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新世紀陰陽伝セルガイア

第三十八話~あの世の二人~

前回のおさらい

 
 サトミの悲しみの訳を突き止めるべく、織戸幸愛会へと潜入したバン。ホールの椅子に着席すると、たまたま近くにハヤトが座っていて驚いた。その後ステージに現れた織戸零。熱狂する信者達……。いよいよレイは『神降ろしの儀』を始めると言って、ある呪文を唱え始めた……。すると突然! 信者達は洗脳されて正気を失ってしまったではないか! やはりハヤトの読み通り、レイは何かを企んでいたのだ。呪文が効かないバンとハヤトの存在に気が付くレイ! 「知られたからには生きて帰さない」と叫び、信者達をけしかける! 信者の一人に首を絞められるバン! 万事休す! 彼の意識は徐々に遠退いていくのだった……。


第三十八話~常世からの二人~


 バンは突然、全く苦しくなくなった。
 首を絞められ死ぬほどの苦しみを感じていたにも関わらず、今は何ともない。呼吸が楽だ。
 それに、幸愛会の信者達にのしかかられていた体も一気に軽くなった。
 何が起きたのだろう……。
 少しずつ目を開けてみるバン。
 すると、辺りの光景は先程とは打って変わり、一面が花畑になっているではないか。
 明るい日差しの中楽しそうに蝶が飛び交い、花の蜜を吸っている。
 今まで訪れたこともないようなだだっ広い草原だ。少し離れたところには川も流れている……。
 どこなんだここは……。幸愛会のホールにいたはずなのに、いきなり外にいる。
 何が起きたのかさっぱり分からなかったが、とりあえず生きていたことに安心するバン。
 一息吐こうと草原に寝転んだ。
 風が心地いい。サワサワと草原が揺れ、小鳥がさえずっている。
 今まで感じたことのない清々しさに口元がほころびる。
 そして僅かに微睡みを覚えはじめたバンは、再び目をつむろうとした。
 その時だった。隣から声がした。
「バン、起きろ」
 声のする方に目をやるとハヤトが佇んでいた。

「ハヤト! お前もいたのか! 何なんだここは? 俺たち何が起きたんだ?」
 するとその問いかけに対し、ハヤトは自分の額を指さした。
 寝転んでいた体を起こしハヤトの額に目をやると、白い三角形の物体を付けている。
「ははは、何やってんだそんなもん付けて。まるでお化けじゃないか」
 思わず笑いながらそう言うと、ハヤトはバンの額を指差してきた。
「あん?」
 バンは指された額に触れてみる。
 すると、ハヤトと同じような三角形の物体が付いているではないか! 

 いつの間に!? こんなもの付けた覚えはない。ハヤトのイタズラか? そう思っていたバンに向かってハヤトが語りかけた。
「バン。俺たちどうやら『死んじゃった』みたいだぞ」
「ははは! そんな訳ないだろ! こうしてちゃんと息もしてるし!」

「じゃあ額のこれは何なんだよ!」

「それは! ……お前のイタズラだろ!? 幽霊なんかいる訳ないだろ!」
「だから前からいるっつってんだろ!」
「そんな訳ない! もし本当に死んじゃったんだとしたらな、こういうとき川の向こう岸で綺麗なお姉さんが呼んでるもんなんだよ!」
 そう言うとバンは川の向こう岸を指差してハヤトに確認させた。
 すると……。

「ああ、呼んでるな」
「へ!?」
 ハヤトの思わぬ返答に、バンも川の向こう岸を確認してみた! すると……。
 本当にいる……! 綺麗なお姉さんが木の陰から僅かにこちらを覗き、手招きしているではないか!
「う、嘘だろ……。ということは、あれはもしかして三途の川!? 俺たちもしかして『死んじゃった』!?」 
「だからさっきからそう言ってんだろ!!」
 バンはいよいよショックを受けた。自分が知っている『あの世』の情景に何もかも合致している。第一普通に考えて、突然こんな場所にいること自体がおかしかったのだ。
 バンは膝を付いてうなだれた。
「幽霊って本当にいたのか……。死後の世界って本当にあったのか……」

「自分が『それ』になったんだ。もうこれで疑う余地は無いよな」
「うぅぅ。悔しいけど認めるよ……」
 バンは涙を流しながら訴えた。
「くそぉ。俺まだ死にたく無いよぉぉ」
「それ死んだ後に言うセリフじゃないだろ」

 バンはハヤトに掴みかかって訴える。

「まだ18歳なんだぞ!? まだサトミに告白できてないし、彼女すら一回もできたことないんだぞ!?」

「知らねーよ!」

「ああっ! レンタルDVD返してない!」
「なんかちっせーなぁ!」
 こうしてバンのボヤキに突っ込みを入れていたハヤトだったが、悔しい気持ちはバンと同じようだった。
「俺だって悔しいさ。織戸零の企みを阻止できなかったんだから……」
 ハヤトはうつむき、下げた両手で握りこぶしを作ると小声で訴えた。

「ハヤト……。なんでお前、そんなにレイにこだわってるんだ?」

「レイは何か良からぬ事を企んでいる。俺の読みが正しければ、それは『人の命』に関わることだ」

「……」
「俺は寺の跡取りで、小さい頃から人の生き死にに関わってきた……。だからこういうことには敏感だし、俺が生まれつき持っていたこの霊力で人の命が救えるのなら……救ってやりたかったんだ」

「ハヤト……」
「だから今までも幽霊に関する事件があると、駆けつけて人助けしてたんだよ」
「そうだったのか……」
 そこまで言うと、ハヤトはふと我に帰って声を荒げた。
「くそっ、何でお前なんかにこんな話を!」
「お前なんかって! 何だその言い方!」
「つーか死んだ後隣にいるのがテメーってのも気に食わねぇ!」
「何だと! その言葉そのまま返してやる!」
「あん!? やんのかコラ!?」

「望むところだ!」
 バンは拳を振り上げる! ……しかし、これが不毛な争いと気が付きタメ息をついた。
「いや、争ったところで生き返れるわけもないし意味ないか……」
 それに対しハヤトも、眉を下げながら口元だけ微笑んで、タメ息混じりにこう言った。
「確かに……その通りだな」
 こうしてバンは、ハヤトと共に川を渡ろうとその場から歩き始めた。

 拳ほどの大きさの石が散らばっている川のほとりに近づくと、一艘の木彫りの船が停泊していた。
「これに乗れってことか……」
 船には櫓(ろ)が据え付けてある。
 向こう岸に渡るにはこれを手で漕いで行けということなのだろう。
 川の流れは緩やかだが、手漕ぎとなるとなかなかに疲れそうな距離だった。
 バンはハヤトと共に意を決すると、船に乗り込むために片足を上げた。……その瞬間!
「うわぁっ!」
 何と、バンは苔に足を滑らせてしまったではないか! しかもその拍子に思わずハヤトの胸元を引っ張った!
「バカっ! バン!」
 そしてハヤト共々川に落ち、川下へと流されてしまうのだった!

『うわぁぁぁぁあ!!』

つづく!

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