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新世紀陰陽伝セルガイア

第二十二話~蝶の式神~

前回のおさらい
 JR矢部駅踏切りにて、ピンチに駆け付けたハヤトと共に見事魔物討伐に成功するエン。しかし、その件に関わっていた男性が死亡してしまう。魔物の件で命を救うことができなかった事実に自らを責めるハヤトはエンに対し、「こんな思いをするのは俺達だけで十分だ」と、エンがバスターズに加入することを頑なに拒否してきた真意を明らかにした。そしてエンも、その言葉に返すように、『自分がバスターズに入りたいのは霊力を高めることで、いつか幼い頃に亡くなった自らの母に自らの力でもう一度会いたいからだ』と、その本心を明かすのだった…。

第二十二話~蝶の式神~

◆エン・自宅にて
 踏切りでの戦いから一夜明け、エンは自宅の仏壇の前に座り母の遺影に手を合わせながら心の内を呟いていた…。
 『母さん、情けないよ僕…。』
 エンは昨日のハヤトとのやり取りの中で自分の本心を知り、それを嘆かわしく感じていた。
 これまでは「自分の能力を他人の為に役立てたい」という気持ちで行動し、それがバスターズに加入したいという自らの原動力なのだと思い込んでいた…。しかし深層心理では「母に会いたい」という気持ちこそが自分を突き動かす最たる原動力だということが浮き彫りになり、耳障りの良い言葉を選んで行動することでなんとか自分の人生を肯定して生きてきたのだと、14という年齢の心でも感じ取ることができた。「人の為」と謳いながらも結局は「自分の為」だったという事実…。それが痛いほど情けなく感じ、少年の心に突き刺さっていた…。
 今こうして改めて、その思いに向き合いながら母の遺影に手を合わせるエン。暫く独り言をつぶやいていく内に、だんだんと自分のこれからについて考えがまとまってきた。
 『母さん、やっぱり僕はもう一度、自分の力で母さんに会いたいよ。それが昔からの本心だって認める…。だけど、今の僕は昔の僕とは違うんだよね…。今は魔物を倒せるこの力…セルガイアの能力がある…。今はそれを一人でも多くの人の為に役立てたいっていう気持ちも嘘じゃないんだ!…あの日母さんが僕にしてくれたように…今度は僕が僕の力で、誰かを守りたいんだ!だから…やっぱりバスターズに入りたい!…だから…行ってきます!!!』
 エンは仏壇に向かってそう言い放つと、勢いよく家を飛び出していった。その足はバスターズのいる“陰陽庵”へと向かっていた。
◆陰陽庵
 ガララッ!
 エンは勢いよく店の戸を開けると、注文の品を運ぶバンに対してハヤトは居るかと尋ねた。
 エンから放たれるいつもと違った気迫に対しバンは何かの覚悟を感じ、多くは語らぬままハヤトの居る厨房へとエンを誘った。
 ハヤトは調理が終わり一息つきつつ、流しで手を洗っていた。エンはそんな姿を見て、普通に調理ができる程ハヤトの体が回復していることに安堵しつつすぐさま決意の表情を浮かべると、ハヤトに対して今の気持ちをぶつけようとその口を開いた。その途端…先に言葉を発したのはハヤトの方だった。
ハヤト「…何しに来た」
エン 「は、ハヤトさん…僕っ…!」
 ハヤトはエンが訴えようとしている事を一瞬で悟り、エンに背を向け手を洗いながら切り返した。
ハヤト 「エン、お前には俺たちのような思いをさせたく無いと言った筈だぞ…。」 
エン 「で、でも、やっぱり僕はナイトメアバスターズに…!」
 そしてエンがその先を語ろうとした途端ハヤトはキュッと蛇口を閉め、背を向けたまま言葉をかけた。
ハヤト 「エン、客がいるんだ…2階で話そう。」
エン 「!!…す、すいません…。」
ハヤト 「……。」
 ハヤトはバンに暫く店番を頼むと、2階の事務所へと上がって行った…。エンはまたしてもハヤトに対し迷惑を掛けるところだった事に申し訳なさと不甲斐なさを感じつつ、言われるがままハヤトの背中を追いかけ階段を登って行った。そしてバンはそんな二人の背中を、不穏な面持ちで眺めていた…。

◆陰陽庵2階・ナイトメアバスターズ事務所
 エンを連れて2階へと上がったハヤトは、そのまま部屋の奥にある窓枠に肘をあてがうと何も言わぬまま外を見つめ始めた。そんなハヤトの背中は、これから語る訴えを聞き入れてもらえないだろうということをエンに予感させ、暫くの間話すことを拒ませた。
 セルガイアの能力を得、バスターズの正体を知ってから幾度となく訪れていた事務所…。しかし、魔物による事件を調べるために設置している数台のパソコンのハードディスクから漏れる微細な稼働音がかつてこれ程までに大きく聞こえたことはない…。それ程の静寂と緊張感がこの日の事務所からは漂っていた…。そして暫くし、その静寂に耐えかねるように、意を決してエンは口を開いた。
エン 「ハヤトさん、僕はやっぱりバスターズの一員として戦いたいんです!セルガイアの力でハヤトさん達の力にもなりたいし、これからも一人でも多くの人の命を魔物の手から救いたいんです!覚悟はできてます!!」
ハヤト 「…お前の覚悟の問題じゃないんだよ…。俺は幾度となく他人の命を左右する事件に携わってきたからこそ、お前には同じような経験をさせたく無いんだ…。ましてお前にもしもの事があったら俺は…。」
 そんな言葉を返すハヤトに対し、珍しくエンはたて突いた。
エン 「ハヤトさん…僕の事を心配してくれてとっても嬉しいです。でも、ごめんなさい…やっぱり僕の覚悟の問題だと思います!」
ハヤト 「!?」
エン 「僕が続けたいと思っていることが人の生死を左右することに直結するのは十分わかってます!分かったうえで、それでもやっぱり僕の気持ちは変わりません!!ハヤトさんお願いします!どうか僕をナイトメアバスターズに入れてください!!」
 こうしてエンはついに地面に頭をつけながら、ありのままの想いをハヤトに訴えた。しかし、ハヤトの意思は固かった。
ハヤト 「お前の気持ちはよく分かった。…だがダメだ。」
エン 「どうしてですか!!?」
ハヤト 「理由はすべて話した通りだ。これが全てだ。」
エン 「そんな…これだけお願いしてもダメなんですか!?」
ハヤト 「ダメなものはダメだ!」
エン 「どうして!?」
ハヤト 「じゃあそもそもの原点に立ち返るが、今のお前はどう考えても力不足だ!未熟すぎる!!足手まといだ!!!」
エン 「た…確かにそうかもしれませんが…だからこそここで強くなるために学びたいんです!」
ハヤト 「魔物の事件は日に日に増える一方なんだ、教えてる時間なんてない。」
エン 「そんなこと言わずにお願いしますよ!」
ハヤト 「ダメだ」
エン 「お願いします!」
ハヤト 「ダメだ!」
エン 「お願いします!!」
ハヤト 「ダ メ だ !!」
 そんな騒がしいやり取りを耳にして、客の引いた店を早々に切り上げたバンが事務所へと上がって来た。
バン 「何だなんだ?騒々しい…。2人ともまた喧嘩か…。」
エンとハヤト 「喧嘩じゃない!」
バン 「まったく…。しかしハヤトも強情にも程があるだろ…。」
ハヤト 「聞いてたのか…。」
バン 「ああ。」
ハヤト 「なら俺の気持ち分かるだろ!長年一緒にやってんだからこの仕事…!」
バン 「まあ確かに分かるが、エンの気持ちも分かったんだろ?」
ハヤト 「…。」
バン 「確かにこいつはまだ未熟だが、だからこそ育て甲斐があるってもんだろ。エンの言う通りだ。ここで俺たちが責任をもって育て上げるってのも、これから先の事を見据えて考えるなら俺は悪くないと思うんだがな…?」
エン 「バンさん…ありがとうございます。」
バン 「ま、決めるのはリーダーのハヤトだがな。」
ハヤト 「……。」
エン 「…ハヤトさん…どうか…お願いします!!!」
 長年の相棒に諭され、黙り込んでしまうハヤト。再び二人に背を向けると窓の外を見つめながら腕を組み、暫し考え込んだ。
 エンがバスターズに入りたいという気持ちは遠の昔から知っていた…。しかし幼い頃から人の生き死にに直面してきたハヤトだからこそ、そして幼い頃から店の常連として、まるで弟の様に接してきたエンだからこそ、自分と同じような思いをさせたくないという強い気持ちはぬぐい切れなかった。そして正直なところ、ただでさえ過酷、かつ実際昨日の事件のように人の命を救うことができない事象も多く発生するこの仕事に、今後もエンの面倒を見ながら身を投じてゆける自信も余裕も今のハヤトにはなかったのだ…。だが、二人の言っていることも十分理解できた。ここは暫くの辛抱と思い、バンの言う通りエンを一人前に育て上げる事が正しいのではないか…。そんな風にも感じ、はたしてどうしたものかと脳内で葛藤を繰り広げていた…。
 その最中だった。ハヤトがふと窓辺の鉢植えに咲く一輪の花に目をやると、どこからともなく飛んできた一羽の青いアゲハ蝶が、そこにふわりと舞い降りた。
ハヤト 「…!」
 それを見たハヤトは突然何かを閃いた様子で再びエンの方に振り返り、唐突にある提案を投げかけた。
ハヤト 「分かったよエン…。気持ちはよく分かった。だが、入隊したいなら一つお前に条件がある。」
エン 「条件…?なんですか??」
ハヤト 「今すぐこの場で…」
『この蝶を式神にして見せろ。』
エン 「!?」
ハヤト 「逆に今のお前にこれができれば、いいだろう、入隊を認めてやる。」
エン 「……そ、それは…(ゴクリ)」
バン 「ほぅ…。そうきたか。」
 式神とは、平安時代に陰陽師が使役したとされている鬼神の事。今この場でこの蝶を式神として使役する実力があるのなら入隊を認めるというハヤトの提案に、エンは生唾を飲んだ。今まで自分ひとりで懸命に陰陽師に関する知識をつけてきたが、実際に式神を創り出した事など一度もない…。自信など全くなかった…。しかし、ここで引いてしまっては元も子もない。何としてもここで実力を見せつける以外、エンが望みをかなえる選択肢は他になかった。
エン 「わ…分かりました…。」
 そう言うとエンは窓際の蝶に向かって、真剣な面持ちでゆっくりとその身を近づけて行った。
ハヤト 「……」 
 一方条件を突きつけたハヤトはというと、エンの実力では毛頭不可能と分かっていた。その上でこの提案を投げかけた。こうすればもう金輪際、エンも納得の上で入隊させずに済むからだ。つまり、すでにハヤトの腹は決まっていたのだ。
ハヤト 「どうした?…俺に実力を見せてみろ…。」
エン 「…は、はい…。」
 そう言うと、エンはいよいよ蝶の目前で足を止め、人差し指と中指をピンと立てるとそれを口元に当てがった…。『ここで実力を見せつけるんだ、やり方なら知ってるし、昔の自分とは違うんだ、今はセルガイアの能力者なんだ、きっとできるきっとできる、できてくださいおねがいしますーーーー!!!』そんなことを念じながら、彼はとうとうその秘術を唱えた。
 『入式神幻夢(にゅうしきしんけんげんむ)……』

……
………
 暫しの静寂が訪れた。結果は思った通り、エンの目に映るのは先ほどと変わらぬ一羽の蝶…。やはりエンにその実力は無かったのだ。
エン 「(そう…だよね…。)」
 落胆し肩を落とすエン。正直結果は分かっていた。そして、その姿を見たバンもまた残念に感じ、使づくとその肩に手をやった。
バン 「エン…。」
 バンのその残念そうな表情から、これは現実なのだと改めて実感したエンは更に肩を落とす。そして、そんなエンにハヤトも声をかけた。
ハヤト 「…残念だったな…だが…」
 …その時だった。辺りが眩い光に包まれたかと思うと、部屋に聞きなれない声が木霊した。
???『…ヌシさま…だれだろ?』
一同 「!!!??」
 なんと、先ほどの蝶が手のひらサイズの小さな少女の姿で植木鉢に腰掛けながら、一同に対して語りかけているではないか!!
エン 「で、できた…」
「できたーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」
ハヤト 「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇええええええ!!!!!?????」
 なんと、エンは見事、ハヤトの言う通り式神を顕現させたのだった!!
エン 「やった!!やった!!!やりましたーーーー!!!」
 その姿を目撃したバン。霊力の低い彼にはその式神を見ることはできなかったが、ハヤトとエンのリアクションからそれが事実であるとすぐに悟り、エンと共に喜んだ。
バン 「エン…よかったな‼」
エン 「…はい!」
 しかしそれをしり目に、大量の冷や汗をかきながら俯く男が一人…。
ハヤト (ぐぬぬぬ…嘘だ…あり得ない…)
 ハヤトは大いに焦っていた。
 そんな一同に対し、再び式神が語り掛けてきた。
式神 『ねぇね、おしえて?ヌシさまだれだろ?』
エン 「あ、僕だよ僕!初めまして!八神炎だよ!」
式神 『わーーーーーきみがヌシさま!あたちしゃべれる!てとあし、ある!ありがと!!』
バン 「ほー。ちゃんとコミュニケーションも取れてるみたいだな。」
 式神は3~4歳児ほどの少女の見た目をしており、独特な着物を羽織っていた。そして透き通った青い羽を羽ばたかせながら、フワフワと宙を舞っていた。
式神 『ねぇねぇ、あたちなまえないの。なんていうの?』
エン 「え?…あ、そっか!名前つけて欲しいんだ!」
 エンが問いかけると、笑いながらコクリコクリと頷く式神。
エン 「えーーどうしよう…?えー?バンさんどうしましょ?」
 照れながら話しかけるエン。
バン 「俺に聞くなよ、お前の式神だろ?好きにつければいいんだよ。それで完全にお前の式だ。」
エン 「そ、そっか。えーーっとじゃぁー…」
 そう言うと、エンは式神が舞って来たあの花に目をやった。
エン 「バンさん、あの花の名前、何ですか?」
バン 「お、なるほどな。…いいかあれは“あざみ”だよ。」
エン 「あざみ…アザミか!いいなぁ!…キミの名前はアザミだよ!よろしくね!」
式神 『あたちアザミだ!アザミ!うれしー!ヌシさまありがと!よろしくね!』
 そんなやり取りの陰で、一人煮え切らない男はずっと眉間にしわを寄せながら呟いていた。
ハヤト (あり得ないあり得ないあり得ない……)
 今のエンの実力では、こんなこと毛頭できる訳がない。手助けするとすればバンだが、彼に陰陽術は使えない…。ハヤトは全く納得がいかなかった。そして、そんなハヤトをよそに、他の三人はワチャワチャと会話を続けていた。
ハヤト 「ぅぉーいちょっと待てーぃ!」
エン 「あ!ハヤトさんすみません嬉しすぎて忘れてました。」
ハヤト 「忘れんなよ!ってか俺はこんなこと認めないぞ!!」
エン 「そんなこと言われてもできちゃったんです僕!…ってことはイイんですよね!僕、ナイトメアバスターズ、入隊できるんですよね!!」
ハヤト 「ぐぬぬ…認められない!!!」
バン 「おいハヤト…そりゃないんじゃないか?」
エン 「そうですよ!!約束したじゃないですか!!」
 そんなやり取りにアザミも口を挟む。
アザミ 『ヌシさまこのひとこわいねぇ!』
ハヤト 「うるせーーー!!!」
 カンシャクを起こすハヤト。
ハヤト 「ちょっと待て!さっきのは…撤回だ!」
エン 「撤回!?」
ハヤト 「その式神を…」
アザミ 『あたちはアザミだ!』
ハヤト 「そのア ザ ミ を…ちゃんと蝶に戻すまでが一連の儀式だ!」
エン 「そんな…“帰るまでが遠足”じゃないんですから!」
ハヤト「うるせっ!そこまできちんとやってみろ!そしたら……そしたら…」
一同 「そしたら…?」
ハヤト 「……そしたら……しょうがない認めてやるよ!!」
エン 「よーし!!!」
 エンはその流れで再びアザミに術をかけた。
『出式神(しゅつしきしん)…!!』

……
………
アザミ 『…ん?』
 ところが、アザミは蝶に戻らない。
エン 「あ、あれ?もういっかい……出式神!!」

……
………
アザミ 『ヌシさまなにちてんーの?』
エン 「あ、あれぇっ!!??」
「あれーーーーーーーーーーーーーー!!!???」
 しかし、エンの想いとは裏腹に、何度やってもアザミを元の姿に戻すことができない!
エン 「出式神!出式神!!」
 何度も何度も繰り返すが、結果は同じ。アザミはアザミのままだった。
ハヤト 「ぐははははは!!できないんだ!できないぞ!!!はははは!!」
バン 「…ハヤト…。」
 いつもの様子とは打って変わってこの状況に興奮するハヤト。予想だにしない出来事に相当焦っていたことが伺い知れた。そして今度は形勢逆転。術が成功しないエンの方が焦り始めていた。
エン 「出式神!出式神!!」
 何度唱えるもアザミは元に戻らなかった…。
 そんな中、突如事務所にけたたましいサイレンの音が鳴り響く。そしてバンが一台のパソコンに駆け寄ると、そのモニターを見るや否やその表情を固くした。
バン 「出たぞ!魔物だ!」
 その言葉と共に、ハヤトもすぐさま気を引き締め、バンと共に外へと駆けだした。その後をエンも追う。
エン 「あ!僕も行きまーーす!!!」
アザミ 『ヌシさまあたちもーーー!!』
 そして、何が起きているのか全く分からぬアザミも、あるじであるエンの後を追って事務所を後にするのだった…。
つづく