前回のおさらい
“サヨの石鹸”と呼ばれた都市伝説に隠された真実を突き止め、見事に事件を解決したナイトメアバスターズ。
ハヤトは現場から立ち去る際、居合わせた男にある“せんべい”を手渡した。
するとそれを食した男は、事件に関する記憶を失ってしまった。
“人知れず悪夢を晴らす”男たち。
これこそ、ナイトメアバスターズのやりかただった・・・・。
―――むか~し昔あるところに、正直者のおじいさんとおばあさんがおりました・・。
二人は毎日まいにちせっせと働き、貧しいながらも幸せそうに暮らしておりました・・・。
ある日、おばあさんが病に倒れ、おじいさんはたった一人で畑仕事をしなければいけなくなってしまいました。
広い畑を一人で耕すのは一苦労。
それでもおじいさんは、おばあさんの薬を買うお金を稼ぐために、一生懸命働きました。
「おじいさん・・ごめんなさいね・・私が一緒に働くことができななら・・・」
「なぁに、これしき・・。今年は豊作なんじゃ。おばあさんの薬をもうすぐ買ってきてやるからのぅ・・。」
おじいさんは収穫の日を待ちわびながら、せっせと働き続けました。
そんなある日の事でした。
おじいさんがいつものように畑に向かうと、実っていた作物が全て刈り取られておりました・・・。
「そんな・・・なんという事じゃ・・・。」
おじいさんは涙を流しながら、とぼとぼと家に帰ると、その事をおばあさんに話しました・・。
すると、おばあさんはおじいさんを気の毒に思い、おじいさんを励まそうとこんな話しをして聞かせたのです。
「おじいさん・・この村の裏山に“お金のなる壺”がられた祠があるという言い伝えがあります…。その壺は困っている人に富を授けるという話です…。もしその話が本当なら…おじいさん、その壺に頼ってみませんか・・・。」
「ははは、そんな話は迷信じゃよ。きちんと働くからこそお金になる。ありがとよおばあさん、わしを励ましてくれて。・・・こうなれば他の仕事で薬を買えるお金を稼いで来るからの・・・。」
その日からおじいさんは、山でまきを集める仕事を始めました・・・。
そんなある日、仕事に夢中になるあまり、いつの間にか日が暮れ、辺りは暗闇に包まれてしまいました。
「いかんいかん・・はやく帰らねば」
そういって歩みを早めるおじいさんでしたが、どうやら道に迷ってしまったようです。
「おかしいの・・もうすぐ村に着くはずなんじゃが・・・」
しかし一向に辿り着きません。
おじいさんはだんだんと怖くなり、仕方なく今夜は山で一夜を明かそうと、近くにあった切り株に腰を下ろしました。
すると・・・
「なんじゃあれは・・・。」
一息ついたおじいさんがふと目線を上げると。
そこには、ぼんやりと光を放つがありました・・・。
「ここは・・・もしかすると・・・」
おじいさんはおばあさんの祠の話を思い出し、もしやと思いに入ってみました。
・・・するとそこにはおばあさんの言う通り、不思議な形の壺がられておりました。
一晩空け、おじいさんはその壺を持って家に帰りました。
おじいさんは夜の事をおばあさんに話すと、「それはきっと神様が導いてくださったのです」
と言い、おじいさんに壺の蓋を開けさせました。
すると壺の中には、何やら黒くにごった水が入っておりました。
中にはお金が入っているのではないかと少し期待していたおじいさんでしたが、
「おばあさん・・・やはり迷信じゃよ。お金はしっかり働いてかせぐからの。」
そう言って静かに壺の蓋を閉じました・・・。
ところがそんなおじいさんに、おばあさんは言いました。
「いいえ、間違いありません。やっぱりそれは“お金のなる壺です”。おじいさん、ちょっとその中の水を舐めてみてください。」
おじいさんはおばあさんの言っているとこがよく分かりませんでしたが、言われた通りにその水をすこし舐めてみました。
すると・・・
「これは!・・・何と美味しい水なんじゃ!」
そう、それはただの水ではなかったのです。
「おじいさん。私が昔、私のおじいさんから聞かされた話は本当だったようですね。」
「それは・・どんな話なんじゃ。」
「はい。・・・その水はどんな人でも“美味しいと感じる”不思議な水なんです。」
「それは・・なんとも・・・」
「おじいさん、その水をタレにして“お煎餅”を作りましょう。そうすればきっと沢山の人が気に入って買ってくれます!それはいつか大きな富になりましょう。」
「そうか!それはいい案じゃ!おばあさん、わしゃやってみるぞ!・・・神様ありがとうございます。」
「しかしおじいさん、気を付けてください。その水を口にしていいのはたった一度だけなんです。」
「ほう・・・どうしてじゃ。」
「その水を使いすぎると・・。人はあまりの美味しさに心を奪われ、その身を滅ぼしてしまうという話です・・・。」
「・・・確かに、わしは生まれてこのかた、こんなに美味しいものを口にしたのは初めてじゃ!先ほどから、出来る事ならこの水を飲み干してしまいたいと思っておったぞ!」
「そう・・本当はこの壺は“呪いの壺”なのです。だからこそにられていたのです。」
「う~む・・・ならばこうしよう!わしは何とかこの味を真似してタレをこしらえてみる!そして、おばあさんの言う通り、煎餅に塗ってたくさん売るぞ!」
「それはいい案ですね・・。」
それから数日後、おじいさんはタレを完成させると、町に繰り出しを売り始めました。
するとお煎餅は飛ぶように売れ、“泣く子も喜ぶ美味しい煎餅”と呼ばれ、たちまち繁盛したのです・・・。
ある日その噂を聞きつけて、ある男が煎餅屋にやってきました。
「・・・なんじゃい!幸せそうにしやがって!・・・畑から盗んだ作物ももう売りつくししな・・・爺さんから儲かる秘訣でも盗んでやるとするか!!」
それは、おじいさんたちの家のそばに住んでいた、意地の悪いおじいさんでした。
あの時豊作だった畑から作物を盗んだのはこの意地悪じいさんだったのです・・。
「おいじいさん!そうとう繁盛してるみたいじゃな!」
「はいはい、おかげさまで・・・。」
「じいさん・・ちょっくらわしにも儲かる秘訣・・教えてくれんかの?」
「はいはい、それは、一生懸命働くことです。」
「きれいごとを言うでない・・突然繁盛しおって・・・何か秘訣があるんじゃろ?」
「はいはい、そう言うなら一つだけ教えてあげましょう・・わしは神様から“金のなる壺”をもらったんじゃよ・・・。」
「なんじゃと!!」
それを聞いた意地悪じいさんは、その晩おじいさんたちの煎餅屋から壺を盗み出すと、しめしめと言わんばかりにその蓋を開けてみたのです。
すると・・・
「あのじいさん嘘付いたな!金なんか入っとらんじゃないか!!」
怒った意地悪じいさんでしたが、その水を舐めてみると・・・
「これはい!!」
その美味しさに憑りつかれたかのように、こんどは両手で水をすくうとそれを飲み始めたのです。
「うまいうまいぞ!!何てうまいんじゃ」
無我夢中でそれをすする意地悪じいさんでしたが・・・
「なんじゃこれ・・・一向に水が無くならないではないか・・・」
そう、その水は壺の中から永遠と湧き続けたのです・・。
「も・・もう・・よい・・満腹じゃ・・・」
しかしその美味しさに、意地悪じいさんはその水を飲み続け・・・。
ついに腹が膨れて死んでしまったのです・・・。
それから正直じいさんは町一番の、いや、国一番の煎餅屋として大金持ちになりました。
おばあさんもすっかり元気になり、ふたりはいつまでも仲良く暮らしましたとさ・・
めでたし・・めでたし・・・・・。
・・
・・・・
・・・・・・
「父ちゃん!そんな昔話、オレ初めて聞いたよ!!」
「そうだろ~?これは内に代々伝わる昔話なんだぞ!」
「そっか!じゃあこれって本当の話なの??」
「どうだろうな・・・でも俺は信じてるぞ!だってその壺、本当にあるんだからな!」
「そうなんだ!!・・・あ!だから父ちゃんの作る煎餅は世界一美味しいんだな!!」
「ははは!ありがとな!でも・・俺はその壺の水なんか使ってないぞ・・!だってこの話は、その壺を見つけても使っちゃいけないって教えなんだから。」
「・・え?・・じゃぁ・・どうして・・・・?」
「はっはっは。いいか・・父ちゃんはな・・・」
『美味しさの魔法を知ってるんだ。』
「おいしさの・・まほう・・・?それって・・・何なの!?」
「ははっ!いいか・・・それはな・・・・・・・・」
◆煎餅屋 亀屋 寝室
ガバッツ!!
「はぁ・・またこの夢か・・・」
その男は夢を見ていた。
それは、子供の頃父親から聞かされた話の夢だった・・・。
「何だっけな・・美味しさの魔法って・・・。だめだ、壺の話のインパクトが強すぎて思い出せない・・・。」
男の名は元太。
代々続く煎餅屋“亀屋”の後継ぎである。
元太「まあいいさ・・俺は俺の味を追求して・・必ず父ちゃんを追い越してやる!!」
そう言うと元太は再び布団をかぶった・・・。
その時だった・・・。
母「元太っつ!!大変よ!!父ちゃん車で事故しちゃって、危篤だって!!!」
元太「・・えっつ!?」
元太は再び布団から跳ね起きた!
元太は、父親のといつも喧嘩ばかりしていた。
というのも元太は若くしてすでに“美味しいと思える煎餅”を作り出していた。
しかしはその味を否定し続けた。
自分の味ではなく、代々続くこの味を守ることこそ、客を離れさせない秘訣なのだと・・・。
確かにその通りであるが、お年寄りばかりが店に来る現状を元太は打開したかったのである。
だからこそ元太は“自分の味”を追求することで、若い層にも支持される煎餅を売り出そうと努力していたのだった・・・。
そんな父親に、元太は度々ひどい言葉を投げかけた・・。
そんな父さんが危篤と知り、元太はいてもたってもいられなかった。
せめて、最後だけでも感謝の言葉を伝えたい!
そう思い、元太は急ぎ病院へと駆け付けるのだった!!
◆病院
元太「父ちゃん!!父ちゃん!!」
元太の父“厳蔵”は担架に揺られながら手術室へ向かっていた。
追いついた元太はその横を走りながら父さんに話しかけた。
元太「父ちゃん!今まですまなかった!!意地ばっか張ってヒドイこと言って!父ちゃん!父ちゃん!!」
その時の意識は既に途切れようとしていた・・・。
だが、最後の力を振り絞ると、元太に一言だけいたのである・・。
厳蔵「げん・・・た・・・。」
元太「父ちゃん!父ちゃん!!しっかり!!」
厳蔵「げん・・た・・・壺を・・」
元太「・・・え!?」
厳蔵「壺・・を・・・守れ・・・。」
元太「え・・?何だよこんな時に!!・・父ちゃん・・」
『父ちゃぁぁぁああああああああん!!!!!』
手術室に消えて行った父ちゃんは、
その日帰らぬ人となった・・・・・。
◆亀屋
時同じくして、亀屋にある“男”が侵入していた・・・。
その男は家中を物色し、一つの壺を手に取った。
その壺は無数のお札によって封印されていた・・。
しかし、男は蓋に張り付いたそれをびりびりと破り捨てると
その場を後にしたのだった・・・。
その男の首の周りにはぐるりと一周“赤い傷”がついていた・・・。
◆陰陽庵
バン「よーう!!エンじゃないか!!久しぶりだな!!」
この日、エンは久々に陰陽庵に訪れていた。
エン「バンさん!お久しぶりです!!あの…最近なんか事件、起こってませんか??」
バン「そうだな~。最近はご無沙汰かな?まぁいいから中に入って、そば食べて行けよ!」
エン「いや・・今日はここでいいです。」
バン「ん?どうして?」
エン「・・・・・。」
バン「そうか・・ハヤトだな・・・」
エンはテレビ局の一件以来、ハヤトに会う事をためらっていた。
それは『俺たちには関わるな』というあの言葉が、心につっかえていたからである・・。
バン「まぁいいや!気持ちが落ち着いたらまたいずれ会いに来ればいいさ。そのかわり・・・今日は俺の作った・・・」
『煎餅でも食べて行けよ!!』
エン「え!?バンさんってせんべいも作れるんですか!?」
バン「おう!俺は何だって作れるぞ!!」
バンはナイトメアバスターズのメカニック。“何かを作り出す”ことでハヤトをサポートしている。
そしてそれは・・食べ物にも反映されていた。
だからこそ陰陽庵は繁盛しているのだ。
エン「やったーーーー!!僕、おせんべい大好物なんです!!」
バン「そうかそうか!俺のは美味いぞ~~!!名付けて」
『白毫煎餅!!』
エン「びゃくごうせんべい!!まんま!」
たしかにそれは、エンやハヤトの額に現れると同じような“三つ巴”の模様の焼き印が入っていた。
どうやら陰陽庵は、最近煎餅の店頭販売も開始したようだ。
店先にはそれを売るための小窓が設けられ、外には腰掛けが用意されていた。
バンがその小窓から“煎餅”と“お茶”を差し出すと、エンは腰掛に座りそれをバリバリと食べ始めた。
エン「うぉおおおお!!!バンさん!!凄くおいしい!」
バン「そうか!!そりゃよかった!!しっかしお前、煎餅とお茶が好きなんて・・・
若年寄だな・・。」
エン「だって…好きなんだもん!」
バン「ははは!」
そういうと再びエンは煎餅を美味しそうにした。
エンは煎餅が大好きだった。
八雲のばあさんの元へ行くといつも出されたそれ。
大好きな場所で食べる物・・・好きになるのは当然だった。
エン「ところでバンさん・・・」
バン「ん?何だ?」
エン「この味・・・亀屋の煎餅に似てる・・・。」
バン「ん?かめや??」
エン「はい!僕が一番好きな煎餅の店なんですけど、その味にそっくり・・・。」
バン「そうか!そいつはよかった!」
エン「・・・うん。」
バン「・・ん?どうした・・美味しいんだろ?・・どうしてそんな悲しい顔してるんだよ。」
エン「いや・・実は最近亀屋の味・・全然変わっちゃって・・。」
バン「そうか・・・だったらウチに食べに来ればいいさ!」
エン「うん・・・でも・・・あ!バンさん・・最近事件無いんですよね・・。」
バン「ああ、そうだな・・それがどうした?」
エン「ちょっと僕に付き合ってくれませんか??」
バン「?」
そう言うとエンはバンに車を回させると、その味を確かめさせるために亀屋へと向かった。
バンはそれを拒まなかった。同じ“料理人”として勉強になることもあるだろうと、く同行したのだった・・・。
◆亀屋
元太「いらっしゃいませ~。」
エン「あ!元太さん!!お久しぶりです!!」
元太「あぁ!エンくんか!久しぶりですね!」
バン「どうも、初めまして。」
元太「あれ・・?そちらの方は・・・?」
エンは店に来た訳を話すと、元太は厳かに語りだした。
元太「そうですか・・・いや・・実は・・」
元太は最近父親が亡くなってしまった事、そしてその父親の味を再現できないからこそ自分の味を追求している現状を聞かせたのである。
エン「・・そういう事だったんですね・・・」
バン「なるほどなぁ~。」
元太「私は、若い人たちにもうちの店に来てほしいと思って頑張っているんですが・・。
最近はそれどころか、常連さんも寄り付かなくなってしまって・・・。」
エン「ですよね・・・この味じゃ・・・。」
バン「バカ、ストレートすぎるぞそれは!」
元太「・・いいんです。私も分かってますから・・・父さんの煎餅は確かに美味しかった・・・。あ!でも・・最近作ったこの煎餅は自信作なんです!!ちょっと食べてみてくれませんか!?」
そういうと元太は2人にその煎餅を差し出し食べさせた。
バリバリ・・
ボリボリ・・・
元太「ど・・どうです??・・美味しいでしょ!?」
元太は自信満々であった・・
ところが
エン「う~ん・・・元太さんごめんなさい・・僕、やっぱり前の味が好きです…。」
元太「そ・・・そうですか・・・。」
バン「俺も、前の味は知らないが、・・・この煎餅はちょっと斬新過ぎるな。」
元太「・・あ!気が付きました??若い人にもウチの煎餅を食べてほしくて、
色々工夫してみたんです!!」
バン「そうか・・・なぁ、ちょっと他の煎餅も食べさせてくれ。」
元太「はい!もちろんです。」
そう言うとバンは店の煎餅を一通り試食してみた。
元太「ど・・どうです・・・?」
バン「う~ん・・・・すまないが店のためと思って、気を悪くしないで聞いてくれ。」
元太「は・・はい・・・。」
バン「この店の煎餅・・・」
『決定的に足りないものがある・・・。』
元太「そ・・それは・・一体なんですか!?」
バン「いやいや!それを答えちゃったら同じ料理人として手の内を明かすようなもんだ!それは・・自分で見つけたほうがいい・・。」
元太「そうですか・・・。」
バン「そうだ!エン」
エン「なに~。」
バン「俺の煎餅、昔のこの店の味に似てるんだよな?」
エン「はい!凄く似てます!!」
元太「ほ、本当ですかそれ!?」
エン「はい、ビックリするぐらいそっくりでした!」
バン「元太くん・・俺の煎餅一枚置いていくからさ・・参考にしてみるといい。」
元太「え!?いいんですか!?ありがとうございます!!」
元太はさっそくその煎餅を食べると、「確かに」とうなずいた。
バン「じゃ、同じ“料理人”として応援してるから、頑張ってくれ!!」
元太「はい!ありがとうございます!!」
バン「よし、エン!帰るか!」
エン「あ、バンさん!僕ちょっとここに残ります。」
バン「え??」
エン「今ゴールデンウィークで学校休みだし、元太さんに付き合って昔の味を一緒に思い出してみたいんです!」
元太「ほ、ホントですか!?エンくんそれは助かります!君は父さんの味、しっかり覚えてるみたいですからね!」
エン「はい!!」
こうしてその日からエンはこの店に入りびたり、元太と共に“昔の味奪還作戦”を開始したのだった!!
元太「これ!!どうですか!?」
エン「う~~ん・・・塩加減が足りないかな・・・。」
元太「じゃぁ、・・これはどうです!?」
エン「うぇええ!!これはしょっぱすぎます!」
元太「ご、ごめんなさい!」
一日いちにちと日は過ぎていった。
エンは何度か陰陽庵にも訪れ、バンから煎餅をもらってくると、元太と2人で食べながらその味を研究した。
しかし、何度やってもその味は再現できず・・・
エン「バンさ~ん!!今日も煎餅ちょっとください!」
バン「・・エン、悪いな…。お前がたくさん持って行くもんだから、
材料切らしちゃったよ。」
エン「…あ!・・・すいません…。」
バン「悪いがしばらくあげられないよ。」
エン「分かりました。」
この通り、陰陽庵の材料が無くなってしまうほどだった・・・。
◆亀屋
元太「どうです!?これは!?」
エン「・・・違う・・・。」
元太「ダメだ・・・何度やってもあの味にならない・・・。」
エン「どうしてですかね…。もうちょっとだと思うんですけど・・・。」
元太「くそ・・・“決定的に足りないもの”って、いったい何なんだ・・・!!」
この日もその味は再現できず、とうとう元太はれたまま机につっぷしてしまった。
エン「元太さん・・・。」
エンがそう呟いた時だった・・
エン「・・・ん?」
エンがあることに気付いた。
エン「(何だこれ…邪気を感じる!!)」
突然店の一角から、不穏な邪気を感じ取ったのだ。
元太「??エンくん・・どうしたんです?」
突然眉間にしわを寄せ始めたエンを不思議に思い問いかけた。
エン「げ・・元太さん・・ちょっとあそこの戸棚・・開けてもいいですか??」
元太「え?いいですけど・・そこには何もありませんよ・・・?」
しかしエンはその戸棚の奥から、確実に邪気を感じ取っていた。
だからこそ、迷うことなくその戸棚を開けてみた。
元太「ほら・・何もないでしよ?」
確かにそこには何もなかった・・。
しかしエンはその戸棚の更に奥に小さな取っ手がついているのを見つけた。
元太「こ、これは!隠し扉ですか!?」
エンは何も言わずにその扉を開けてみた。
ギィィイイイイ・・・
するとそこには、全体にびっしりとお札が張られた“壺”が置かれていたのだった。
2人「こ、これはっ!?」
エン「(この壺・・凄い邪気を放ってる・・・。)元太さん!これ何か知ってますか!?」
エンがそういうと、元太は突然血相を変えてエンに呟いた。
元太「・・・エンくん・・・ありがとう。今日はもう帰っていいよ・・。」
エン「・・え?」
元太「・・ありがとう、俺・・・父さんの味・・・思い出したよ・・・」
エン「え!?ホントに」
元太「うん・・・だから・・今日はもう帰ってくれ。」
エン「わ、わかったよ・・・。」
邪気を放つ壺の事は気になったのだが、
元太の雰囲気のあまりの変わりように驚き、エンはこの日ひとまず帰宅することにした。
元太はその壺が何なのかを知っていた。
そして確かに、その中は黒い水で満たされていた。
父親から聞いた昔話・・・
もしそれが本当なら・・・
元太はその水に煎餅を浸すと、自らそれを食べてみた・・・。
元太「や・・やっぱり!!美味しい!!!」
次の日、元太はこの黒い水の煎餅を販売し始めたのだった・・・。
“この壺を使ってはならない”という忠告を無視したまま・・・。
◆陰陽庵
バン「おう!エンか!ごめんな、まだ材料仕入れてないよ・・。」
エン「いや、バンさん・・今日はちょっと聞きたい事があるんです…。」
バン「え?どうしたぁ?」
エン「あの・・・」
そう言うとエンは、亀屋でみたあの“壺”の事を尋ねてみた。
バン「さぁ・・・分からんな・・・?」
エン「そうですよね・・・。」
バンはその“壺”の事を知らなかった。
そしてその会話を遮るように、突然店の中から大きな声がした!
ハヤト『おい!!バン!!依頼だぞ!!』
バン「!そうか!!」
久々にナイトメアバスターズへの依頼の電話が入ったのだ!
エン「あ!僕も行きます!!」
訴えるエン。
しかし…
バン「いやエン、おまえの言った壺、邪気を放ってたんだよな?
・・なら一つ相談なんだが…お前はそっちを調べてみてくれないか??」
エン「そ・・そうか!はい!分かりました」
そういうとエンは、再び亀屋に向かって出かけて行った。
◆亀屋
ガヤガヤガヤ
その日亀屋には行列ができていた。
そう、あの水はやはりを引き付ける味であったのだ。
「おーい!!もっとくれ!!」
「私も!!私にも!!」
元太「はいは~い!!今出しますからね~~!!」
まさに大盛況であった。
エン「(うわ~~!!凄い!!元太さん本当にあの味思い出したんだ!!)」
辿り着いたエンも行列を見て驚いた。
元太は大忙しであった。
しかし嬉しかった。
亀屋がこれだけ繁盛したことはない。
これで、父を超えた。そうとすら思えた。
・・・しかし。
元太「はいいらっしゃいま・・・あれ?あなたこの行列に並ばれてもう三回目ですよね??」
「う・・うるさい・・・いいから出せ!」
『俺にそれを喰わせろ!!!!』
元太「!?」
その男はまるで正気を失ったかのように突然白目をむき始めた!
そしてそれは一人ではなかった。
行列に並んでいた全ての人間が、彼のように正気を失い白目をむいて唸り始めたのだ!!
元太「こ・・これはっ!?まさか・・・」
『壺の呪い!?』
元太は、ひと時の夢心地に忘れていた事実を思い出し後悔の念を抱いた。
しかし、時は既に遅かった。
グォォオオオオオ!!!
元太「!?」
その味に正気を失った人間たちが、束になって店の中に押し入ってきたのである!!
元太「ちょっと!!止めてくだやい!!出てってください!!」
しかし、その訴えは人々の耳には届いていなかった。
一人があの“壺”を見つけると、人間たちはそれに群がり水をすすり始めたのだ!!
元太「止めてください!!止めてください!!もう私はこんな煎餅作りません!!
帰ってください!!帰ってください!!」
尚も訴える元太であったが、突然耳元で声がした・・。
「止めさせない・・・止めさせない・・・・お前は煎餅を作り続けるのだ・・・」
『私のために!!!』
元太「うわぁっつ!!」
すると突然!壺の水が大きな黒い塊となり、元太の体に張り付いた!!
元太「うわぁぁぁぁあああああああああああああああああ!!!!!!!!」
そう、壺の邪気が、とうとう元太自身に乗り移ってしまったのだ!!
エン「元太さん!!」
一部始終を目撃していたエンは、咄嗟にを羽織ると・・・
『開眼っ!!!』
セルガイアを覚醒させた!!
エン「(やっぱりあの壺・・・呪いがかかってたんだ!!)元太さん!!今助けます!!」
元太「うぅ・・ぅうううう・・・」
元太は正気を失いかけていた。
元太『黙れ・・・黙れ・・・我は長きに渡る空腹からようやく解き放たれたのだ!!こ奴にはこれからもを作らせ続けるぅぅうぁ・・・そして、それを食して肥えた人間をぉお、我の餌とするのだぁぁぁぁああ!!!』
エン「!?そ、そんな事はさせない!!」
元太「エン・・くん・・たすけ・・て・・・」『お前は黙っておれぇぇええ!!』
「エン・・くん・・私が・・バカでした・・・これが・・呪いの壺だと・・知りながら・・・私は・・私は・・・」
エン「元太さん!!」
元太「もう・・こんなことは・・・しません・・・私は・・自分の力で・・・あの味を・・・
取り戻します・・・だから」『黙れと言っておる!!』「だから・・・」
「だずけで・・・・・」
エン「も!もちろんです!!」
エンは元太の体に張り付いた黒い水を切りつけようと飛びかかった!!
ところが!!
グォオオオオオオ!!
エン「!!」
なんと店内に群がる大勢の人間が、元太の盾となったのだ!!
エン「くそ!これじゃぁ近づけない!!」
元太『ふはははは・・・そうだ民よ・・・我を守るのだ・・・さすれば貴様らに・・・もっとタラフク・・あの味を・・・喰らわせてくれるわぁぁ・・・』
グォオオオォオオォ・・・
人々は更に元太の周りに密集した!
エン「くそ!!だめだ!!普通の人間を斬ることなんてできない!!」
元太『ははははははは・・・・』
エンは絶望した。
あの水さえ元太から切り離せば事は済む。
そう思ったのだが浅はかだった・・。
まさかその呪いに知性があるとは・・・。
しかも、手にした刀でその盾となった人間たちを斬ることなど絶対に出来はしない!
エン「(くそ!!どうすれば!?・・アニキ・・・バンさん・・・!!)」
この場にあの二人がいてくれたら・・・。
しかし、今日は恐らく別の依頼を受けている・・・。
エンの目の前に・・暗闇が広がった・・・。
その時だった!!
ジャクウンバンコクソワカっ!!
何者かの声が響いた!!
エン「ば・・」
「ばっちゃ!!」
そこに現れたのは八雲であった!
その場にいる人間たちや元太の動きを一時的に“真言”で封じたのだ!!
八雲「エン!しっかりするんじゃ!!」
エン「ばっちゃ!・・どうしてここに!?」
八雲「強い邪気を辿って来たらここだったと言うだけじゃ・・。それよりエン、この邪気・・
呪いの壺じゃな?」
エン「し、知ってるの?」
八雲「ああ、昔からの言い伝えでの。壺の封印が解けたときの事を考え、わしはずっと気にかけておったんじゃ・・。」
エン「そうだったんだ!・・・でも・・この状況!いったいどうすれば!?」
八雲「うむ・・・状況は最悪じゃ・・・この者が作ったものを食した人間は、ここにおるだけではないようじゃ・・。今、町の至る所で正気を失った人間が徘徊しだしておる。」
エン「!?」
八雲「その状況を打開するには白毫使いの力ではどうにもならん!」
エン「そんな!?どうして!?」
八雲「“白毫神器”は魔物にのみ有効…。呪いを解く力は・・ないのじゃ…。」
エン「なら・・・いったいどうすれば!?」
八雲「エンよ、あの男・・何か悩みを抱えてはおらんかったか?」
エン「悩み・・?」
八雲「そうじゃ・・あの男が壺の邪気と同調し一体化したのなら・・・そこにはそれ相応の邪念がある筈なんじゃ。」
エン「あ、ああ!あるよ!元太さん!!ずっと悩んでたんだ!!さんの煎餅の味を思い出せないって」
八雲「そうか・・・ならばその悩みを解消してやるしかないの・・」
エン「え!?でも、僕がずっと協力して、その味を思い出させようとしてたんだ!でも、全然できなかったんだ!」
八雲「なんと・・そうであったか・・・・これは本当に・・困ったの・・。」
エン「そんな・・ばっちゃ!!」
駆け付けてくれた八雲にすがるエンであったが、
八雲のばあさんにもその解決策は思いつかなかった。
「助けられない・・・」そんな言葉が頭をよぎったのだが・・・・。
エンは諦めなかった!!
エン「ばっちゃ、ありがとう。解決の仕方教えてくれて・・・僕・・やってみるよ。」
八雲「お、オヌシ・・何か考えが浮かんだのか??」
エン「うん・・できるかどうかは分からない、でもやらずに諦めたくないんだ!!」
八雲「エン・・」
エン「ばっちゃ!ちょっとここで待ってて!!僕・・」
『バンの煎餅取ってくる!!』
八雲「エン!!それは・・一体どういう・・!?」
八雲が言い終わらぬうちに、エンはその場から走り出していた!
エンには考えがあった!
もう一度元太に、正気を失った元太にあの味を届ければ・・・今度こそその味を思い出してくれるはず!!
これは、イチかバチかの賭けであった。
町の中を走る抜けると、八雲の助言通り、そこには正気を失い徘徊する人間がいた!
しかもエンの存在に気が付くと、追いかけ攻撃を仕掛けて来るではないか!!
エン「くそっ!!」
どうやらその人間たちの意志は、壺の呪いと同調しているようだ。
しかし、刀を振るう事の出来ないエンは、ただひたすらそれを避け続け・・・
とうとう陰陽庵へとたどり着いた。
◆陰陽庵
エン「はぁ・・はぁ・・・着いた・・・。」
エンは入り口を開けようとした・・
ところが・・
扉には鍵がかかっていた!!
エン「(しまった!二人とも別の依頼で出かけてるんだった!!
せっかくここまでたどり着いたのに!・・・何とかして入れないか!?)」
するとエンは思い出した!
エン「そうだ!せんべいの小窓!!」
そう、最後の望みを託し、煎餅販売用の子窓を開けてみた!
すると・・
エン「やった!!開いてる!!」
不用心だが幸いにもそこが開いていた!
そんな小さな入り口から入って来るものなどいないと考えていたのか・・・
閉め忘れただけなのか・・・
それは分からなかったが、エンの小さな体はそこからの侵入を可能にした!!
エン「(よし!!…ほんのかけらでもいいんだ、煎餅…残ってないか…?)」
すると、煎餅の焼き器の下に、お札の張られた段ボールを見つけた。
おもむろにその蓋を開けてみるとそこには・・・
エン「あった!!」
大量の煎餅が、袋詰めになって入っていた!!
エン「なんだよバンさん!材料ないって言ってたけど、まだこんなにあったのか!!
よかったーーー!!!」
そういうとエンはを返し
再び現場へと急行する!!
やはりその道中、呪いの餌食となった人間たちに攻撃を受け続けた・・・
エンの体は次第に傷ついていく・・・
しかし、エンはそれを何度も何度も掻い潜り、亀屋へ向かって走ったのである!!
辺りはすっかり夜の闇に包まれていた・・・
◆再び陰陽庵
その頃、陰陽庵では仕事を終えた2人が帰宅していた。
ハヤト「あぁー疲れたーー!!バン、悪いがオレ先に寝るわ。」
バン 「了解。俺は明日の仕込みしたら寝るよ・・・。」
そう言うとバンはふと焼き器の下に目をやった。
・・すると!
バン「こっ!これは!?」
ハヤト「どうしたバン!?」
バン 「白毫煎餅が・・・無くなってる・・・。」
ハヤト「は!?ど、泥棒か!?」
バン 「いや・・・そうか・・・きっとエンだ!!」
ハヤト「何っ!?」
バン 「あいつ、最近俺の煎餅欲しがってたからな・・・」
ハヤト「どうして!?」
バン 「ある人に食べさせてたんだよ・・・。」
ハヤト「なんだって!?おい、バン!!ここにあった煎餅・・呪いはかけてたのか?」
バン 「ああ・・かけ終わってた・・・」
ハヤト「なら!もしそれをそいつに食べさせたら・・・」
バン 「ああ・・すべての記憶が・・消える!!」
ハヤト「!!」
そう、にはもう一つの使い道がある。
人の記憶を消すという使い道が・・・。
呪いをかけ終わったを相手に食べさせれば、任意の記憶を消すことが出来る。
しかし、それは渡す人間の“どこまで忘れさせるか”という意志があってこそなのだ・・・。
何も知らないエンが元太にそれを食べさせてしまっては、何をどこまで忘れてしまうか分からない!!
ハヤト「またかよ・・・エン・・・あのヤロォ…。」
ハヤトは額に手をやり苦悶の表情を浮かべた。
その時だった!!
ウィーンウィーンウィーン・・
バンの携帯が鳴った。
バン 「ハヤト!凄まじい邪気の反応だ!!」
ハヤト「くっそ!こんな時に!!」
バン 「待ってくれ!ここは・・亀屋だ!!もしかしたら…エンがいるかもしれない!!」
ハヤト「は!?どういうことだよ!?何が起こってる!?」
バン 「あいつ・・・魔物と戦ってるのかも・・」
ハヤト「あ゛ーーもう何でもいい!!とにかく行くぞ!!」
バン 「あ・・ああ!!」
ハヤトとバンも亀屋に向かって車を走らせた!
ハヤト 「くそ!何であいつは何時もいつもやらかしてくれるんだ!?」
バン 「いや、アイツは煎餅の事を知らなかったんだ!仕方ない!」
ハヤト 「だからって、いつもじゃねーか!
だから俺はあいつを迎え入れたくないんだよ!!」
バン 「ハヤト・・・気持ちは分かるが、今回は俺の責任だ。
鍵を閉め忘れたのも俺だしな・・・。」
ハヤト 「いーや違う!!あいつはもうそういう体質なんだよ!!」
バン 「そこまで言うか・・・」
ハヤト 「と・・とにかく、早くいかないと余計な人間の記憶が消えてしまう!・・それに、何かと戦ってるなら尚更だ!!俺たちで・・倒す!!」
バン 「おおっ!!」
バンがんだその時だった!!
バン 「こっ、これは!?」
ハヤト「どうしたバン!?」
バン 「ちょっとこれ・・見てくれ・・。」
バンはカーナビを指さした。
ハヤト「こ、これは・・・邪気が・・・消えた!?」
バン 「どうなってる・・・?」
疑問に思う二人の車はとうとう亀屋に辿り着いた・・・。
すると、そこにはエンとばっちゃ・・そして
涙を流しながら煎餅をる元太がいたのである・・・。
◆亀屋
エン 「あ、アニキ達・・・」
ハヤト「エン!!お前また・・!」
バン 「ハヤト、ちょっと待ってくれ。」
バンはハヤトを遮った。
バン 「エン・・いったい何があった・・。」
エン 「う、うん・・・僕、呪いのかかった壺に憑りつかれた元太さんをもとに戻そうと思って、バンさんの煎餅を食べさせたんです・・・味を・・思い出してくれると思って・・。
悩みが消えたら呪いも解けるってばっちゃから聞いたんです!」
バン 「そうだったか・・・。」
エン 「そしたら・・・元太さん・・・急に僕の事忘れちゃって・・・お父さんが死んだってことも忘れちゃって・・・。いったいどうなって・・」
ハヤト「遅かった・・。いいか、お前が食べさせたのは記憶を消す煎餅なんだよ!!」
エン 「えっ!?」
バン 「あぁ・・俺たちはそれを使って、世間から隠れながら戦っていたんだ。」
エン 「そんな・・・そうだったんですね・・・。」
八雲 「ほう!そういう事じゃったか、バカと何とかは使いよう!おかげでこの件は解決じゃ!」
ハヤト「!?」
八雲 「どうやらこの男、記憶が消えたおかげで、悩みも消えたようじゃぞ。」
ハヤト「なんだって!?」
すると、涙を流しながら煎餅にかじりつく元太が話し始めた。
元太 「あの・・・ありがとうございます・・・あなたたちが誰かは知りませんが・・・
私・・・ずっと忘れてた大切な事・・思い出したんです・・・・。」
バン 「大切な・・こと・・?」
元太は涙でぐしゃぐしゃになった顔をこすりながら話をつづけた。
元太 「私は・・いつも父さんと煎餅の味を言い争っていました・・父は『昔ながらの味をみんな美味しいと言ってくれるんだ』と言い・・私はそれに対して、『時代にあった味にしないとダメなんだ』って・・・喧嘩してました・・。」
バン 「・・・・・」
元太 「でもそれは、父の味に近づくことの出来ない自分への言い訳でした・・・。そうと分かっていながらも・・・私はその味の秘密を教えてくれない父と争う事で、直接憂さを晴らしていたんです・・・。」
バン 「父さん・・職人だったんだな・・。味は盗めってことか・・・。」
元太 「だけど・・・今日・・・父が子どもの頃に教えてくれた“美味しさの魔法”・・・・やっと思い出したんです!!そう・・この味・・・この味です!!本当に美味しい・・・。」
バン 「“美味しさの魔法”・・・それっていったい・・・。」
元太 「そう、それは・・・」
・・
・・・・
・・・・・
「だから父ちゃんの作る煎餅は世界一美味しいんだな!!」
「ははは!ありがとな!でも・・俺はその壺の水なんか使ってないぞ・・!だってこの話は、その壺を見つけても使っちゃいけないって教えなんだから。」
「・・え?・・じゃぁ・・どうして・・・・?」
「はっはっは。いいか・・父ちゃんはな・・・美味しさの魔法を知ってるんだ。」
「おいしさの・・まほう・・・?それって・・・いったい・・・」
「ははっ!いいか・・・それはな・・・・・・・・」
『美味しいって言ってくれる人の顔を思い浮かべて作ることさ・・・』
・・・・・
・・・・
・・
バン「元太くん・・・」
元太「私の父は、子供の頃に家出したそうです・・・
それは、母親の作る料理が不味かったからだそうなんです・・・。」
・・
・・・・
・・・・・
厳蔵「・・・それから俺は何日か河原の雑草を食べながら飢えをしのいだ・・・そのマズイのなんのったら、もう酷かったぞ!!そんな時とうとう母ちゃんが俺を見つけて連れ帰ったんだ・・・。そして母ちゃんは腹を空かせた俺に食事を出してくれた。そして『お前の喜ぶ顔を見たいから一生懸命作ったの。こんな味でごめんね。』って言った・・・。でもその時俺は、いつもと変わらないはずの母ちゃんのその手料理が世界一美味しいと思ったんだ・・・。」
元太「父ちゃん・・・」
厳蔵「その時俺は決めたんだ!俺は誰かに美味しいって言ってもらうために煎餅を作るって!!」
・・・・・
・・・・
・・
元太 「だから父さんの煎餅は美味しかったんです!!・・私は、食べてくれる人の事なんて、ちっとも考えていませんでした!私はいつも、私が美味しいと思う味を押し付けようとしていた!若い人たちに“食べさせよう!”なんて、ただの押し付けだったんです!だから私は父さんの味に近づくことができなかったんです!!」
エン「元太さん・・・」
元太「ほんとうに・・ほんとうにありがとうございました!!
こんなおいしいお煎餅が食べられたから、私は思い出せたんです!!」
八雲「そうじゃな・・・この煎餅は、お前に美味しさを届けたいと懸命に走ったエンの心がこもっておる・・じゃから美味しいのじゃろ・・・。」
ハヤト「そんな・・・その味が・・煎餅の呪いを食い止めたって言うのか!?」
エン 「えへへ・・・」
元太「本当に・・本当にみなさんありがとうございました!!今日から私は、食べていただける皆さんの美味しい顔を思い浮かべながら、お煎餅を作ってみます!!」
八雲「うむ・・それがよかろう・・・この壺はわしの手でしっかりと封印しておくでの・・」
ハヤト「・・・・・。」
そして、この日を境に“亀屋”はかつての味を取り戻したのだった・・・。
◆数日後 陰陽庵
バン「よかったな~亀屋の味が元に戻って!」
エン「はい!…でも一時はどうなるかと思いました…。」
バン「そうだろうな…。でもまあ、結局お前の“やらかし”が成功に繋がっちまうとは…。お前は面白いやつだ。」
エン「あはは…。いや~でも、やっぱりバンさんの煎餅も亀屋に負けずおとらず本当に美味しいです!!」
バン「そうか!ありがとな!!」
エン「やっぱりバンさんも『美味しい顔を想像しながら作ってる』から美味しいんですね!」
バン「あ・・いや・・・俺はちがうぞ・・。」
エン「・・え?」
バン「俺はただ、自分が美味しいと思った味にしてるだけだ。」
エン「ええっつ!!!じ、じゃぁ、元太さんの煎餅に
決定的に足りなかったものっていったい何なんです!?」
バン「ああ、そのことか・・・いや俺はな、隠し味に・・・タレに“ハチミツ”を入れてるんだよ。」
エン「え゛ーーーーーーーー!!!!」
『そんなことかーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!』
―――この何気ないやり取りを、遠くの方で、“首に傷の男”がほくそ笑みつつ見つめていた…。
つづく!