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新世紀陰陽伝セルガイア

第十五話~真夜中の廃工場~

前回のおさらい


 キリヤ達に無理やり肝試しに連れてこられたエンとスズネ。深夜、心霊スポットの廃工場を散策していた。そして徐々にエンはこの場所の曰く因縁に気が付き始めていた……。


第十五話~真夜中の廃工場~


 辺りは不穏な空気に包まれていた……。そんな夜の廃工場でクラスメートと肝試しを続けながら奥へと進む内に、エンはその場所の壁面に描かれた落書きを目にし、ふとあることに気が付いた。そして、そこから察した不穏な状況を神妙な面持ちで一同に説明し始めた……。


「みんな……。やっぱりここ、相当ヤバイかもしれない……」

「おい……どういう事だよ」

「ここのラクガキ……ちょっと見てみてよ」

「?」


 エンに言われた通り、辺りのラクガキに目をやる一同……。


「気が付かない? 全部同じことが書いてあるでしょ?」


 その通りだった。辺り一面無数に描かれたラクガキは、全て『OEI』という三文字のアルファベットが刻まれていた……。そして、それがどうしたのかといった具合にキリヤがその字を読み上げた。


「オーイーアイ……。オエイ?」

「そう! オエイ! それで僕思い出したんだ! この本に書かれてる同じ文字を!」

「!?」


 エンが自らの鞄から取り出したその本は、愛読書のオカルト雑誌『月刊オカルティカ』であった。エンはかつてその本の記事の中で、全く同じ記号を見た記憶があったのだ。


「あのね、この本によるとこの工場、当時相当儲かってたらしいんだ。けど工場内で自殺者が出てから急に経営難になっちゃったんだって……」

 唾をのみながらスズネが答えた。

「そ……そうなのですか?」

「で、工場がつぶれた今、その自殺者の霊が人間を取り殺すっていう最恐の心霊スポットになっちゃったんだって!」

 それにベイタが問いかける。

「で、でもその話と壁のローマ字……一体何の関係が?」

「うん……その自殺した人の名前がね…『尾栄さん』て言うんだよ……」

「!!!!」


 エンの言葉に驚愕する一同。……すると突然!エンが手にしていた懐中電灯が、プッツリとその灯を消してしまったではないか!


「え!? ちょっと何これ!!!?」


 エンは手にした懐中電灯をブルブルと振るってみた! だが振っても明かりは灯らない!
 その時だった!


ギュィィイイイイイイン!
ガコン!!
ガコン!ガコン!


 何と突然、壊れていたはずの巨大な機械たちがケタタマしい音を上げ、一斉に動き出したではないか!

「うわぁぁぁぁあああああっつ!!」


 あまりに突然の事態に一同は驚き、無我夢中でその場から逃げ出した!


◆暫く経ち・工場内のどこかで


はぁ……はぁ……


 一同が辿り着いた場所は、先ほどいた場所よりもかなり狭い部屋だった。突然動き出した機械達の音が遠退き安堵する一同はそこで腰を下ろした。そして、スズネがおもむろに口を開いた。


「はぁ……はぁ……。先程の出来事は、いったい何なのです……何ゆえ機械が!?」

「はぁ……はぁ……アニキ。やっぱりここ、マズいんじゃないですか?」

「う……うるせぇ……」


 息を切らしながら一同は、再び手にしている懐中電灯のスイッチを入れてみた……。
 するとそれはようやく再び辺りを照らし出した。そして、その明かりで辺りを照らすと一同は突然息を飲む!


「こ、ここは……!」


 そこは、一同が目指していたあの『トイレ』だった。一同はまるで誘い込まれるかのようにこの場所へ辿り着いていたのである。


「キリヤ……来ちまったな……」
「あぁ……」


 動揺しながらも落ち着きを取り戻そうと必死になる一同……そこに再び悪夢が襲い掛かる!


ジャァァァアアアアア!


「うわぁぁあっつ!」


 突然一番奥の流しの蛇口から、水があふれ出したではないか!
 キリヤは焦りながらベイタに指示を出す。


「ぉ、おいお前! 止めてこい!」

「えっ!? なんで俺が!?」

「いいから行って来い!」

「はぃぃっつ!」


 嫌でもキリヤに逆らえない、パシリのベイタ。彼は重い足で前進し、一番奥の手洗いの前にやって来た。


(もぅ……なんで俺が……)


 そしてボヤキながら蛇口に手を伸ばした……。ところが低身長の彼ではその蛇口まで手が届かなかった。


「おい! 早くしろ!」

「や、やってますよ~」


 涙目になるベイタをよそに、尚も蛇口から勢いよくあふれ出す水。気のせいかその音はだんだんと大きくなっているように感じた。

(この蛇口……うるさいな……)

 ベイタがそう思いながら水を止めようと洗面台をよじ登っている最中、その音は徐々に徐々にと大きくなっていった。……気のせいなどではなかった。その音はその場にいる全員の“脳”ちょくせつ響いているかのような轟音となった!


「おい! 何だこれ!? は…早くしろベイタ!」

「は……ぃぃいいいい!!!!」


 そう言うとベイタは洗面台の上によじ登り片方の耳を塞ぎながら、もう片方の手で遂にその蛇口をひねることに成功したのだった!


「やった!」


 見事、轟音で流れ出る水を食い止めた……。そう思って安堵したベイタは、何気なく目の前の鏡に目をやった。……すると突然!

「ぎゃぁぁぁぁぁあああああっつ!!!!」

「ベイタっ!!!?」


 何とベイタの体が瞬く間の内に、鏡の中へと吸い込まれてしまったのだ!


「キリヤ! 今何時!?」

 その光景を目にしたエンが、思わずキリヤに詰問する! エンの荒げた声に促され腕時計に目をやるキリヤ……。すると!


「深夜……2時だ! うわぁぁぁぁぁああ!」


 奇しくもそれは正に、鏡に吸い込まれるという噂通りの深夜2時丁度を指し示していた! そして何と! キリヤは一人その場を逃げ出そうと、トイレの出口に向かって駆け出した! 薄情な男だ!
 ……ところがだった。出口の扉は固く閉ざされビクとも動かない!
 その光景を見た一同は慌てふためいた!


「くそっ! ドアが開かねえ! 逃げられねぇ!」
「ヤバい……ヤバいよぉ!」
「くそっつ! ちくしょう」

 
 こうして慌てる一同の中で、一人勇気を振り絞る者がいた。


「キリヤ君……一人で逃げようとするなんて最低です!」


 それは何とスズネであった。彼女は恐れおののき動けなくなったキリヤを一喝すると、あろうことか突然あの鏡に向かって走り出した!


「あ、ちょっと夜野さん!?」

「ベイタ君! 今助けますゆえ!」

「夜野さーーーーん!!!!」


 しかし、エンの言葉はスズネには届かなかった。スズネは己の正義感に突き動かされるまま、あの鏡に向かって走って行った! そして何と、ベイタと同じ様に鏡の中へと吸い込まれてしまったではないか!


「そ、そんな!」


 動揺するエン。そしてスズネが吸い込まれた事をきっかけに、鏡はそこに残る一同を強い力で吸い込み始めたのだ!


「うわぁーっっつ!」


 その場に凄まじい風が吹き、鏡が一同の体を引き寄ていく! 歯を食いしばりながら、トイレ内の縁などに必死にしがみつくキリヤとエイト……。ところが不思議な事に、エンだけは全く鏡に引き寄せられることはなかった。理由は分からなかったが唯一自由に動けるエンは、キリヤ達の体を必死に引っ張り、鏡の中へと吸い込まれるのを阻止すべく全身に力を込めていた!
 ……だが、その力も限界に近づいてきたその時!


「おいエン! 何が『僕が守る』だ! う、うわぁぁぁあああああ!!」


 とうとう、キリヤもエイトも鏡の中へと吸い込まれてしまったではないか!


「くそっつ! みんな! 今助けるからね!」


 そう言うとエンは、リュックの中から陣羽織を取り出し、それを素早く身にまとい叫んだ!


「開眼っつ!!」

 こうしてエンはセルガイアを覚醒させると、四人が吸い込まれた鏡の前へと走った!


 (よし……!)


 そして大きく息を吸い込むと、鏡に向かって一気に飛び込んだ! ……しかし!


ゴチーーーーン!


「痛っ! え!? 何で!?」


 何故かエンは鏡の中へは入れず、凄まじい勢いで頭をぶつけてしまったのだ!


(成る程……魔物を倒せる僕だけは中へ入れないつもりなんだな……)


 頭をさすりながらそう悟り、エンは再びその鏡に目をやった。するとそこには、反転した世界から抜け出せなくなった四人がドンドンと鏡を叩き助けを求めているではないか!


(くそっ! どうすれば!?)


 セルガイアを開眼させるも対処法が分からないエン。彼も四人と同じように鏡の外からそれをドンドンと叩くしかなかった……! するとその時!!


ギャォォッツ!


「うわぁっつ!」


 ついに鏡の中に、『尾栄』と思わしき物体が現れた! しかしそれは既に悪霊ではなく、長い年月を経て魔物へと変貌を遂げていた! そして魔物は鏡の中から青白い片腕をつき出し、エンの首を掴んで凄まじい力で握りしめ始めたのだ!

「や……やめろっつ……」

 エンは徐々に遠くなる意識の中で渾身の力を籠め、手にした刀で魔物の腕を斬り付けた!


グギャオォッツ!


(やった!)


 何とか魔物の束縛から逃れたエンだったが、やはり皆を救うための手立てが思い付かない……!


(くそっ……! このままじゃみんなを助けられない……。やっぱり僕一人の力じゃ……無理なのか!?)


 一瞬心に影を落とすエン……。そこへ再び鏡の中から現れた!

ギャァァアオッツ!

「うわぁっ!!」


 そして魔物はエンの体を鋭いカギ爪で斬りつけた!


「くそっつ!」


 瞬時にエンも手にした刀で斬りかかり応戦する!


「てやぁっつ!」

 ところが魔物はエンの攻撃をかわすと、再び鏡の中へと消えて行ってしまったではないか!


(くそっ! これじゃぁまともに攻撃できない!)


 エンは再び落胆する……。しかしそうしている間にも、鏡の中の魔物は四人を取り殺そうとにじり寄っている!


「くっそぉおおおおお!」


 エンはやり場のない気持ちをぶつける様に手にした神器を振るうと、あろうことか意図せず、四人の映る鏡を叩き割ってしまったではないか!


ギャァァアオ!

(しまった!)

 「またへまをしてしまった!」そう思い更に焦るエン! ところがどうした事だろう……魔物はその身を隣の鏡へと移動させたではないか!


「そ、そうか! 鏡を壊せばアイツは僕への攻撃手段を失うんだ……! 四人の傍から魔物を遠ざけながら、この工場内の鏡を壊して行けばきっといつか!」


 魔物の動きから名案を思い付いたエンであったが、その思惑は自問によりすぐさま覆った。


「いやダメだ……そうなるとみんなを鏡の世界から助け出せない! ……くそ本当に一体どうすればいいんだ!!!?」


 そんなエンの脳裏に、こうして苦悩する自分を嘲笑うハヤトの顔が……。あの世で応援してくれているであろうマイトの顔が……。そして助けを求めるスズネ達の顔が浮かび上がり、やり場のない感情を吐き出すかのように大声で叫んだ。


「くそぉぉおおおっっっつ!!!!」


 そして渾身の力を込めて目に入った鏡を叩き割ろうとしたその時だった!


ギャァァアオ!

「えっ!?」


 何と魔物はその気迫に恐れおののいたのか、トイレ内にある鏡の中から姿を消したのだ! ……だが、魔物の放つ邪気は消えてはいなかった。エンはその邪気を追うべく、トイレを背にして駆け出すのだった……!


◆工場内 ロッカールーム


 魔物の邪気を追って辿り着いたのは、当時従業員が使用していたであろうロッカールームであった。
 その部屋は広く、かなりの数のロッカーが据え付けられている……。


(……一体どこにいるんだ?)


 室内を探索するエン……。魔物は姿を現さないが、この部屋からは確実に強い邪気が放たれている……。しかもこの部屋、辺りの壁面が全て鏡張りになっている。魔物にとっては格好の餌場といったところだろう。
 しかし、エンはあえてこの場所で魔物と交戦しようと身構えた。


「(ここでなら思う存分戦える……)さぁ、出て来いっ!」

 エンが叫んだその時だった!

ギャァァアオ!!


「!!!!」


 遂に魔物はその全身を鏡の中から出現させた!


 グルルルル……


 エンの眼前で威嚇するそれは、まるで“ユウレイグモ”のような足の長い体付きで、全長2m程巨体だ。頭上高くから四本の巨大な手腕を地面に向かって突き立て、それらが生えている中心部にはまるで首を吊った死体のような物体が垂れ下がっていた……。


「現れたな……みんなを返せ!」


グルルルル……ギャァァアオ!


「うわぁっつ!」


 しかし啖呵を切るエンに一撃くらわせると、あろうことか魔物は再び鏡の中へ戻ってしまった!


「くそっつ!」


 とうとう負傷するエン。しかし、「いつか必ずこちらの攻撃を喰らわせる!」という意気込みで、どこからか再び現れるであろう魔物の気配を追いながら、ロッカルーム内をジリジリと歩き始めた……。


ヒタ……ヒタ……
グルルルルル……

 目を凝らし、魔物の位置を特定しようと体勢を低くしながら索敵するエン……。


(どこだ……どこにいる……)


 彼は気配を殺しながら魔物の気配を追った……。


グルルルルル……


 確実に奴の気配が迫っている……。


(くそ……どこなんだ……?)


 立ち並ぶロッカーの合間を潜り抜け……エンは魔物の姿を追う……。するとその時だった!


グルルルルル……ギャァァアオ!

「うわぁっつ!」


 何と魔物はひとつのロッカー内側から扉を開け、中に備えられた鏡を利用してエンに攻撃を仕掛けてきた!


「痛っつ!」


 エンは再び攻撃を喰らってしまった! そしてエンが神器を振るう隙もなく、魔物は瞬く間に再び鏡の中へと消えてしまった!

「……はぁ……はぁ……」


 かなりの痛手を負ってしまったエン……。纏った陣羽織の効力で傷の治りは早いのだが、それでも魔物の一撃はかなりのダメージとなっていた。


(くそ……どうすればいいんだ……)


 こうしてエンは絶体絶命のピンチを迎えていた……。それでも、折れかけた心からありったけの勇気と気力を振り絞り、魔物を捉えようと再び歩みを進めた。


「絶対に……倒す……。絶対に……助ける……!!」


 途切れ途切れの呼吸の合間に己を鼓舞するセリフを織り交ぜまながら、エンは再び魔物の気配を追って室内を散策した。そして彼は、部屋の一番端のロッカーが立ち並ぶ一角へとやって来たのだった。


「はぁ……はぁ……」


 ポタポタト流れ落ちる自らの血の音と、魔物の呼吸音だけが辺りに響いている……。エンは朦朧とする足取りで、立ち並ぶロッカーの群れを通り過ぎて行くのだった……。


つづく!

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