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新世紀陰陽伝セルガイア

第七話~曰く付きの刀~


前回のおさらい


 この世で唯一魔物を倒す事できる力、❝セルガイア❞。その力を手にしたエンは、白毫使い(びゃくごうつかい)と呼ばれる戦士として魔物と戦うことを決意した。
 一方、エンより前から白毫使いとして戦ってきたナイトメアバスターズのハヤトは、その戦いを世間に公表する事をかたくなに拒否し続けていた。
 その思惑に疑問を感じたエンは魔物との戦いの最中、バスターズの連絡先を公表したのだった……。


第七話~曰く付きの刀~


◆蓮の葉テレビ放送局 


「よし、着いた……」


 大手民放のテレビ局“蓮の葉テレビ”……。ニュースやドラマ、バラエティー番組。そのどれもが高視聴率を獲得し、蓮の花をモチーフとしたマスコットキャラクター“ハスニャン”は、その愛くるしいデザインとしぐさから幅広い層の人気を集めている……。
 エンは今日そこに訪れていたのだが……その経緯(いきさつ)を語るには、昨晩に遡る必要がある…。


◆昨日・夜

 鎌倉市内の路上で魔物を退治したナイトメアバスターズとエンが陰陽庵へと戻ると、暫くして一本の電話が鳴った。それこそが蓮の葉テレビからの番組出演のオファーであった。

 電話を取ったのはハヤトだった。……彼は案の定その申し出を断り電話を切ったのだが、
それを見ていたエンは不服だった。
 戦いを公のものにして民衆の支持を集めることができれば、それはいずれバスターズにとって大いなる強みになる……。日中ヤクモが語ったその言葉に、エンも同調していたからだ。

 とにかく、ハヤトの考えに賛同できなかったエンはバスターズに秘密にしたまま、蓮の葉テレビに再度連絡を取ったのだった…


◆エントランス

 局の入り口前に辿り着いたエン。


「(待てよ……勢いに任せて来てみたけど……これから生で芸能人に会えるんだよね……?しかも僕、色々インタビューされちゃうんだよね……! そんな中番組中に除霊なんかしちゃったりして⁉ ……挙句突然有名になってドラマのオファーなんかがきちゃったらどーしよーーー‼ ❝新しいスター誕生!八神炎⁉❞ぅふふふふ……)」


 あれこれ自分の都合のいい妄想をして浮足立っていた。すると……


『ちょっとキミキミ! 部外者は立ち入り禁止だよ!』


 警備員に止められてしまった。心の中で喋っていたつもりが興奮して一人で騒いでいたのだ。エンは慌ててここに訪れた訳を話すと、警備員は受付へと案内してくれた。

 中に入ると、その建物の広さや大きさに目を見開いて驚くエン。とても広いロビーは玄関と両サイドが全面ガラス張りになっており、朝の強い日差しにさんさんと照らされている。その日差しのせいか室温は、まだ4月であるにもかかわらず初夏を思わせる程だった。しかしそんな事すら気にならぬ程、きらびやかな建物だった。さすが大手のテレビ局と言ったところか……。

 受け付けは玄関よりしばらく歩いた先にあり、それも局内の広さを物語っていた。


「いらっしゃいませ。」

「あ、すみません。番組出演の依頼を受けました、ナイトメアバスターズなんですけど……」

「あ‼ ニュースに出てた子じゃない⁉ 待ってたわ! そしたらね、番組の打ち合わせがあるみたいだから、まずはこの部屋に行ってみてもらえるかしら?」


 その言葉に促され、エンは言われた通りに打ち合わせ場所へと向かった……。

◆番組打合せ室にて

コンコン……


 部屋に辿り着きドアをノックするエン。「どうぞ~」という声に中へと入る……。

 既に打ち合わせは始まっていた。と言うのもナイトメアバスターズへの依頼はこの日の昼の情報番組への出演依頼であり、番組開始までさほど時間がなかったのだ。


「すみません! 遅かったですか⁉」

「いや~ありがとう! 待ってたよ~!」


 番組のプロデューサーは満面の笑みでエンに握手をすると、着席するよう促した。


「よ~し! 桜祭りでの一件をニュースで報道されて以来、この少年を取り上げるのはウチが初めてだ! 今日の本番盛り上げていくぞ!」

『はい!』


 そこにいる全員がエンの到着を心待ちにしていた。中でも取り分け期待していたプロデューサーは景気づけに一声上げると、今度はエンに対してこの日の番組の趣旨を説明し始めた。


「少年! 今日は番組内で、あの桜祭りの出来事について根掘り葉掘り聞いていこうと思うんだが……答えてもらえるかな?」

「は、はい! もちろんです! 何だって答えますから色々聞いてください!」

「そうかそうか! ありがとう! ……因みにあの桜祭りでの出来事、やっぱりイベントなんかじゃないんだよな……?」

「もちろんです! あの龍は魔物で、僕がそれを退治したんです!」

『お~ぉ!』

「凄いぞ! やっぱり今日はとんでもない大スクープを放送できそうだ!」

 その言葉にエンはますます期待に胸躍らせた。

「そしたらな少年。ひとしきりインタビューが終わったら、ある物に関する霊的な現象を番組内で検証して欲しいんだ……」

「ある物……ですか?」

「そう、これなんだがな……」


 そう言うと、プロデューサーはおもむろに部屋にあった桐の箱をテーブルの上に置くと白い手袋をはめ、中から一振りの刀を取り出して見せた。


「……これは?」

「ふふふ、少年……。これはな、曰く因縁のある恐ろしい刀なんだよ……」

「曰く付きのカタナ……ですか……」


 エンはこの時すでに、その刀の禍々(まがまが)しい邪気を感じ取っていた……。


◆陰陽庵にて

 一方その頃、陰陽庵では仕込みを終えたバンが新聞に目を通していた。


「~♪ どれどれ? 今日は面白い番組あるかな~?」


 すると、テレビ欄を斜め読みするバンの目にとんでもないものが飛び込んできた!


「こ、これは‼ ……おーい! ハヤトーー‼」


 その表記を目撃し、急ぎ大声でハヤトを呼ぶバン。そこへ寝ぼけ眼でハヤトがやって来た。


「なんだよ……もう少し寝かせてくれよ……」

「いやいやそれどころじゃないぞ! ちょっとこれ見ろ!」

「ん?」


 ハヤトはテレビ欄に目をやる。すると……。


「これは!」


 その字の羅列にハヤトは驚愕した!


 『ナイトメアバスターズ番組内で直接インタビュー⁉』


「くっそ……エン……あいつめぇぇぇぇぇええええ‼‼‼‼」


 テレビ欄から事の全てを察したハヤトは叫び声を上げながら店を飛び出した!


「あ! おぃちょっと待てよ‼」


 そしてバンもハヤトの後を追い、車に乗り込むとエンがいるであろうテレビ局へと向うのであった……。


◆テレビ局・廊下にて

 打ち合わせが終わり、番組のコーナー開始まで待機するよう促されたエン。係の人に誘導され、控室へと向かっていた。


「いやぁ……テレビに出るのなんて初めてなんで、とっても緊張します」

「そうでしょ~。でも、僕も楽しみですよ! だって今日あのお祭りの真相が明らかになるんですよね⁉」

「はい! 全部お話しします!」

「やった! しかと見てますからね!」

「はい!」


 そんな会話をしている最中、エンはある疑問を感じていた。


「ところで……今日ちょっと暑くないですか?」

「あ~、ごめんなさい! 4月なのにこの気温でしょ……? 久しぶりに空調稼働させたら調子悪くって……」

「ああ! なるほど!」

「ホントごめんなさいね」


 そうこう会話している内に控え室に辿り着いた。


「うわ~『ナイトメアバスターズ様・控え室』! なんだか芸能人みたいでちょっと照れますね」

「ハハッ! さあ、ここでしばらくお待ちください! 出演時間になったら呼びに来ますから!」

「はい‼」


 そう言うとエンは控室へと入って行った。


◆蓮の葉テレビ・第一スタジオにて

 昼を迎え、いつものように昼の情報バラエティーが始まった。


「さあ、今日は皆さんに凄いお知らせがありますよ! 今巷を騒がせているあの陰陽師集団、ナイトメアバスターズさんの生インタビューがあります‼」


 司会者のコメントに、客席から『うぉおおおお‼』という歓声が上がる。


「あの事件はイベントだったのか? はたまた真実か⁉ その真相が明らかになります!」


『わぁあああ‼』


「そして番組後半では、曰く因縁のある恐ろしい刀について、ナイトメアバスターズさんに番組内で検証してもらいますのでお見逃しなく!」


『ヒューヒュー‼』


 番組は序盤のこのトークだけで、すでにかなりの盛り上がりを見せていた。そして、それは画面越しの視聴者も同じであり……。


◆ブルバイソン・車内にて

「くっそ! この刀! そうとうヤバいやつじゃねーか‼」

「確かに……画面の向こう側なのに相当な邪気を感じる……」

「おいバン‼ もっと飛ばせっ‼」

「はいはいやってますよ! アクセルべた踏みだよ!」


ピーポーピーポー

 遂にスピード違反を取り締まる為に警察車両が近づいてきた! 慌てるバン。 

「やばい! 警察だ!」

「知るかんなもん! もう封印解除だっ! 500キロ出せ!!」

「ちょ! 落ち着けって!」

「いいから飛ばせぇぇぇええーー‼‼」


 別の意味で盛り上がっていた……。


◆テレビ局・控え室にて

 エンの出番までまだ暫く時間がある……。最初はおとなしく椅子に座っていた彼であったが、次第にソワソワと落ち着きがなくなり、とうとう立ち上がると部屋中をウロウロし始めた。


「(まだかな~?まだかな~?緊張するなぁ~。ワクワクするなぁ~)」


 室内をグルグルと徘徊するエンであったが、動き回ったせいもあり次第に暑さが増してきた。


「う~ん……それにしても暑いな……」


 エンは部屋の温度設定を下げようと機械をいじったが、やはり壊れているのか一向に温度が下がらない。

「やっぱりダメか……。しょうがない……」


 そう言うと着ている陣羽織を脱ぎ、それを部屋のテーブルに置いた。


「ふ~、一枚あると無いとじゃやっぱり違うなぁ」


 エンはそう言うと再び椅子に腰かけ、用意されたペットボトルに口を付けた。


◆数分後

 そうこうしているうちにエンの出演時間が近づいてきた。間もなく係りの人が部屋の戸をノックするで頃だろう……。その時だった!


ギュルルルル……


「(しまった……お腹痛い……)」


 なんとエンは緊張の余り催してしまったのだ!


「(もうちょっと時間あるし……トイレ行っとこう!)」


 エンはそう言うと部屋を抜け出しトイレへと向かった。

 そんなエンの姿を、清掃のおじさんが目撃していた。


「あれ? あんな子ども局内にいたっけな?」


 そう、陣羽織を脱いでいるエンは別人として認識される。この時は❝只の少年❞なのである。

 おじさんは不思議そうにエンのいた控え室をノックすると、返事がない事を不思議に思い扉を開いた。案の定、そこには誰もいないのだが……。


「あれ……? 誰だよこんなところに❝ハスニャン❞の衣装置きっぱなしにしたの……」


 そう、エンの陣羽織は、奇しくもテレビ局のマスコットキャラクター❝ハスニャン❞の衣装に酷似していたのである!


「ちゃんと片せよな……」


 そう言うとおじさんは陣羽織を手にして部屋を出て行くのだった……。


◆トイレ

「(ふ~。すっきりした!)」


 事を済ませたエンは再び控え室へと戻った。本番間近である。拭い去れない緊張をかき消そうと一息付くと、ペットボトルに手を伸ばす。すると……。


「あれっ⁉」


 テーブルにある筈の陣羽織が無い!


「うそっ⁉ 確かにここに置いたのに‼」


 エンは慌てふためき急いで室内を捜すがそれは見当たらない! それもそうだ、おじさんが持ち出してしまったのだから。


「えぇ⁉ マズいよぉ……」


 そう言うとエンは、他の場所を探そうと凄まじい勢いで部屋から飛び出して行った!

 ……それから間もなく、係りの人が控え室の戸をノックした。

「さあ、出番ですよ!」


 しかしそこにエンの姿はない! 慌てふためいた係の人はすぐさまエンを捜しに走り出すのだった!


◆蓮の葉テレビ・第一スタジオ

「さあ! 皆さんお待ちかね、マチカド超常現象のコーナーが近づいてきました!」

『うぉおおおお‼』

「CM開けたらお伝えします‼」

『ヒューヒュー!』


 こうして、番組はCMに突入した。……その時だった! 番組ディレクターの耳に飛び込んできたのは、❝エン消失❞の情報だった!


「い、急いで探すんだ!」

「今動ける者全員で探しているんですが、その……どこにも見当たりません……!」

「ちょっと! もうCM終わっちゃいますよ!」

「仕方ない! 先にあのカタナの話で引っ張るんだ! その隙に探してくれ!」

「分かりました!!」

 そう言うと係の人間は放送室を飛び出し、エンを捜しに行った!

 CM明け、MCが告知する。

「えー少し残念なお知らせなのですが、ナイトメアバスターズさんの到着が少々遅れている模様です……。」

『え~』

「あ……しかし、到着を待つまでのあいだ時間を前後し、先にこの❝曰く付きのカタナ❞をご覧に入れます!」


 会場はザワついた。待ちわびたコーナーが先送りにされてしまったのだからそれもその筈だ。しかし刀の話が始まると、会場の全員がそれに聞き入った。


「この刀は古来より、人を呪う刀と言われています。骨董品として非常に価値や値打ちの高いものであり、美術館に展示されることも頻繁にあるのですが……所持した者や関わったものに不幸が訪れると言われる、曰く付きの刀なんです……」

 この解説に対し、ゲストの霊能者が答える。

「いや~非常に恐ろしいですね~。わたしもその刀何度か拝見したことがあるんですが、やっぱりね、なんて言うんですか、鋭く研ぎ澄まされた刃先はゾクゾクしまよすね~。」


 そして同じくゲストのアイドルもコメントする。

「私も! あんまり詳しくはないんですけど、関わった人が亡くなってしまうって話、聞いたことあります!」


「さぁ、そんな刀が……コチラです!」


 と、MCの合図と共に、とうとうその刀がスタジオに登場した。


 客席から『おぉぉ……』という声が漏れる。そしてその反応を盛り上げるように、霊能者がコメントする。


「いや~やっぱり恐ろしい雰囲気を醸し出していますね~。」


「ではここで皆さんに、霊能者❝稲盛純一(いなもりじゅんいち)❞さんによる、刀にまつわるお話を語っていただきましょう……」


 といった具合に、何とか番組は進行していた……。


◆局内にて

 一方その頃……。エンは局内の隅々を走り回り、陣羽織を捜していた。


「ダメだ~見つからない‼ どこ行っちゃったんだ陣羽織⁉」

 焦るエン……。そんな中、とうとう係の人がエンを発見した!


「あっ!」

「あ! すみません! 僕のじんば……」

「ちょっと! どっから入ったんだよ君! 部外者は立ち入り禁止だよ‼」

「あぁっ! しまった!」


 陣羽織を着ていない自分は皆の知ってる❝祭りのヒーロー❞じゃない! それを思い出したエンはすぐさま係の静止を振り切り、再び陣羽織を捜しに駆け出した!


◆スタジオにて

「キャーーーーーっ!! 」

 霊能者の話に、スタジオは悲鳴と歓声に包まれ大いに盛り上がっていた。MCがそれに対してコメントする。

「いや~非常に恐ろしい話でしたねぇ~。」

「でしょ……? これね……この刀の似たような話? いろんな人から結構聞くんですよー……。だから今日は、私とナイトメアバスターズさんで事実を検証してみようと思ってるんですがね・・・」

「そう言えばナイトメアバスターズさん……どうなったんでしょう……?」


 スタジオの全員が暫しナイバス到着の遅れを忘れていたのだが、実際のところエンはまだ見つかっていなかった……。ADによる❝引っ張れ❞という指示でMCは再びそのまま番組を進行した。


「え~どうやらまだとの事で、稲盛さん……先にこの刀の霊視をお願いしてもよろしいでしょうか?」

「分かりました……」


 霊能者稲盛は言われるがまま、その刀の霊視に入った。
 しかしこの稲盛という人物、実は霊能者ではない。霊的な力は何も持っていないのだが、怪談のストーリーテラーとして活躍していくうちに、巷の人間から❝霊能者❞だと広く信じられるようになっただけなのだ。だがいつの間にか本人もその気になってしまい、自分には霊感があると信じ込んでしまっている厄介な人物なのである……。


「ムムムム……」

「どうでしょう……」


「やっぱりこの刀……凄まじい邪気を感じますね……」


そう言いながら稲盛氏は刀を手に取ろうとそれに近づいて行った。すると……。


ヒュ~……ヒュ~……


 何処からともなく不思議な音が聞こえてくるではないか……。思わずMCが稲盛に聞く。

「あれ? ……何でしょうこの音は……」

「うーむ……この刀に憑りついた霊の仕業かもしれませんね……」

「…………。」


 静まり返った会場に不穏な空気が漂っている……。


「……じゃぁ……触りますよ……」

 そう言って稲盛氏が刀に触れたその瞬間!


バチィッツ‼


 突然スタジオの照明が消えてしまった‼


「キャーーーーー!」
「ザワザワ」


 ざわめく会場だったが、電気は即座に回復した。


「一体……何だったんでしょう……」


 MCが平静を装い口火を切るも、観客の中には泣き出すものが出始めた……。稲盛も動揺する。


「これは……ちょっとまずいかもしれませんね……」


 そんな中、テレビ局には視聴者からの電話が殺到していた。「今のは何なんだ!」「番組の演出なんだろ?」そういった声が飛び交う中、会場からも悲鳴の声が上がっていた。そして、観客の中には上空の何もない所を指さし「あれは……何?」こんな事を言う者も出始めた。


「稲盛さん……これは、一体……?」

「…………」


稲盛氏は答えられなかった。何せこの刀にまつわるいくつもの恐怖体験を耳にしてきた彼であったが、実際に自分が体験するとは思わなかった。そして、そのいくつもの話を知っているからこそ、彼はこの時❝命の危機❞を感じ、何とその場から逃げ出してしまったではないか‼


「うぁああああああ‼」

「ち、ちょっと稲盛さん‼」


 しかしスタジオの扉に手をかけた稲盛氏であったが、どういう訳だかそれはビクとも開かない! 何と会場は、出口が封鎖された逃げ場のない空間になっていたのである!

 パニックに陥る会場! 泣き叫ぶ者が続出した‼ そんな中、会場は更に不穏な状況に陥る! 何とスタジオの温度が急上昇し始めたのだ!


「暑い……!」

 もはやMCも番組の進行ができぬ程だった。うだるようなその暑さは会場全体を包み込み、徐々に夏場の気温すら通り越し……会場の誰しもが苦しみもがき始めたではないか!


「苦しい……」
「息が……できない……」
「みず……水をくれ……」


 スタジオにいる者達が悶絶する最中……突如、辺りに何者かの叫び声が木霊した!


アビラウンケン! ソワカーーーーーー‼‼


 するとその声の後、凄まじい勢いで扉が開かれた! そこにはハヤトが立っていた。遂にナイトメアバスターズが到着したのである‼


「くっそ……なんだこの暑さは⁉」

 ハヤトが会場の熱気に驚愕する。

「間違いない……あの刀の所為だな……」


 バンが察した通り原因はこの刀だった。エンがこのテレビ局に訪れた際に既に感じていた暑さは、決して空調の故障によるものではなかったのだ!
 その熱気に二人は頭がもうろうとする……。だがその刀の力を封じるために真相を確かめようと、ハヤトは片手に水晶を握りしめた。そして刀に向かってじりじりと近づいて行くのだった……。


◆局内某所

 一方その頃……。


「はぁ……はぁ……ここが……最後の部屋だ……」


 局内をくまなく探し回った挙句、エンはまだ調べていない最後の部屋へと訪れていた。


ガチャリ


 部屋の扉を開くと、そこは❝ハスニャン❞の衣裳部屋であった。


「あった‼」


 エンはようやく陣羽織を見つけた! 数多く並ぶ❝ハスニャン❞の衣装は確かに陣羽織に酷似してる。しかし、やはりそこは自分の所有物である。エンはすぐさま本物の陣羽織を見つけた! ところが……


「ダメだ……高くて届かない……」


 ラックの上部に掛けられたそれは、エンの低身長では届かない位置にあった。エンは室内の脚立を用意しカツンカツンと登って行くと、とうとうそれに手が届いた。


「よし!」

 エンがそう言って陣羽織を羽織った束の間!


ぐらぐらっ……


「うわぁ……」


ガッシャーーーン!


「っ‼‼」


 何と脚立が倒れ、エンの体が地面に叩きつけられてしまったのである‼


「痛ってて……って…あれ?」


 すると、起き上ったエンの目の前が真っ暗になっていた。状況が理解できずワラワラ動き回るエン。すると……


「あっ! これは……!」


 動き回る自分の腕を見てエンは気付く。


「これって……❝ハスニャン❞⁉」


 そう、エンは脚立から落ちた拍子にあろうことか❝ハスニャン❞の着ぐるみのひとつにダイブしてしまったのだ! しかもそれだけではない……


「あ……あれっ? ぬけ……ない……‼」


 普段小さな子どもが入っている❝ハスニャン❞の着ぐるみ。なんとそこから、エンの体が抜けなくなってしまったのだ‼


「しまったーーーーー‼‼」


 しかもその着ぐるみは頭が胴体と一体化ており、一人での着脱はかなり難しいもののようだった。

 だが、エンの登場するはずのコーナーは既に始まっている。「陣羽織を見つけたのだからこれで良しとしよう」。そう思ったエンはやむなくそのままスタジオに向かって走り出した!


◆スタジオ

 ハヤトが刀に近づいていくとその暑さは更に増し……耐えられなくなったついにハヤトは地面に伏してしまった!


「ハヤ……ト……」

「くそっ……」


 しかしハヤトはホフクしながら、徐々に、徐々にと刀へ近づいて行った。……そしてついに! 刀にその手をあてがう事に成功したのだった! ……すると!


キーン!


 突然の耳鳴りと共に、ハヤトの脳裏に❝刀の過去のビジョン❞が映し出された!
 ……水晶の効力である。ハヤトはおぼろげながらに伝わってくるそのビジョンを読み取るために集中する。そして暫くすると……


「……分かったぞ……」

 バンに対してそう声をかけると、見えた刀の過去についてを語り始めた。

 その刀はかつて、名もなき刀鍛冶によって作られたものだった。しかし、名だたる名工たちを出し抜くためにその鍛冶は、ある禁断の術をその刀に施した……。それは多くの人間を生きたまま焼き殺し、その血から溶け出す鉄分をかき集め刀身に練り込み作り上げる……というものだった。
 その為に多くの人間が命を落とし、その刀は完成した。だからこそ、その熱に苦しんだ人々の思念がこの会場の者にも伝わっていたのである。
 そしてそれは妖刀となり、再び多くの人間の血をすすりながら、持ち主を代えながら現代に生き残った……❝呪いのカタナ❞その物だったのだ!

 そのビジョンから刀の無惨を感じ取ったハヤトはそれに向かって合掌すると……


開眼っつ‼


 セルガイアを覚醒させ、その刀を手にした神器で一刀両断叩き斬ろうとした! しかし!

ガキーン!


「こ……コイツはっ‼」


なんと一足遅く、その刀はとうとう魔物へと変貌を遂げハヤトの攻撃を防いでしまったのだ!


「くそ……間に合わなかったか……」


 バンが思わず嘆く。

 ナイトメアバスターズには、この刀が魔物になる寸前であることは分かっていた……。何とかそれ以前に食い止めたかったのだが番組の放送が刺激となり、時すでに遅しという具合だった。

 魔物はハヤトに向かって攻撃を開始した!魔物の体には頭と片腕がない。右腕全体が刃物のように鋭く尖っており、それを振り上げるとまるで一振りの刀を思わせる様相であった。


ガキーン! ガキーン!


 抵抗するハヤトであったが、それはやはり刀の魔物である。まるで侍のような卓越した戦法でハヤトに襲い掛かってくる!


「くっそっつ!」


 それだけではない、会場を包み込む熱気は更に温度を増しハヤト達の体力を奪っていった!


「ハヤトっ!」


 バンもハヤトと共に応戦するが、二人係りでも魔物の方が優勢だった。


「強い……」


 気力を振り絞り応戦するも、2人の体力は限界に近づいていた……。会場内の人間もこのままでは命が危ない……。そう思ったその時だった‼


バァァン!

 凄まじい勢いで、スタジオの戸が開かれた。


「⁉」


 ついにエンが……もとい、エンの入った❝ハスニャン❞が現れたのである‼‼‼


「⁉……お、前は……⁉」


 二人はそこにエンが入っていると気付かなかった。


「あぁ! 僕です‼」

「⁉」


「……それなら……」


開眼っつ‼


 すると❝ハスニャン❞の手から神器が現れた!


「あぁっ! お前か‼」

「ごめんなさい! お待たせしました‼」

「……おま……暑くないのか⁉」

「え? ……そう言えば……全然」

「‼?」


 2人は吃驚した! 何とエンは暑がっていないのだ! どうした事かと思っていると、エンがあることに気付いた。


「あ、凄い‼ この着ぐるみクーラー着いてる‼」


 そう、最近の着ぐるみは優秀なのだ。夏場でも耐えられるように小型のクーラーが設けられていたのだった‼


「二人とも! ……ここは僕に任せてください‼」


 そう言うと、エンは魔物に向かって飛びかかって行った!


キィン! キィン! ガキーン!


 魔物に向かって刃を振るうエン! しかし、やはり魔物は強かった。そのすべての攻撃を、受け止め、流し、払ってしまう……。

 幸いなことに、着ぐるみによってエン自体はダメージを受けなかったのだが……徐々に体力が削られていった…。


「くそ……強い……」

「ダメだ……エン……逃げろ!」

「⁉ ……嫌です! 絶対に嫌です‼ 僕は白毫使いになったんだ! みんなを守る戦士になったんだ! 今僕が逃げたら、誰がみんなを守るんですか‼」

「‼‼」


 そう言うとエンは果敢に魔物に立ち向かって行った!

 ……しかし一向に打開策が見当たらない……。どんなに素早く攻撃を繰り出そうと、魔物はすべての攻撃を受け止めてしまう。そして、ハスニャンの着ぐるみもいつまで耐えられるか分からない……。「どうすれば……」と思案を巡らすエン……。その時だった


「エン……待ってろよ……」


 ハヤトはそう言うと額の白毫に力を込めた。すると次の瞬間!


ズーン!
ギャァアア‼


 魔物が転倒したではないか!


「エン……後は…頼んだぞ‼」

「は、はいっ‼」


 ハヤトは持てる気力を振り絞り、自らの能力❝減速❞の力で時間を遅らせると、その隙に魔物に足払いしたのである! 

 エンは転倒した魔物を凄まじい威力で背中越しに蹴り上げると、空中に浮いたそれを次々斬りつけていった‼ そして魔物の装甲が剥がれ落ちていく!


「よし! 今だエンっ‼」

「やぁあああああっつ‼」


 その掛け声とともにエンは魔物の弱点を瞬時に読み取ると、全身の力を一気に抜いた! すると‼


ズバババババババッツ‼‼
グギャオォオオオオオ!!


 ついに、エンは魔物を討ち滅ぼしたのである!

 魔物が霧の様に消えて行くとカランと音を立て、真っ二つに折れたあの刀が地面に落ちた……。


『わぁああああ‼‼』


 そこにいた人間すべてが歓声を上げた!


「凄い! 凄いです‼ 未だかつてこんな番組があったでしょうか⁉ 今日のこの出来事はテレビ誌に永遠に刻まる事でしょう‼‼‼」


『わぁああああ‼』


 先程までの熱気は打って変わり、会場の興奮によるものに変わっていた……。


「いや~どうも、どうも~!」


 その反応に対して調子に乗ったエン(ハスニャン)は、観客に手を振って見せた。


「さあ! いよいよ到着したナイトメアバスターズにインタビューを……」


 MCがそう言いかけた時だった。


『ふざけるな……』


 客席の方から声がした。

『ふざけるな……』


 ある客からの声だった。それに対しMCが聞き返す。

「どう……されました……?」


『ふざけるなっ‼』


「⁉」

 突然観客の一人が、罵声を浴びせたのである!


『ふざけるな! こんなのヤラセだろ‼」


「いやいや……決してそんなことは!」


「何だよ! 散々脅かした挙句に❝ハスニャン❞が怪物退治だ⁉ バカバカしい!」


 そう、会場の観客の中には、この状況に不服な者がいたのである。


「いや……これは打ち合わせには一切なかった事で……」


『そんなこと言って……テレビなら簡単にできる事なんじゃないのか⁉』
『そーだそーだー!』

 幾人かもその意見に同調し始めた。


「いや……しかしですね……」


『しかしもへったくれもあるか! 温度が上がったり電気が消えたり、扉が開かなかったり……。挙句ヒーロー番組の真似事か? へっよく創られた演出だな!」

 その言葉に対し、事実を知っているエンも当然ながら反発した。


「ちょっと待ってください! 僕たちは普段こうして人知れず魔物と戦ってるんです! これはまぎれもない真実なんです! 皆さん知ってますか⁉ ここに居るこのナイトメアバスターズの二人は、あの❝大震災❞を封じ込めたた二人なんですよ⁉」

 それに対しハヤトが空かさず叫んだ!
 
「エン! やめろ! それは言うな‼」


『…………』


 するとその言葉を聞いた観客は更に憤慨した!


『本当にふざけんなよ……あの地震を……大勢の命を奪った地震を……俺の母さんを奪った地震を……今日の茶番と同じにするんじゃねー‼‼』
『そーだそーだーーーー!!!』


 そう、ほんの数カ月前に起きた❝大震災❞……。それを封じ込めたのは紛れもなくかつてのハヤト達であった。しかし、民衆はその言葉に対し非常に敏感になっていた……。


「エン、その言葉を口にしたからには……よく見とけよ……」


『こんな番組で、あの事実を帳消しにしようなんて虫が良すぎるわ!』
『そーだそーだ!』
『俺たちの心の傷を癒すんだったら、もっとマシな演出を考えるんだな!』
『そーだそーだ!』
『あー胸糞悪い! 帰る‼』


 その客がそう言い放つとその場にいた観客達は、全員ぞろぞろとテレビ局を後にしたのだった……。


「こ……ここで番組を一時中断し……ニュースをお伝えしますっ!」


 MCは何とかその場をやり過ごし、ニュース番組へと繋ぐのだった。こうしてエンのテレビ出演は終わったのである……。


◆番組終了後


「ハヤトさん、久しぶりね……」


 番組の関係者が突然ハヤトに語りかけてきた。


「ああ……」


「やっぱり……駄目みたいね」


「そうだな……」

「でも私、信じてるから……。きっといつかみんなに分かってもらえるって……」

「いいや……これでいいんだよ……」

「ハヤトさん……」


 この二人、少し前から知り合いだった。地震の影響で崩れ落ちた新幹線のトンネルの中でハヤトは彼女を救出し……その後大地震の黒幕である❝オオナマズ❞と戦ったのであった。
 その戦いが終わり彼女から依頼を受けテレビに出演するも、誰一人その事実を信じる者はいなかった……。増してハヤトは民衆を愚ろうした者と捉えられてしまっていた……。だからこそハヤトはこの事件の後、❝人知れず戦かおう❞と決心していたのである。


「エン……分かったろ……。これが現実だ」

「ハヤトさん……」

「俺たちはこれからも❝人知れず戦っていく❞。同意できないなら今後一切……『俺たちには関わるな』」

「・・・。」


 ハヤトはその言葉を言い残すと、共にテレビ局を後にした……。

 闘いには勝ったが、正直エンは落胆し肩を落としていた……。自分の行いで、またしても人の心を傷つけてしまった。やはり「ハヤトの考え方が正しいのだ」とも思い始めていた……。すると……


「まったく……あいつも素直じゃねーなぁ」

「バンさん⁉」


 不意にバンがエンの背後から声を掛けた。


「口に出して言わないけどな、あいつきっとお前に感謝してるぞ?」

「え……?」

「正直今回はお前が居なかったら危なかった。ありがとう……」

「う……うん……」

「それに俺も、ヤクモのばっちゃやお前の考えに賛同してるんだ」

「‼」

「いつかアイツの心が変われば、徐々にでも民衆の心は変わる……。今日の出来事はきっと、民衆の中にも分かる奴はいるはずだ。今日はアイツにいいもの見せつけてやったな! よくやった!」

「あ、ありがとう……ございます‼」

「まぁ、多分アイツは今日の出来事を民衆の記憶から消すだろうがな……。だがお前の登場はアイツにとっていい刺激になってる筈だ、俺は白毫使いとしては戦えないが、2人で協力してアイツの考え変えてやりたいと思ってる……!」

「…はい!」


 エンは嬉しかった。自分の行いが本当に正しかったのかは分からなかったが、少なくとも意見に賛同してくれるバンの心が嬉しかったのだ。そして……


「また力を貸してくれ。少なくとも、俺は待ってる」

「……はいっ‼‼」


 そう言い残すと、バンもその場から去って行った。

 ……戦いを終えたエンの心境は複雑であった。しかし、自分が白毫使いである事実は変わらない。
エンは改めて魔物と戦い続けることを決意し、二人に続くようにその場を後にするのだった……。


「ところで……『誰かこのキグルミ脱がしてぇえええええー‼‼‼‼』


つづく!


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