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新世紀陰陽伝セルガイア

第十二話~病院の闇~

前回のおさらい

 邪気を放つトンネルに閉じ込められたスズネ達を救い出したナイトメアバスターズ。今回も手柄を立てたのはエンであった。ナイトメアバスターズへの加入を強く希望しているエンにわずかながら光明が……。しかしハヤトはエンに対し、未だに歩み寄ろうとはしない様子だった。


第十二話~病院の闇~


◆陰陽庵

 
 バンとエンが何やら会話していた。

「悪いな、頼み事聞いてもらって。」

「いえいえお安い御用です! ちゃんと取り付けておきましたよ!」


 エンは数日前、陰陽庵に新しい固定電話を取り付けた。と言うのもここ最近の出来事……。魔物に関する事件が増え、知名度が上がったバスターズへの依頼の電話が後を絶たなかった。仕事が増えた事でで収入は増えたのだが、ハヤトの呪術による“人々の記憶の消去”が追いついていないのも事実……。それだけに止まらず、超常現象を否定する人間からのクレームやイタズラ電話も日に日に増えていた。
 そしてある夜、電話越しの無礼極まりない発言に腹を立てたハヤトが電話機の本体目掛けて受話器を叩きつけて壊してしまったのだ。

 
 新しい電話機が届いた日、バスターズは遠方の依頼を片付ける準備をしていた。そこへ都合よくエンが現れた。バンはエンに対し、電話機を設置しつつ留守番をするよう頼んだ。陰陽庵付近で依頼があれば、エンに任せようと思ったのだ。
 相変わらずエンを煙たがるハヤトに対しては、あくまでただ『留守番を頼んでいる』ということにしておいた。

 エンはバンからの頼みに、まるでナイトメアバスターズの一員になれた気がして嬉しく思っていた。そして二人が帰るまで大人しく留守番をしていた。

 ……そして設置した電話機が音を発する事のないまま時は過ぎ……。二人は深夜、陰陽庵へと戻ったのである。


「で、どうだ? こっちでは何かあったか?」

「いいえ大丈夫です! 平和そのものでしたよ!」

「それは良い事だ」

「あ! でも、今日ポストにこれが届きました!」


 そう言うとエンは、届いた手紙を差し出した。

「! これは……依頼の手紙だな」

 ハヤトも瞬時にその手紙を見るべく寄ってきた。


「バン……誰からだ?」

「ああ……近所の病院の院長からみたいだな……」


 そこにはこんな事が書かれていた。

 『最近私の病院内で度々不可解な事が起きています。夜の院内で誰もいない筈の病室から女性のすすり泣く声が聞こえてきたり、私が書き物をしていると突然天井から『手術用のメス』が落ちてきたりと大変恐ろしい思いをしております。初めは疲れからくる幻聴かと思っておりましたが、最近は後者のようなことがあまりにも頻繁に起きるようになり心底肝を冷やしております。このままでは仕事に支障をきたしてしまうと感じ、ワラをもすがる気持ちでお手紙を……』


「これは完全に俺たちの仕事だな」

 と、ハヤトが言った。

「そのようだ」

「よし……行くか」


 早速出動するため腰を上げたハヤトに対し、バンが声をかけた。


「おい、またコイツは留守番か?」

「……? 当たり前だろ」

「そう……ですよね……」

「ハヤト……。今までのコイツの活躍見てるだろ? 少しは協力を求めてもいいんじゃないか?」

「バンさん……!」

 エンはバンの暖かさに触れ、また嬉しい気持ちが込み上げてきた。ところが……

「ダメだ……」

 ハヤトは頑なにこれを拒んだ。

「相変わらず頑固だな……」

「そ言うお前は何でそこまでコイツの肩を持つんだ? コイツトラブルばっかり起こすのに」

「ハヤト……。コイツはお前以外の唯一の白毫使いだなんだぞ? しかもまだ若い……。しっかり指導していけば、必ず将来の希望になってくれると俺は思ってる……」

「……」

「だから……そろそろ素直に仕事に同行させてやらないか?」

「……」


 その言葉に、ハヤトは暫し押し黙った……。そしてハヤトの口から意外な言葉が発せられた。


「分かった……。同行を認める」

「!?」


 エンはもバンもあまりに意外な言葉に驚いた。そして、ついにハヤトが認めてくれたことに対し、エンはこの上ない高揚感を覚えた。
 ……ところがハヤトの言葉には裏があり、それはエンやバンの期待とはズレたものだった。


「ただし、それはコイツを鍛える為じゃない……。魔物と戦う過酷さを嫌という程教えて、今度こそ諦めさせてやる……!」

「成る程。そう言う事か……」

「あと、コイツにもしものことがあったらお前が責任取れよ」

「あい分かった」


 バンはガッカリしているエンの気持ちを察し、その肩をポンと叩くとこう呟いた。


「……さて、理由はどうあれ良かったなエン! 行くぞ!」

「は……はい!」


 今宵はこうして、バスターズに同行することになるエンであった……。


◆病院・院長

「ありがとうございます、わざわざお越しいただいて……」


 院長室に通されたバスターズを院長自らが出迎えた。彼は50代くらいの男性で頭髪は白髪交じり。
目の下のクマからは日頃の疲れが感じ取れる。無骨な容姿や声の低さも相まって、若干人を寄せ付けがたい雰囲気を醸し出していた……。そんな院長に早速ハヤトが問いかけた。

「……で? あの手紙に書いてあることは本当なのか」

「ええ、本当です。病院内で通常では考えられないような事態が度々起こっておりまして……」

「そうか……」

「はい……。そこであなた方にお願いがあるのです。私の病院で一体何が起きているのか、調査・解明して頂きたい」

「もちろんだ。そのために来たんだからな。」

「ありがとうございます……。礼金は弾みますよ」

「……。ところでアンタ、この超常現象の原因、何か心辺りはないのか?」

「ど……どうしてそんな事を」

「いや、原因を突き止めない事には解決策が見えないからな……。参考程度で構わない。何か心当たりは?」

 そんなやり取りを見ながら、エンは自分用の小さなノートにひたすらメモを取っていた。

「(なるほどね~。勉強になるなぁ。)」

 院長は続けた。

「……いや、特に心当たりは……」

 そしてそんな院長に対して、今度はバンが問いかけた。

「それなら、まずは病院内の人間に聞き込みを行いたいのですが……どこかで時間を作って頂けないだろうか?」

「聞き込み……。それは“院内の全員に”という事ですか?」

「はい。……何か問題でも?」

「ちょっと……困りましたな」

「どうしてです?」

「こんな事が患者達に知れ渡れば、病院の威信が失墜する可能性がある。……何とか内々で事を済ませては貰えませんでしょうか?」

 ハヤトが答える。

「それは……なかなか難しい事を言うな……」

「ならならこうしましょう! あなた方は患者として病院に潜伏してください」

「ほう……」

「そして、一般人として聞き込みを行ってください。部屋は用意しますので」

「そうですか…ではよろしくお願いします」

「はい。(……まぁ、聞き込みでは何も掴めないと思いますがね……)」

 すると、院長の言葉尻に何やらボソボソと呟きが聞こえたエンは思わず聞き返す。

「え? 今なんか言いました?」

「あ……いえいえ。……では、よろしくお願いします。私は過労という事で暫く休みを貰うことにします。是非ともその間に、この病院の闇を祓っていただきたい」

「……了解した」


 こうして翌日から、バスターズによる“病院潜入作戦”が開始されるのだった……。


◆翌朝・院内ロビー


ガヤガヤ


 人の多い院内の光景を見たエンが思わず呟いた。

 「うわ~凄い混んでますねぇ……」


 どうやらこの病院は評判がよく、訪れる患者は多いようだ。朝早くから人がごった返していた。


「……やはり、微弱だが確実に邪気を感じるな」

 ハヤトが口を開いたのに合わせ、エンとバンも続ける。

「はい……僕も……感じます」

「しかも魔物のようだな……」


 確かに3人が感じているものは、微弱ではあるが魔物から発せられる特有の邪気であった。そしてバンの携帯に内蔵された探知機は、それが病院全体から発せられていることを示している。恐らくこの病院内のどこかに潜んでいるのだろうが居場所は特定できなかった……。つまり魔物を出現させるためにも、やはり聞き込みは重要なのである
 今回の依頼で3人は、第三者から別人として認識されるアイテム“妖力増強陣羽織”を脱いでいた。この潜伏任務にはその方が都合が良かったからだ。


「よし、それじゃ俺は全身複雑骨折でいく」


 その言葉通り、ハヤトは院長からもらった松葉杖を持ち、手や足を包帯でグルグル巻きに覆い隠していた。


「あ~ハヤトさんこれは重傷ですね……」

「……。そしてバン、お前は肺炎だ」

「ゴホっ! 了解……ゲ~ッホゲホだ!」

「バンさん迫真の演技ですね!」


 2人とも、どこからどう見ても入院患者である。


「ところで……僕はどうしましょう?」

 それにハヤトが答える。

「あぁ。お前は、何も患ってないことにする」

「……え?」


 何も聞かされていなかったエンは、ハヤト達のようには準備してこなかった。だからこそ不安だったのだが、どうやらハヤトには考えがあるようだ。


「説明するからよく聞けよ」

「は! はい!」


 頷くとエンはポケットから小さなノートを取り出した。


「ん?……何だそれ」

「あ、ノートです……」

「何でそんなもん」

「いや……僕アタマ悪いから、メモしておかないと思っていつも持ち歩いてるんです」

「……ほう。それはなかなか感心だな。じゃ、しっかりメモっとけよ」

「分かりました!」


 そして、ハヤトはエンに作戦を伝え始めた。


「いいか? お前はバンの息子で、お見舞いに来たって事にする」

「(バンさんの息子で、お見舞いに来た……っと。)そっか! 別にみんなが患者である必要はないですもんね!」

 そこでバンが切り返す。

「ちょっと待て何で俺なんだよ!? 別にお前の息子って事でもいいだろ?」

「……嫌だよこんな息子」

「うぅぅ……」

「それに仕事の最中に俺の部屋でウロチョロされると気が散るしな」

「うううぅぅぅ……」

「あいよ……。じゃぁエン、今日から俺はお前の父ちゃんだ!」

「わ、分かりました。(バンさんが…お父さん…。)僕、生まれからずっと父さんがいなかったからうまく演技できるかな……?」

「ま、とにかく俺たちは部屋で診察に来る看護師に聞き込みを行うから、お前は院内の患者達に聞き込み調査頼んだぞ」

「(僕は患者さんへの聞き込み……っと)そっか! この立場なら自由に歩き回れますもんね。でも、どんな風に聞いたらいいですかね?」

「あぁ。お前子どもだし、割とストレートに聞いてみてもいいんじゃないか?」

「ストレートって、どう……?」

「『学校の宿題で七不思議を集めてるんだ』……って感じで」

「さすがハヤトさんそれでいきます! 頭イイ!」

「……おだてても何も出ないぞ。とにかくお前は情報を集めてバンに報告してくれ」

「(バンさんに報告……っと)了解です!」


……
…………
………………


そんなこんなで3人の聞き込み調査が始まった。


◆潜入~ハヤトの場合~


 ハヤトに用意された病室は個室だった。周りに他の患者がいないため、聞き込みは看護師達に絞られた。ハヤトは何度も訪れる看護師に聞き込みを行った。しかし、病院内で怪現象が起きているという情報は一切耳にしなかった。


(おかしい……院長が嘘をついているのか? ……いや、ついたところでメリットは無いはず。どういう事だ……?)


 そんな疑問を抱いていると、再び部屋に一人の女性看護師が現れた。


「ど……どうです? お身体の具合は?」

「あぁ、だいぶ痛むが大事故だったんだ、致し方ない」

「病院を移って来られたと聞いたんですが……何かあったんですか?」

「いや、ここの病院は腕がいいと評判だからな。ヤブ医者から逃げて来たんだ」

「そ、そうですか……」

「ところでちょっと聞きたいんだが……」

「!!」


 ハヤトが幾度となくしてきた質問をこの看護師にも行おうと口を開いた時だった。彼女は突然赤面したかと思うと慌てた様子で喋り出した。


「わ、私っ!……彼氏なんていません!」

「は!?」

「だから私、あの、えっと、お付き合いしてもいいですよ! っていうか付き合ってください! もうあなたの事しか考えられません!」

「な! なに言ってる!?」


 その時だった! 突然部屋の扉がとてつもない勢い開かれ、そこから幾人もの女性看護師がなだれ込んできた!


「ちょっと抜け駆けは許さないわよ!」
「そうよ! この人は渡さない!」
「何よ! 私が先に目を付けたんだからね!」


しかも突然喧嘩を始めたではないか!


「ちょっと待ってくれ! 一体何だこれは!?」

「あの! 実は“超イケメン”の患者が入院してるって噂になってて、あたしも来てみたら超イケメンだったからもう居てもたってもいられずに告白しちゃいました! キャー!」


「は!? アンタ告ったの!?」
「許さない! 私が告白しようと思ってたのに!」
「いいや私よ!」
「ちょっとこの人に聞いてみましょう!」
『この中で! 誰が一番好きですか!?』


「はぁっ!?」


「あぁもういい! 答えなくてもこの人は私が診るから!」
「ちょっと! 私が診るの!」
「私よ!」


「ちょっと! 痛い痛い! やめてくれ!」


 看護師たちはハヤトの体にワラワラと群がって来た。


「キャー! 痛がる顔もカッコいい!」
「ねぇ~どこが痛い~?」
「こんなに包帯がぐるぐる巻きじゃ大変でしょ~♪」
「お小水……取ってあ・げ・る・☆」


「やめろ……やめろ……やめてくれぇぇぇぇぇぇええええ!!!!」


 こうしてハヤトは絶体絶命のピンチを迎えていた。


◆潜入~エンの場合~


(いや~広いな~……。人もいっぱいで誰から聞いていいか分からないや……。)


 そんな事を呟きながら、エンはひとり院内を歩き回っていた。
 暫く歩いているとエンの目に、手すりに掴まりながらヨロヨロと歩く一人の女性が映り込んだ。恐らくリハビリ中で退院間近なのだろう。という事は、はきっとしばらくこの病院で入院していたはず。「そんな人なら何か知っているんじゃ?」と思い、エンはその女性に声を掛けた。


「あの、ちょっといいですか?」

「ん? どうしたの? 誰かのお見舞いに来たのかな?」

「あ、そうなんです! 父さんが入院してて、そのお見舞いに!」

「そう! それは感心ね! ……もしかして部屋が分からないの?」

「あ! いや違うんです! 実はお見舞いのついでに学校の宿題をしようかなって思って」

「宿題?」

「はい! 実は“自分新聞作り”って言うのがあって僕、怖い話が好きだから病院の七不思議でも集めてみようかなって思って聞いて回ってるんです!」

「そうなのね」

「はい! あの……この病院で、何か怖い話とかってありませんか?」

「う~ん……残念だけど私は知らないな~」

「そ、そうですか……」

「私、長いことこの病院にいるけどそんな話聞いたことないなぁ」

「……」

「それに多分他の人からもそんな話は聞けないんじゃないかな?」

「え? どうしてですか?」

「だってこの病院の院長先生や看護師さんとってもいい人だから。診察も丁寧で評判もいいし。この病院で最期を迎える人も、残された家族も、みんな満足するって噂だよ?」

「そうですか……。ありがとうございます」


 的が外れてエンは肩を落とした。しかし、この病院のどこかから確実に魔物の気配を感じている……。聞き込みでは何も掴めそうにないと感じ、エンは自らの足で病院内の怪しい個所を探索してみようと思い立った。


「ところでお姉さん!」

「なぁに?」

「この病院の“霊安室”ってどこにありますか?」

「え? ……物好きな子ね。それならエレベーターで地下まで行って、一番奥の部屋だったと思うよ」

「そっか! ありがとうございます!」


 そう言うとエンは、言われた通りにエレベーターに向かった。そしてそれを見送る女性がふと自分の足元に目をやると、何やら落し物がある事に気が付いた。

「これ……さっきの子のやつかな?」


 それは、エンのノートだった。女性はそれを届けようと、エンの後をおぼつかない足取りで追いかけた。


◆地下・霊安室


 薄暗い地下室はただそこに居るだけでも恐ろしい雰囲気を醸し出していた。しかし幽霊を怖がらないエンは、気にせずズカズカとその廊下を進んで行った。


(ここに魔物がいたら、僕がそのまま退治してやる……。そうすれば今度こそ、ハヤトさんもナイバスへの入隊を認めてくれるはず……!)


 そんな事を考えながら霊安室の前に辿り着いたエン。そっとドアノブを掴んで回した。


ギィィ……


 鈍い音を響かせながら扉は開き、エンは霊安室の中へと入って行った。


「おい魔物! いるんだろ出て来い! 僕が相手だ!」


 そう訴えてみるも、室内は静まり返り何の反応もない……。


(……ダメだ……見当はハズレか……?)


 そう呟いたエンの目にあるものが映り込んだ。


(あれ? 何だこれ?)


 霊安室のベッドと床の隙間から、何か白い紙のような物の一部が覗いていた。エンはそれが何か確かめようとベッドのシーツを捲(まく)り、そこへスルスルと潜り込んで行った……。


 時同じくして、先ほどの女性も霊安室付近へとたどり着いていた。


(やっぱり霊安室の近くって、なんだか怖いわね……)


 そう思いながらも薄暗い廊下をヨロヨロと歩いて行った。すると、霊安室に入って行くエンの姿を目撃した。


「あ! さっきの子!」


 そう言うと女性はおぼつかないない足取りを速めて霊安室の扉に手をやった。


ギィィィ……


「ねぇ! 落し物だよ!」


 そう言って部屋を覗いた彼女は驚いた。……先ほどの少年がどこにもいないのである!


(え……確かにここに入ったはず……)


 女性は恐る恐るもう一度声を発した。


「おーい~? いるよねぇ……? いるなら返事してよ~?」


 その時だった。


「ミツケタ……」


「え……?」


 どこからともなく声が聞こえ始めた。


「みつ……けた……」


「え……何? ちょっとやめてよね……」


 女性が恐怖したその時、突如室内から大声がした!

『凄いもの見つけたぁぁああ!!!!』


「キャァァァーー!!!!!!!!」


 そして謎の声と共に突然ベッドの下から白い人影が飛び出してきたのだ! 女性はあまりの恐怖に気を失って倒れてしまうのだった……。


つづく

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