前回のおさらい
深夜、廃工場での肝試し中にトイレの鏡へと吸い込まれてしまった一同。そしてついにそれを引き起こした元凶である魔物が姿を現した。しかし唯一現実の世界に残されたエンによる交戦もむなしく、魔物はエンの体を傷つけると瞬く間に鏡の中に姿を消してしまう……。息も絶え絶え魔物の気配を追うエンがたどり着いたのは、辺り一面鏡張りの大きなロッカールームであった。
エンは魔物の気配を追いかけながら、とうとう沢山のロッカーが立ち並ぶ部屋の一番端の区画へとやって来た。
「はぁ……はぁ……」
不穏な空気が漂い、静寂に包まれ中、ポタポタト落ちる自らの血の音と魔物の呼吸音だけが辺りに響いている……。エンは朦朧とする足取りで、立ち並ぶロッカーの群れを通り過ぎていく……。
この区画に来るまでは、エンの体の両隣にロッカーが立ち並んでいた。だが今エンがいるのは部屋の一番端の区画である。体の片側にロッカーが立ち並び、反対側は巨大な鏡張りの壁面。その間を息を殺しながら、魔物の気配を辿って歩み行くエン……。もはや彼には死角などなかった……。だがそれは魔物にも言える事。恐らく魔物が次に現れるのは、ロッカーと対面して立ち並ぶ壁面の鏡の中のいずれかからだろう……。エンは対魔の神器『不動刀』を構えながらいつでも魔物に攻撃をできる体勢を取りつつ、徐々に徐々に進んで行った……。
その時だった。ふとエンは、壁面の鏡の中にある“文字”を発見する。
(OEI……まただ……)
そこにはまたしてもローマ字でOEIと書かれていた。幾度となくその文字を目の当たりにしてきたエンは、何気なくその場を離れようとした……。しかし、ここでふとある事に気が付いた。
(ん!? 待てよ!? 今って鏡の中の文字だよね!?)
そう言うとエンは、咄嗟にその文字が映る鏡とは反対の方向に顔を向けた! すると!!
「そうか! そういう事なんだ!」
そう叫んだエンの目に飛び込んできたのはOEIの文字ではなかった!
「死んだのは尾栄さんなんて人じゃない!」
そしてそう言うとエンは勢いよくその文字が書かれたロッカーの戸を開けた! すると! ロッカー内には大量の御札が貼られていた! そして更に、そのロッカー内で自殺するために首を吊ったであろうロープのビジョンが、エンの霊感を通じて青白い幻影としてその目に飛び込んできたのだ!
「思った通りだ! 死んだのは尾栄さんじゃない! ……この“130”のロッカーを使っていた人なんだ! そして、その人は“ここ”で亡くなったんだ!」
エンの考察は当たっていた。巷にこの心霊スポット噂が広まるにつれ、どこかで事実が捻じ曲げられてしまっていたのだ。恐らく何者かが肝試しをしてここから逃げ出す際、鏡越しに反転したロッカーナンバー130を、OEIと読んでしまったのだろう……。
その事実に気が付いたエンは、更にある事に気がついた。ふと落とした目線の先、ロッカー内の再下段にスリッパが残されていたのだ。恐らくここで亡くなった人物が使っていた物だろう。決して新しい物ではないことが伺い知れるようなシミが所々に付着していた。
ここでエンはひとつの案を思い付く!
(これって、チャンスかもしれない……。あの魔物は僕の体を鏡の世界に受け入れなかった……でも、あの魔物の一部と一緒ならもしかしたら……!)
そう、恐らくこのスリッパには僅かながらでも魔物の生前のDNAが残っているに違いない! そう思ったエンは一か八かの賭けに出た! 眼下のスリッパをその手に取ると、そのままロッカーの扉の裏に付いていた鏡に向かって思い切りダイブした!
……すると! エンの目の前に、今までいた工場とは全ての向きが反転している世界が広がった! 見事! エンは鏡の世界へと侵入できたのである!
「やったーーーっつ!!」
あまりの嬉しさに思わず叫ぶと、エンは直ぐさま先程四人が捕えられていた場所へと全速力駆け出すのだった!
◆鏡の中のトイレ
魔物の能力により鏡の世界に吸い込まれ、恐怖に震えながらトイレの中でうずくまる四人……。元の世界へ戻りたいがなす術がない……。そんな中、ベイタがおもむろに口を開いた。
「あ、あの……俺たち、一生ここからでられないんでしょうか……?」
エイトがそれに対して言葉を返す。
「やめろ! 怖がらせんな!」
そんなやり取りの中、キリヤはただ震えながら膝を抱え、冷や汗をかきながら俯いていた。
そんな中、スズネだけが一人必死に出口を捜そうと歩き回っていた。しかし彼女の必死の努力も虚しくやはりトイレの出口は塞がれたまま、外へと通じるであろう窓もビクとも動かなかった……。
(そんな……)
そしていよいよ絶望を感じたスズネの脳裏に、ある人物の顔がが浮かび、思わずこう呟いた。
(八神くん……助けてください!!)
するとスズネが祈ったその瞬間!
バーーーン!
突然トイレの入り口を蹴破って何者かが現れた!
「やっ……! 八神……くん?」
しかしスズネの想像とは裏腹にそこに現れたのは、一振りのカタナを握りしめたりりしい顔付きの“赤き少年”であった。
「あ! アナタはっ!!」
「みんな! 早くここから逃て!」
エンはそう言い放つと素早く四人に状況を説明した。そしてその後何を思ったのかトイレ内の洗面所の鏡を矢継ぎ早に全て叩き割る! そして皆を誘導し、先ほどのロッカールームに向かい全速力で駆け出すのだった!
はぁ……はぁ……!
息を切らしながら走る一同! そしてその後を、あの魔物現れ全速力で追いかけてきた!
「うわぁぁぁぁああっつ!!!!」
皆魔物から逃れるため、全力で走った。そしてそんな中、エイトがエンに対して問いかけた。
「なあ! お前は、いったい誰なんだよ!?」
「え!? 僕だよ!」
エンの返答に首をかしげる一同。
(そっか! この服着てたら僕は別人なんだった!)
そう、セルガイアを覚醒させるために羽織る陣羽織は、着ている現場を目撃されない限り他人には別人として認識されるという術が施してあるのだ。その事実を思い出したエンは咄嗟に気持ちを切り替えると、再び一同を出口の鏡があるロッカールームに急かした!
「と、とにかく説明は後! 今はとにかく早くここから逃げるんだ!」
エンが皆に向かって叫んだその直後、いよいよ一同に追いつかんとする魔物が長い鉤爪の付いた腕を振り下ろしてきた!
「うわぁっつ!」
エンの言葉通り、今は一刻も早魔物の手から逃れることが先決である! 魔物は一同の背後、すぐそこまで迫っているのだ!
その最中、キリヤがエンに問いかけた。
「に……逃げるったって、いったいどこに!?」
「決まってるでしょ! 元の世界にだよ!」
そのエンの言葉に対して今度はスズネが問いかける。
「ですが……どうやって!?」
「あの魔物になった人間が生前使用していたロッカーにある鏡が、今は唯一の出入り口なんだ!」
なんとエンは魔物が再び外界に出現する事態を避けるため、鏡の世界に入った後トイレに向かう道中で、130のロッカー以外の鏡を“全て”叩き壊して来たのだった! その行動に感心したスズネが言葉を返す。
「そういう事でしたか! あのトイレの鏡からすぐに抜け出さなかったのは、あの化け物の退路を絶つためだったのですね!」
「そういう事!」
魔物から逃れる方法を知った一同は、更に加速し出口の鏡へと向かって行った!
ギャァァアオオオオオオ!
鋭い鉤爪を振り上げながら、今にも襲いかからんと魔物が徐々に迫ってくる!
はっ……はっ……
それから逃れる為、一同は必死に走った!
ギャァァアオオオオオオ!
そして遂に! あのロッカーが一同の視界に飛び込んできた!! そしてエンが合図する!
「よし! みんな飛び込んで!」
その言葉を皮切りに、一同がロッカー内の鏡に向かってダイブした!
見事現実世界に戻った一同! ……ところがだった。安心したのもつかの間、突如鏡の中から何者かの叫び声が轟いた! 思わず再び鏡の世界に視線をやる一同……。すると!
「キリヤ!!!?」
なんとキリヤが未だ脱出できず、鏡の世界で一人つまづき転倒しているではないか!
ギャァァアオオオオオオ!!
そんなキリヤに魔物が迫る!
「キリヤ急げー--っつ!!」
彼は皆のその声に背中を押され、くじいた足の痛みをこらえ再び鏡に向かって走った!
「うわぁぁぁぁああああっつ!!」
しかし魔物はキリヤのすぐ後ろまで迫っている! そしてついにその腕を持ち上げキリヤに攻撃を仕掛けてきた!
キリヤは力を振り絞り、皆の待つ鏡の外へと飛び込んだ! ……ところがだった。
「わっ!」
突如キリヤの背中に痛みが走り、思わず叫び声を漏らすキリヤ。ほんの僅かではあるが、魔物によって背中に打撃を受けてしまったのだ……。
しかし! 見事こうして全員が現実世界へと舞い戻る事に成功した!
「やりました!」
喜びの表情を浮かべるスズネ!
そしてエンは、その後すかさず退路に使ったロッカー鏡を全力で叩き斬る!
パリーン!!
グギャァァアオオオオオオォォォ………!
悔しそうな魔物叫び声が工場内に木霊し……暫し後、辺りは再び静寂に包まれた。
こうしてエンは見事、鏡の世界に魔物を封印することに成功したのだった……!!
◆現実世界・工場にて
はぁ……はぁ……
助かり、安堵のタメ息を漏らす一同であったが、その後悲鳴を上げながらあっという間にキリヤと取り巻き達二人は逃げ出し、夜の闇へと消えていった……。
「何です……情けない……!」
キリヤ達を見たスズネは思わずそう呟いた。そしてそんなスズネの身を案じ、エンが声をかけた。
「夜野さん……大丈夫? 怪我してない……?」
「ええ……問題ございません。ところでアナタ……またワタクシの事を助けてくださいましたね……本当にありがたき幸せに存じます!」
スズネはこの時、先日魔物によってトンネルに閉じ込められた事件を思い出していた。そして今目の前にいる少年は再び自分を救ってくれた……。スズネはこころからの感謝を述べた。
「い、いやいや、いいんだよ!」
そんなスズネの嬉しそうな表情にエンは照れながら返答した。
ふと、ここでスズネは改めて少年の正体が気になった……。
「あの……ところでアナタは、一体誰なのです?」
スズネがエンに問いかけようとしたその時だった。
「お嬢様っ!」
背後から呼びかける何者かの声に驚きスズネは振り向いた。そこには彼女の召使いであるキョウスケが立っていた。
「キョウスケさん! ……“朝までに戻らなければ来てください”と手紙に書き残した筈です!」
「いけませんお嬢様! 今すぐ帰りますよ!」
「……申し訳ございません……」
「夜野さん……」
スズネの悲しそうな表情が目に写り、心配に思うエン。そんな彼に別れを告げ、スズネもキョウスケの車に乗り込みその場を後にするのだった……。
◆少し経ち
一人残されたエンは、ぶつぶつと独り言を言い始めた。
「ぁ~あ。もうちょっとで夜野さんに僕の正体明かせたのになぁー」
そんな事をボヤキつつも、実はエンは喜んでいた。宣言通り見事一人で魔物による事件を解決し、
ハヤトに勝った気がしたからだ。
「やった……やったぞー------!」
エンはその場の空気に似つかわしくないような大声を上げて微笑んだ。
学校での出来事から今夜の魔物退治の一連の流れに、初めてセルガイアを覚醒させた日の出来事をダブらせ既視感を感じていたエン。しかし、確実にあの時のエンとは遥かに違い、彼は成長していた。
エンは清々しい気持ちで夜空を見上げると、恐らく水晶越しに自分の姿を見ているであろうハヤトに対して大きく叫んだ。
「ハヤトさん見てますよねー! 僕! 一人でやりましたよー-!!!!」
その声が工場内に反響し数秒の間コダマすると、その音は次第に暗闇へと消えて行った……。
こうして今回の事件は解決した。そしてエンも意気揚々とその場を後にしようとしたのだが……その時ふとある事に気が付いた。
「ん? ちょっと待ってよ……?」
先に帰った四人に、変身前の自分の存在を忘れられていることに気が付いた!
「ああっみんな! 僕を置いてかないでよー!」
そんなエンの姿を水晶を通して見届けていたいたハヤトは……自室で一人大爆笑していた。