※地震や津波に関する表現があります。
前回のおさらい
バンは見事、織戸零の野望を阻止し世界を救うことに成功した。そしてハヤトと固い握手を交わし、ナイトメア・バスターズが誕生した……。その話を聞き終わり、エンはバスターズに関する知識を増やすのだった。しかしその話には、本題である「ミタライ」なる人物は登場しなかった。気になったエンが質問すると、バンに代わって今度はハヤトが、かつての出来事を語り始める。
「エン。去年大震災があったとき、俺たちが数日間『陰陽庵』を休業してたことは知ってるか?」
ハヤトさんが聞いてきた。「陰陽庵」とは昼間バスターズが経営している蕎麦屋のことだ。
「あ、はい! 確かそんなことありましたね。もうお店再開できないんじゃないかと思って凄く心配しましたよ」
「これはな、その数日間の内に起きた出来事なんだ……」
ハヤトさんは車窓の移り行く景色を眺めながら、僕にその時のことを話し始めた……。
◆
織戸幸愛会の一件から20年程が経過した。
俺はバンと共に、昼は蕎麦屋「陰陽庵」を経営。夜は除霊屋「ナイトメア・バスターズ」として活動していた。
バンはあれ以来、上手くセルガイアを覚醒させられずにいた。
しかし、独自の研究で霊的なプログラムコードを用いることで、幽霊に対抗できるデジタルガジェットの開発に成功。様々な機械で俺の戦いをサポートしてくれた。
蕎麦屋も人気で開店以来黒字続き。除霊屋としての活動も、雑誌やテレビで取り上げられるほどの活躍ぶりだった。
全てが順調。そう思っていた2011年の春。あの事件は起きた……。
店は今日も繁盛していた。
昼のピークを過ぎて午後14時に差し掛かろうとしていたが、未だ客は途切れることなく入店してくる。
ありがたいことだ。
俺が客から注文を受け、バンが調理をする。
二人で回していくのは正直なところ大変だった。
一組一組待たせてしまう時間が長かったが、それでも客は文句一つ言わずに待ってくれた。
口コミで広まり人気が出た店だ。客もこちらの状況を理解して快く食事していってくれる。
本当にありがたいことだ。
俺は新たに入ってきた一組の男女の客に水を出すと、注文を伺った。
男性はきつねそば。女性は店で一番人気のざるそばだった。
「きつね一丁、ざる一丁!」
厨房に声を飛ばすと、「あいよー!」と威勢の良い返事が帰ってくる。
いつもの光景だ。
そして、今度は退店する客の会計だ。
足早にレジへと急ぐと、レシートの金額を打ち込んでいった。
……その時だった。
客たちがなにやらざわついている。
「え……地震じゃない?」
その直後! まるで天地がひっくり返るほどの強い揺れが店を襲った!
客たちは悲鳴をあげる!
「落ち着いて! 机の下に入るんだ!」
俺は客たちにそう訴え、全員が机の下に潜るのを確認すると、自分も机の下に身を隠した。
揺れは長い横揺れだった。
永遠に続くんじゃないかと思われるほど長かった。
グラグラと、本当に大地が揺れる音がした。
小皿は割れ、醤油は飛び散り、壁のメニュー表は全て落ち……。店内のあらゆる物が散乱した。
今まで生きてきて、これほどの揺れは経験したことがなかった。
これは未曾有の大震災だ。そう思った。
数分経ち、揺れが収まったのを確認すると、急ぎ客の安否を確認した。
幸いなことに店内の客は皆無事だった。一安心だ。
俺は客たちに「今日は会計はいいから、一刻も早く大切な人の安否を確認してくれ」と促し、全員を退店させた。
そして自分もバンの安否を確認するため厨房へと急いだ。
散乱する資材に足を取られながら、厨房ののれんをくぐる。
「おいバン! 大丈夫か!?」
しかしバンからの返事は無い。
嫌な予感がし、調理台の裏側へと移動する。
すると……バンが頭から血を流して倒れているではないか!
「おいバン! バン!」
身を寄せ身体を揺すってみるも返事がない。
空かさず脈を確認する。
トク……トク……。大丈夫だ。生きてはいる。
だが頭からの出血が酷い。
俺は早急に救急車を呼んだ……。
それから数日が経った。
相変わらずバンの意識は戻らないまま、病院のベッドに横たわっていた。
転倒により調理台の角に頭をぶつけて頭部骨折。意識不明の重体だった。
「バン……逝かないでくれよ……」
今日もバンの見舞いに来た俺はベッドの横に腰掛け、掛け布団の端を握りしめながらそう祈っていた。
ピクリとも動かないバンの顔を見つめると、これまでの何気ない日々が愛おしく思えた……。
そして、ほんの一瞬であらゆる状況を変えてしまったあの地震が憎らしく思えた。
ふと見上げると、壁に掛けられたテレビからもあの地震の報道ばかりが流れてくる……。
マグニチュード9.0。地震だけでなく津波による被害も発生。死者、行方不明者は2万人を超える大震災……。
更に、それに加えて一つ奇妙な事が起きていた。
それはあの震災を皮切りに、都心の一角に「謎の巨塔」が出現したという事だった。
鎌倉市にあるこの病院からも見ることができる程のうず高い巨塔は、大地を穿って現れた、幾重にも重なる和風の層塔だった。
しかし、連日テレビでも報道されるあの塔がいったい何故あの地震を皮切りに出現したしたのか、誰も分かる者はいない様子だった。
だが、俺は薄々気付いていた。
あの塔からは何か禍々しい邪気を感じると……。
そうしてテレビ画面を見つめていると、突然近くから耳馴染みのある声がした。
「ハ……ヤト……」
「バン!」
バンだ! 意識を取り戻したのだ!
「良かったバン! 俺が見えるか!?」
嬉しさのあまりバンの手を取り喜んだ。
「ハヤト……夢を……見た……」
だが、バンは苦しそうな表情でそんなことを訴えてきた。
「夢? どんな」
「街に……巨大塔が……現れるんだ」
「何だって!?」
それは夢ではない。現実で起きている出来事だ。その事実を伝えると、バンは話を続けた。
「ならハヤト……。あの塔を調べてくれ……あの塔からは禍々しい邪気を感じるんだ……」
「ああ、確かにそれは俺も感じてる」
バンは苦しそうに続ける。
「だったら尚更だ……あの塔を放っておけば、これから先……更に多くの……死者が出るかもしれない」
「何だって!?」
「夢で見たんだ……。このままだと、日本が沈没する……」
「日本……沈没……!?」
「ハヤト……あの塔の謎を……この地震の謎を解いてくれ……。もう、お前にしか……できないことだ……」
「バン?」
「後は……頼んだ……ぞ」
その時、バンの手が俺の手からするりとこぼれ落ち、ピーという音と共に心電計の波形が一本の筋になった。
「そんな、バン……逝くな……バン!」
しかし、もうバンからの返事はなかった。
「くそおっつ!」
俺はやりきれぬ想いをぶつけるように、バンが横たわるベッドの端を拳で叩いた。
そして、溢れ落ちそうになる涙を振り切るように立ち上がると、病室の扉をくぐった。
目指すはあの巨塔……。
バンの最後の言葉を信じて謎を究明し、これ以上の被害を食い止めて見せる!
俺は眉間にシワを寄せたまま、一人バイクにまたがった……。
つづく
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