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新世紀陰陽伝セルガイア

第二十一話~二つの真意~

前回のおさらい

 スズネからの依頼の手紙に書かれていた男の後を追うエンとバン。男はバンの推理通りJR矢部駅に隣接する踏切りへとやって来た。そこで男は電車の近づく踏切りに立ち入って行く……。どうやら踏切に潜む魔物が男の命を喰らおうとしているようだった。救い出そうと必死になる二人! ところが魔物が作り出したと思われる結界により踏切内に閉じ込められてしまった! 何とか脱出を試みようと奮闘するエンだったが、そこに迫りくる列車はいよいよその一同の目前まで迫っているのだった!


第二十一話~二つの真意


 踏切内に潜む魔物によって張られたであろう結界からの脱出を試みるも、失敗を繰り返すエン。するとバンがエンに向かって遮断機を破壊するよう促した! エンは「その手があったか」と、遮断機に向かって攻撃を加えようとした。しかし列車は目前まで迫っていた! このままでは三人まとめてあの世行きだ! 間に合わない! エンが思わず目を瞑った! ……その時だった。
 
 シーン……
 
 突然、辺りに静寂が訪れた……。

「えっつ!?」
 
 突如としてエンの周囲の時の流れが変わり、全てがスローモーションに見えている! そして、エンの胸元には何やら“御札”のような物が貼りついている!

「何だこれ!?」
 
 そして次の瞬間、驚愕するエンの目に更なる驚きの光景が映し出された! 踏切りの外側に、肩の傷を庇いながら指で前方に何かを飛ばすような格好をしているハヤトが佇んでいたのである!

「は、ハヤトさん!?」
 
 そしてエンは悟った。これは恐らくハヤトの陰陽術なのだろうと……。今自分の胸に張り付いているこの御札は、きっとハヤトが飛ばし貼り付けたものなのだ。そしてこの御札の効力で、ハヤトのセルガイアの能力、“減速”の力が自分に宿っているのだと!

「ハヤトさん……ありがとうございます! よし!いくぞっ!」
 
 そう言うとエンは手にした刀を振り上げ、大地を蹴って遮断機を斬りつけた! そして、周囲の減速状態が解けないうちに、踏切の結界内からバンとヒデキを脱出させた! 更次の瞬間!
 
キキーーーーーッ!! プシュー…… 
 
 目前にまで迫っていた列車が間一髪のところで停止した。

「はぁ……よかった……」
 
 安堵するエン。そして、今起こった一瞬の出来事をすぐに理解したバンも、安堵しながらハヤトをねぎらった。ただ、ヒデキだけが肩を落とし無言で地面に伏している……。

「ハヤトさんありがとうございます! ……これで一件落着ですね」
 
 一息つくと三人のいる方へ向かって行き声をかけるエン。……だがその瞬間だった!
 
グォォオオオオ!!!!
 
 エンの背後からけたたましい唸り声が聞こえたのだ!

「!?」
 
 思わず声のする方に振り返るエン! するとそこには、まるで遮断機の様な形をした二体の魔物がいたのである! そしてエンに襲い掛かろうと、片腕に着いている遮断機を武器にして振り下ろし攻撃を仕掛けてきた!

「くそっ!」
 
 とっさに空中に飛び上がり、二体の魔物の同時攻撃を避けるエン!

「これが今回の魔物の正体か!」
 
 そう言うと、魔物たちに向かって果敢に戦いを挑んでいくのだった!

◆一方その頃
 
 線路沿いでエンが二体の魔物と交戦する中、息も絶え絶え加勢したハヤトをバンが肩で支えていた。

「バカヤロウ! 寝てろって言ったろ……」

「魔物から……命を救うのが……俺の務めだ……。寝てられるかよ……!」

「……まったく」
 
 昨日の戦いで依頼人を魔物の手から救うことができなかったハヤト……。自分が傷ついていることなどお構いなく他人の命を救うことに尽くそうとする彼の姿に、バンはため息をつきつつも内心では労っていた。
 そんな中、二人の近くには膝をついたまま放心状態で踏切りを見つめるヒデキがいた……。バンはハヤトを肩で支えながらヒデキに向かって行くと、彼を我に返らるべく声をかけた。

「おい、良かったな俺たちが来て……。間一髪だったぞ……」
 
 ところがだった。そんなヒデキから返ってきた反応は予想外のものだった。

「やめろさわるなっ!」

「!?」
 
 ヒデキは差し伸べられたバンの腕を振り払うと、なんと再び踏切りに向かって走り出したではないか!

「なっ!? おまっ!」  
 
 バンは咄嗟に男を追いかけ取り押さえると、尚も抵抗し踏切りに向かって行こうとする彼を羽交い絞めにした! そしてその状態のまま、男はバンの腕を振りほどこうと抵抗しながら叫ぶ!

「くそっ、くそっ! まだ足りないのか!? こんなに祈ってるんだぞ!」
 
 そんな彼に向かって息を切らしながら、ついにハヤトも声をかけた。

「おいお前……なんでこんな事を?」
 
 男はバンのあまりに強い力に「抵抗できない」と悟り、ようやく大人しくなった。そして二人に対して語り始めた……。

「祈れば……祈ればカナコは帰ってくるんだそう聞いたんだ!!」
 
「!?」

「織戸幸愛会は本物だ! 愛を持って祈りを捧げれば、どんな奇跡でも起きるんだ! カナコだって……。不治の病と言われていたのに、会に入って祈りを捧げ続けていたら、次第に快方に向かっていったんだ! だからあの日……」
 
 ヒデキによると、以前不治の病であった婚約者のカナコと共に藁をもすがる思いで『幸愛会』に入信し、病が治るよう来る日も来る日も祈りを捧げ続けたとのことだった。そしてその結果病は快方に向かったのだそうだ。このまま祈り続ければ、いつか必ず完治するだろう……。しかし彼女が亡くなったのはその矢先だった。久方ぶりに体調がいいからと散歩に出かけたカナコは、そのまま矢部の踏切りで列車にひかれ亡くなってしまったのだ……。そんなヒデキに対し『幸愛会』の幹部がこう言った「祈りが足りなかったからだ……でも安心していい。もっと祈れば彼女は冥界から帰ってくる……」。それ以来その言葉を信じ、ヒデキは狂ったように祈りをささげる日々を続けていたのだ……。
 ヒデキ話を一通り聞いたハヤトは彼に対して言葉をかけた。

「まんまと騙されやがって……。いいか『幸愛会』は悪の宗教組織なんだ。奴ら言葉は絶対に信じるな!」

「嘘だ! カナコは不治の病だったのに、医者も匙を投げたのに快方に向かったんだぞ! 祈りが足りなかったんだ! もっと! もっと祈るんだ!」
 
 そう言うと再び踏切りに向かって何度も頭を打ち付けながら祈を捧げ始めるヒデキ……。再び額から血を流し始める彼に対し、今度はバンが口を開く。

「いいか。信仰心から病が治った事例は確かにある……。つまり、“気持ちの問題”で病が治ることは往々にしてあるということだ。彼女もそれだけ信じていたんだろう……。だが、ただそれだけの事だ。俺たちは『幸愛会』の裏の顔、その実態を知っている。あいつらは偽物だ!」

「嘘だっ! 嘘だっ! カナコは帰ってくる! 俺が祈り続けていれば必ず! 最近はここに来いってカナコがずっと俺を呼ぶんだ! 彼女の声が聞こえ!……」

バチーン!
 
 するとその言葉を遮るように、突然ハヤトが彼に対して平手打ちを喰らわせた!

「いっ!?」

「いいか……死んだ人間は生き返らない! それが現実なんだ!」

「……」
 
 ヒデキは思わず黙り込んだ。

「お前、彼女の声が聞こえるって言ったよな……。だからこの踏切りに来たのか……」

「そ、そうだ……最近、カナコが俺を呼ぶ声が頭の中で聞こえるようになって……『祈りが通じたんだ』って……『きっとカナコはもうすぐ帰ってくるんだ』……そう思ったんだ……!」

 するとここでバンが割り入った。

「なるほど……。やはりお前、騙されたな……」

「何だと!?」

「おいハヤト、ちょっとあの踏切り、霊視してくれないか」

「……あぁ」
 
 バンに促されるままハヤトは踏切内を霊視する。するとそこには恐らくカナコだと思われる女性の霊が佇み、ひたすらある言葉を呟いていた……

「ハヤト……彼女がいるだろ? なんて言ってる……」

「……『来ないで』……だそうだ」

「えっつ!?」

 ヒデキは驚いた。

「ハヤト、そんで今踏切りには彼女一人か?」

「……そうだ」

「ヒデキいいか、お前は『幸愛会』にも、あの線路の魔物にも騙されたんだ。死んだ人間は生き返らない。そして、最近お前を誘う声を発していたのは、お前を取り殺そうと虎視眈々と企んでいた魔物の声だったんだよ!」

「そ……そんな……」

「見えるだろ? 今魔物は遮断機の姿に成り代わりあの少年と戦っている……。だから今、踏切りにはカナコさんの霊しかいないんだ! その証拠に、もうあの声は聞こえないだろう……?」

 ヒデキは思わずハッとした。バンの言う通り、今は声が聞こえてこない……。

「霊感のないものには残念ながら、霊を見ることはおろかその言葉も届かない……。お前を呼ぶ声は魔物の声だったんだよ。『幸愛会』の目的は分からないが、恐らくここで亡くなった者は皆会のメンバーだったんだ。きっとお前の婚約者も、その前に亡くなった信者達も、お前の頭に響いた声に誘い出されて死んだんだ。つまりお前はあの魔物の“餌場”にまんまとおびき寄せられてたって事だ」

「なっ!?」
 
 バンの言葉をひとしきり聴いたヒデキはがっくりと肩を落とすと、その場に崩れ落ち大粒の涙をこぼした……。 

◆一方その頃
 
 二体の魔物を一度に相手にする事など初めてだったエンは、かなりの苦戦を強いられていた。

「くそっダメだ! 攻撃を一体に集中できない!」
 
 その言葉通り片方に攻撃を加えようとすると、もう一体による攻撃がきてしまう。エンは連携の取れたこの魔物達の戦法に、だたひたすらに人を喰らおうとするそれが持つ禍々しい知性を改めて垣間見ていた……。

「くっ! しまった!」
 
 そんな折、一瞬の隙をつかれたエンは一方の魔物が振りかざした遮断機のバーによる一撃をもろに喰らい、線路沿いの民家の壁に体を叩きつけられてしまう!

「ぐはっ!」
 
 すぐさま体制を立て直し魔物に向かって飛び掛かろうとしたのだが、そんなエンに向かってもう一方の魔物が巨大な遮断機のバーを叩きつけ、体を押しつぶさんと襲い掛かってきた!

(く……苦しい……!)
 
 あまりの重圧に声が出せないエン……。しかもそこに向かってもう片方の魔物も加勢すると、二体とも再びエンの体を真ん中に挟むように、再び遮断機を降ろし始めた! どうやらエンを今一度、踏み切り内の結界に閉じ込め、いよいよトドメを刺すつもりのようだった!

(だ……ダメだ……)
 
 だが、エンがあきらめかけたその時だった!

ズバシュッツ!
 
 一体の魔物を切り裂き、その隙間からある人物が顔を覗かせた!

「二対一は……卑怯だろっ!!」

「ハヤトさん!」

 それはハヤトだった。

「おいエン! 何やってるボケっとするな! まだ終わってない! いくぞ!」

「は、はいっ!」
 
 そう言うと二人は残る一体の魔物を一刀両断切り裂いた!

ズババババッツ!
 
 こうして遂に、今回の二体の魔物を葬ることに成功したのだった……。

◆JR矢部駅・踏切り
 
 魔物を倒したエンとハヤトは、すぐさまバンとヒデキの元へと戻った。ヒデキは相変わらず涙をこぼしながら地面に伏していた……。

「ヒデキさん! あれ……何があったんです……?」
 
 事の成り行きを知らないエンは疑問を投げかけるも、ハヤトからの返答は冷たかった。

「お前は知らなくていい」

「……」
 
 その言葉に不貞腐れた表情を浮かべるエンの横で突然鈍い音がした。何かと思いそちらに顔を向けると、なんとハヤトがよろめき膝をついていた。

「は、ハヤトさん! ……やっぱり、傷が癒えてないのに無茶して来てくれてたんですね……」

「別に……お前の為に来たわけじゃねーよ……」
 
 そんな二人を見て、今回の事件がようやく終わったと安堵の息を漏らすバン。……ところがだった。

「なっ!? ヒデキ!?」
 
 事態は終息していなかった。何を思ったか、ヒデキが再び踏切りに向かって走り出したではないか!

「何してるやめろっ!」
 
 再びヒデキを追いかけ羽交い絞めにするバン! しかしヒデキは抵抗した。

「うるさい放せっ! カナコが帰らなければ意味がないんだ! 俺が助かったってなんの意味もないんだ! ちきしょう! ちきしょー-!!」
 
 そう叫びながらバンの制止を振りほどこうと渾身の力を込めて暴れるヒデキ! そしてその時! あろうことか踏切に向かって電車が近づいてくる音が聞こえてきたではないか!

「カナコ! 会いたいよ! カナコーーーー!!」
 
 嗚咽を漏らしながら尚も暴れるヒデキに対し、フラフラな状態のハヤトもその体を取り押さえるため加勢した!

「おいやめろ! 死にたいのか!?」

「ああそうだ! カナコのいない人生なんて無意味なんだーー!」

「最愛の人を亡くした苦しみは耐え難いものだろう……。でもな! 生きている人間には幸せになる権利がある! 生きていればきっとまた輝ける日が来る! きっとお前の婚約者もそれを望んでる!」
 
 その言葉通りハヤトの目には、線路内で未だ必死に涙を流しながら「来ないで」と叫ぶカナコの姿が映っていた……。

「うるさい! 放せ!」

「やめろ……!」

 それでも尚、抵抗を続けるヒデキを食い止めようと懸命に取り押さえるハヤトとバン!

「放せ!」

「やめろ!」

「放せよーーーーっ!!」

 しかし、ここでハヤトが昨晩負った傷口が開いてしまった! 血が吹き出す……!

(くそっ! ……力が入らな……)
 
 そしてその一瞬の隙を突きヒデキが二人の体を振りほどくと、いよいよ彼は電車が迫る線路内に立ち入った!

「カナコ……やっと会えた……」
 
 そんなヒデキの目に、大粒の涙を浮かべるカナコの姿が映り込んだ。ヒデキは大きく微笑んだ……。次の瞬間!

ファーン!
ゴシャッツ!!

「!!!?」

…………
……

 列車が男をはねた……。ハヤトとエンの目には、天に上る二つの光の玉が見えていた……。
 そしてそんな光景をやや遠くの方からひっそりと、あの『首に傷のある男』が見つめているのだった……。


◆少し経ち……
 
 救急車の赤いランプが辺りを照らしている。ナイトメアバスターズの三人は未だ帰らずにそこにいた。電車にはねられたヒデキは……即死だった。
 
 バンが事情聴取に応える中、ハヤトは地面に膝をつくと両の拳を大地に叩きつけながら叫んでいた。

「ちくしょう! まただ! また救えなかった!」

「ハヤトさん……」
 
 そんなハヤトを見ても何も言うことができず、ただその姿を見つめるしかないエン……。魔物を倒したのに、とても切ない気持ちだった……。

「くそっ! くそっ!」
 
 アスファルトに何度も拳を叩きつけるハヤト。その手にはいよいよ血が滲みはじめていた……。
 
 そして、それから暫く時が経つとハヤトはおもむろにその動きを止め、膝をつき背を向けたままその場に立ち尽くすエンに向かって語り掛けた……。

「エン……これが理由だよ……」

「え……?」

「いいか……この仕事……人の命がかかってる……」

「……」
 
 そう言われてエンはハッとした……。人を救いたいという気持ちが誰よりも強いエンだったが、それよりも最近はセルガイアの力で魔物を倒し、ハヤトに認めてもらいたい……ナイトメアバスターズに入りたいという気持ちが先行してしまっていた……。エンはその事を情けなく思った……。しかし、この行いに“人の命がかかっている”ことは親友のマイトを亡くした時点で重々承知していた。だからエンは、ハヤトに対してこう切り返した。

「はい……分かってます。十分わかっています……!」
 
 その答えに対し、ハヤトは少し悲しそうな表情を浮かべながらこう切り返した。

「だったら尚更だ……」

「え……?」

「こんな思いをするのは、俺達だけで十分なんだよ……」
 
 これこそがハヤトの本心だった……。今までエンをバスターズの一員として迎えなかったのは、まだほんの少年である彼に対して、自分達のような悲しい思いをさせたくなかったからだったのだ。

「それでもお前は陰陽師に成りたい……俺達の仲間に加わりたいって言うのか!!!?」
 
 そしてそれに対してすかさずエンも言葉を返す。

「はい! 成りたいです! 僕もハヤトさんたちと一緒に戦って、もっともっと多くの人を救いたいんです! 確かに、救えない命もあるかもしれません……。それでも! 僕に宿ったこの能力(ちから)で、一人でも多くの人の役に立ちたんです! ……それに亡くした親友とも約束したんです。必ず……必ず一人前の陰陽師になるって!」
 
 そう力強く返答するエンだったが、その後発した言葉によって自身の本当の目的を知ることになる……。

「そして一人前の陰陽師になって、いつか自分の力で死んだ母さんに! ……死んだ……母さんに……」

「……?」

「違う……僕もヒデキさんと同じだ……。虚勢張って聞こえのいい事言って目的をすり替えてただけなのかもしれない……」

「エン……?」

「ハヤトさん……僕はね……僕は……。『死んだ母さんに…会いたいんだ……』」
 
 これが、エンの本心だった……。

つづく
 
※JR横浜線・矢部駅にあった踏切りは現在撤去されています。

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