中電灯の明かりを頼りにその本をめくっていった。


「キリヤ…さっき言った事撤回するよ……。ここ、相当ヤバいかもしれない……」

「!?」
 
 どうやらエンは、この場所に潜む“何か”に心当たりがあるようだった……。


つづく

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