前回のおらさい
バンは死んだ。ハヤトも死んだ。二人が目覚めた場所は「あの世」だった。二人は嘆くが死んでしまったものは仕方ない。三途の川を渡るため船に乗り込もうとする二人。しかし足を滑らせたバンは、ハヤトを道連れに川へと落ちて流されてしまうのだった……。
『誰だ……私の眠りを妨げるのは……』
威厳のある野太い声が辺りに木霊した。
バンはその声に反応して目を覚ます。どうやら川に流されてから暫く経ち、どこかに打ち上げられたようだった。
「うっ……ここは……」
バンは朦朧とする頭を波打ち際から引き離し、辺りの様子を伺ってみた。
霧が立ち込め周りがよく見えない……。
しかし、辛うじて自分のそばにハヤトがいることが分かった。バンと同じように波打ち際で倒れていたが、今目覚めた様子だった。
バンたちが徐々に体を起こし始めると、どこからか再びあの威厳のある声がした。
『何だお前たちは……』
思わずその声のする方に目をやるバン。すると、かかっていた霧が徐々に晴れ、その奥からあぐらをかいた巨人が現れた。
『何だ人間か……』
巨人は恐らく、立てば30mはありそうな体躯をしている。その背中には何本もの腕があり、どう考えても普通の人間じゃないことは明白だった。
この見た目、おそらく『仏様』だろう……。
しかしバンは驚いて思わず失礼なことを言ってしまった。
「ちょっと待て! 『何だ』とは何だ!」
するとその『恐らく仏様』は、バンに対抗してこう言ってきた。
「あん? 『何だとは何だ』……とは何だ!」
バンも対抗する。
「『何だとは何だとは何だ』……とは何だ!」
『何だとは何だとは何だとは何だとは何……』
こうして『何だとは』合戦が始まってしまった!
そこへハヤト割って入る。
「やめろーい!! あなた、見たところ仏様ですよね……?」
『いかにも。私は『仏』の一人。千手観音だ』
背中の腕で予想はしていたが、やはりそうだった。
千手観音……。黄金色の荘厳な風格を漂わせ、バンたちのことを上から見下ろしている。
『お前たち、手続きは済ませたのか?』
おもむろにそう聞かれ、バンは「手続きとは何か」聞き返す。
『三途の川を渡った先で、自分がどこに所属するかを決められるのだが……その様子だと川に流されたな』
図星だった。そんな手続き行っていない。
『なら戻れ。ここはまだお前たちが来るところではない』
バンは目を丸くしながら聞き返す。
「戻れってどうやって!?」
『歩いて行くしかないな』
「そんな……。ここへ来たのは事故ですよ!? 仏様なら……何とかしてくれませんか?」
『どうにもならん。歩け』
つっけんどんな言い方をされ少し腹が立ったが、仏様の言うことなら仕方ない。
どれ程かかるか分からないが、あの船があった場所まで歩いて戻るしかないのだろう。
バンとハヤトは渋々その場を後にしようとした。
ところがだった……。
『ん? 待てよ……この匂いは……』
一体どうしたのだろう。千手観音が「薬品の匂いを嗅ぐ時」の様な手つきで、二人の匂いを嗅ぎ始めたではないか。
「どうしたんです?」
バンは思わずそう訪ねてみた。すると、千手観音は突然笑い出し、二人に向かってこう言った。
『はははは! いやいや失敬した! まさかお前たちが『白毫(びゃくごう)使い』だったとは!』
「白毫使い」だって? 何のことだろう? そんな言葉聞いたこともないし、増してそんな人間ではない。いや、ないはずだ。それなのに、唐突にそんなことを言われても正直よく分からない。
ハヤトが聞き返す。
「『白毫使い』……。一体何のことです?」
『何だ? 自分たちの能力を知らないのか? なるほど。素質を持ちながら、まだ開眼させたことがないのだな』
開眼? 素質? 何を言っているのかさっぱり分からない。自分たちに何か特別な能力があるとでも言うのだろうか?
『よかろう。ではお前たちの白毫を開眼させてやる』
千手観音はそう言うと、自らの胸の前で手を合わせた。そして瞑想するかのように目を瞑ると、深く息を吐いた。
すると、バンとハヤトの足元から、拳ほどの大きさの光の玉が現れた。
「何だこれは」と呆気に取られていると、それは宙に浮き目の前で停止した。
その様子を見た千手観音は納得するように頷いた。そして大地を揺らすような凄みのある声でこう言った。
『開眼せよ! 陰陽白毫(いんようびゃくごう)!!』
すると突然! 目の前に浮いていた光の玉が口の中に飛び込んできた!
「うわぁっ!」
そして、バンもハヤトもそれを飲み込んだ!
すると、今まで額にあった「三角形の白い布」が霧散し、その奥から何やら熱いものが現れたように感じた。
しかし、自分の目でそれを確認することができない。
そこでハヤトの方を見てみると、額に何やら赤く輝く目のような物が出現しているではないか! ハヤトはそれを触って確認している。
バンも自らの額に右手を当てると、ツルツルとした丸い物がそこにあった。自分の額にもハヤトと同じようなものが現れている気がする。
これがその「陰陽白毫」なのだろうか……。
更に、額を確認して気がついた。腕に、仏具を彷彿とさせる装飾の入った緑色の腕輪が出現しているではないか!
ハヤトの右腕にも、彼の額に現れた物と同じ赤色の腕輪がはめられている。
と言うことはバンの額の目は緑色だろうか?
これらは一体何なんだ!?
その問いに千手観音が答えてくれた。
『それは陰陽白毫。大地の光を得た人間に、多大な力を与える第三の眼だ』
バンは呟く。
「第三の眼……」
『それはお前たちに、二つの大いなる力を授ける』
「二つの……力……」
『まず、お前たちは自らの力で「魔」を切り裂く武器を顕現させることができるのだ』
「何だって!?」
『二人とも。その腕輪に力を込めてみなさい』
バンは言われた通り腕輪に力を込めてみた。
すると、腕輪の装飾の一部が光の玉を放出した。
千手観音は「それを掴め」と言う。
その通りにしてみると、それは手の中で突然形を変えた! そしてそれは自分の背丈よりも少し大きい位の、緑色の薙刀へと変貌を遂げたのである!
そしてハヤトはというと、腕輪の光を二振りの赤い長刀に変化させて佇んでいた。
バンはその凄さに淡い興奮を覚えた。
「凄い! 俺たちはこの武器を自分で出現させられるのか!」
『その通りだ。そしてその武器『白毫神器(びゃくごうじんぎ)』でのみ、「魔」を断ち斬ることができるのだ』
それに対してハヤトが興奮気味に聞き返す。
「まさか、この武器でなら『魔物』を斬ることができるのか!?」
『その通りだ』
「おいハヤト、それって凄いことなのか?」
「ああ凄いぞ! 魔物ってのは悪霊が更に負の感情を溜め込んで実体化したものなんだが、普通は別の世界に封印することしかできないんだ」
「ほぉ……」
「それを倒せる武器を出現させることができるなんて……凄すぎる」
「そうなのか……」
流石ハヤト。「その手のこと」に詳しいようだ。そんなに凄い武器なんだなこれは。
ハヤトは興奮を隠せぬ様子で、自分が出現させた刀をまじまじと見つめていた。
千手観音は続ける。
『そしてもう一つ。その眼は一人に一つ、何らかの特殊能力を授けるのだ』
「特殊能力……」
『お前たち、額の白毫に力を込めてみよ』
言われた通りにしてみる。
すると突然、全身の血がたぎるように熱を帯び始めた!
それだけではない。体中に浮き上がる血管が、まるで溶岩のようなオレンジ色に発光している!
「うぉぉお! 何なんだこれは!?」
『ほぉ、お前は「熱血白毫」の持ち主のようだな』
「熱血白毫?」
『全身の血液をたぎらせ、任意の方向に高温の熱を伝えることのできる能力だ』
バンは試しに、血をたぎらせた両手を川の方へと向けてみた。すると、川の水が瞬時に沸騰し始めたではないか!
「……凄い!」
そして額の力を抜くと、再び元の状態へと戻った。
今度はハヤトの方を見てみる。
すると、その体が一瞬残像の様に透けて見えた。
どういう事なのだろうか?
『お前はどうやら「減速白毫」の能力者のようだな』
千手観音曰く、それはわずかの間自分の周囲の時間を遅らせることができるのだという。
先ほどバンが見た一瞬、ハヤトの動きだけが早くなっていたため残像に見えたという訳だ。
こんな力を持っていたなんて、今まで全く知らなかった。もっと早くに知っていれば、もっと色々できたんじゃないだろうか? あの時死ぬこともなかったんじゃなかろうか?
しかし、一体なぜこんな力を持っているんだろう?
『それは、お前たちの生前の修行の賜物だな』
「生前の修行?」
待て。ハヤトは寺の跡取りで、日頃から修行をしていることは小耳に挟んでいた。しかしバンは修行なんて一切したことがないぞ? どういうことだ?
『ほう……。しかし開眼したことは事実だ。理由は分からんが、お前にもその素質があったということだな』
何だよ。千手観音にも分からないのか。
しかし凄い能力だ。これさえあればもしかしたらサトミを手助けすることができるかもしれない……。
いや待て待て、もう死んでいたんだ。今更こんな力があることを知ったところで意味がない。
そう思った途端、今まで感じていた高揚感がフッと消え、バンは再び肩を落とした。
すると、そんな姿を見た千手観音が意外なことを聞いてきた。
『ところでお前たち、死んだのはこれが始めてか?』
バンが答える。
「ああ、始めてだけど……」
そりゃそうだ。人は死んだら生き返れない。
『それならお前たちに朗報があるぞ。白毫使いはな、一度だけなら現世に蘇ることができるのだ』
二人は驚愕した!
「何だって!?」
願ってもない吉報だ! 生き返れる! となるとまだ、サトミを助けられるチャンスがあるということだ。しかも「白毫の力」を持った状態で!
ハヤトもあからさまに嬉しい様子で眼を輝かせている。
そんな二人に向かって、千手観音が「ある話」を持ちかけてきた。
『そこでお前たち二人に折り入って頼みがある……』
「頼み……ですか?」
『ああ。現世に戻り、織戸幸愛会の教祖「織戸零」の野望を阻止して欲しいのだ……』