前回のおさらい
JR矢部駅の踏切りにて、ピンチに駆け付けたハヤトと共に見事魔物討伐に成功するエン。しかし、その件に関わっていた男性が死亡してしまった。魔物の件で命を救うことができなかった事実に自らを責めるハヤトはエンに対し、「こんな思いをするのは俺達だけで十分だ」と、遂にエンをバスターズに加入させる事を頑なに拒否してきた真意を明らかにした。そしてエンもその言葉に返すように、『自分がバスターズに入りたいのは霊力を高めることで、いつか幼い頃に亡くなった自らの母に自らの力でもう一度会いたいからだ』と、その本心を明かすのだった……。
◆エンの家
踏切りでの戦いから一夜明け、エンは自宅の仏壇の前に座り母の遺影に手を合わせながらその胸の内を呟いていた……。
(母さん……情けないよ僕……)
エンは昨日のハヤトとのやり取りの中で自分の本心を知り、それを嘆かわしく感じていた。
これまでは「自分の能力を他人の為に役立てたい」という気持ちで行動し、それがバスターズに加入したいという自らの原動力なのだと思い込んでいた……。しかし深層心理では『母に会いたい』という気持ちこそが自分を突き動かす最たる原動力だということが浮き彫りになり、耳障りの良い言葉を選んで行動することでなんとか自分の人生を肯定して生きてきたのだと、齢(よわい)十四の少年の心でも十分に感じ取ることができたのだ。『人の為』と謳いながらも結局は『自分の為』だったという事実……。それが痛いほど情けなく感じ少年の心に重く突き刺さっていた……。
今、こうして改めてその思いに向き合いながら母の遺影に手を合わせるエン……。暫く独り言をつぶやいている内に、だんだんと自分のこれからについて考えがまとまってきた。
(母さん、やっぱり僕はもう一度、自分の力で母さんに会いたいよ。それが昔からの本心だって認める……。だけど、今の僕は昔の僕とは違うんだよね……。今は魔物を倒せるこの力……セルガイアの能力がある。今はそれを一人でも多くの人の為に役立てたいっていう気持ちも嘘じゃないんだ! ……あの日母さんが僕にしてくれたように……今度は僕が『僕の力』で誰かを守りたいんだ! だから……やっぱりバスターズに入りたい! ……だから。行ってきます!!)
エンは仏壇に向かってそう言い放つと、勢いよく家を飛び出していった。その足はバスターズのいる『陰陽庵』へと向かっていた。
◆陰陽庵
ガラガラッ!
エンは勢いよく店の戸を開けると、注文の品を運ぶバンに対して「ハヤトは居るか」と尋ねた。
エンから放たれるいつもと違った気迫にバンは何かの覚悟を感じ取り、多くは語らぬままハヤトの居る厨房へとエンを誘った。
ハヤトは調理が終わり一息つきつつ、流しで手を洗っていた。エンはそんな姿を見て、普通に調理ができる程ハヤトの体が回復していることに安堵しつつすぐさま決意の表情を浮かべた。そしてハヤトに対して今の気持ちを有りのままぶつけようとその口を開いた。その途端……先に言葉を発したのはハヤトの方だった。
「……何しに来た」
「は、ハヤトさん……僕っ……!」
ハヤトはエンが訴えようとしている事を一瞬で悟り、エンに背を向け手を洗いながら切り返した。
「エン、お前には俺たちのような思いをさせたく無い……。そう言ったはずだぞ……」
「で、でも、やっぱり僕はナイトメアバスターズに!」
そしてエンがその先を語ろうとした途端ハヤトはキュッと蛇口を閉め、背を向けたまま言葉をかけた。
「待て、客がいるんだ……2階で話そう」
「あ! ……す、すいません……」
「……」
ハヤトはバンに暫く店番を頼むと、2階にある事務所へと上がって行った……。エンはまたしてもハヤトに迷惑を掛けるところだった事に申し訳なさと不甲斐なさを感じつつ、言われるがままハヤトの背中を追いかけ階段を登って行った。そしてバンはそんな二人の背中を、心配そうな面持ちで眺めていた……。
◆陰陽庵2階・ナイトメアバスターズ事務所
エンを連れて2階へと上がったハヤトは、そのまま部屋の奥にある窓枠に肘をあてがうと何も言わぬまま外を見つめ始めた。そんなハヤトの背中は、これから語る訴えを聞き入れてもらえないだろうということをエンに予感させ、暫くの間話すことを拒ませた。
セルガイアの能力を得、バスターズの正体を知ってから幾度となく訪れていた事務所……。しかし、魔物による事件を調べるために設置している数台のパソコンのハードディスクから漏れる微細な稼働音がかつてこれ程までに大きく聞こえたことはない……。それ程の静寂と緊張感がこの日の事務所からは漂っていた……。そして暫くし、その静寂に耐えかねるように意を決してエンは口を開いた。
「ハヤトさん、僕はやっぱりバスターズの一員として戦いたいんです! セルガイアの力でハヤトさん達の力にもなりたいし、これからも一人でも多くの人の命を魔物の手から救いたいんです! 覚悟はできているんです!」
「……いいか。これはお前の覚悟の問題じゃないんだよ……。俺は幾度となく他人の命を左右する事件に携わってきたからこそ、お前には同じような経験をさせたく無いんだ……。ましてお前にもしもの事があったら俺は……」
そんな言葉を返すハヤトに対し、珍しくエンはたて突いた。
「ハヤトさん……僕の事を心配してくれてとっても嬉しいです。でも、ごめんなさい……やっぱり僕の覚悟の問題だと思います!」
「!!!?」
「僕が続けたいと思っている事が人の生死を左右することに直結するのは十分わかってます! 分かったうえで、それでもやっぱり僕の気持ちは変わりません! ハヤトさんお願いします! どうか僕をナイトメアバスターズに入れてください!」
こうしてエンはついに地面に頭をつけながら、ありのままの想いをハヤトに訴えた! しかし、ハヤトの意思は固かった。
「お前の気持ちはよく分かった。……だが……ダメだ」
「!? どうしてですか!!」
「理由はこれまで話した通りだ。それが全てだ」
「そんな……これだけお願いしてもダメなんですか!?」
「ダメなものはダメだ!」
「どうして!?」
「じゃあそもそもの原点に立ち返るが、今のお前はどう考えても力不足だ! 未熟すぎる! 足手まといなんだよ!」
「た……確かにそうかもしれませんが……。だからこそここで強くなるために学びたいんです!」
「魔物の事件は日に日に増える一方なんだ、教えてる時間なんてない」
「そんなこと言わずにお願いしますよ!」
「ダメだ」
「お願いします!」
「ダメだ!!!!」
そんな騒がしいやり取りを耳にして、客の引いた店を早々に切り上げたバンが事務所へと上がって来た。
「何だなんだ? 騒々しい……。二人ともまた喧嘩か」
その声に対してエンとハヤトが同時に答える。
『喧嘩じゃない!』
「まったく……。しかしハヤトも何だ、強情にも程があるだろ?」
「聞いてたのか……」
「ああ」
「なら俺の気持ち分かるだろ! 長年一緒にやってんだからこの仕事」
「まあ確かに分かるが、エンの気持ちもよく分かったんだろ?」
「……」
「確かにこいつはまだ未熟だが、だからこそ育て甲斐があるってもんだろ。エンの言う通りだ。ここで俺たちが責任を持って育て上げるってのも、これから先の事を見据えて考えるなら、俺は悪くないと思うんだが……?」
「バンさん……ありがとうございます!」
「ま、決めるのはリーダーのハヤトだがな」
「……」
「……ハヤトさん……どうか……お願いします!!」
長年連れ添った相棒に諭され黙り込んでしまうハヤト。再び二人に背を向けると窓の外を見つめながら腕を組み、暫し考え込んだ……。
エンがバスターズに入りたいという気持ちはとうの昔から知っていた……。しかし幼い頃から寺の跡取りとして人の生き死にに直面してきたハヤトだからこそ、そして幼い頃から店の常連として、まるで弟の様に接してきたエンだからこそ、自分と同じような思いをさせたくないという強い気持ちはぬぐい切れなかった。そして正直なところ、ただでさえ過酷、かつ実際昨日の事件のように人の命を救うことができない事象も多く発生するこの仕事に、今後もエンの面倒を見ながら身を投じてゆける自信も余裕も今のハヤトにはなかったのだ……。
だが、二人の言っていることも十分に理解できた。ここは暫くの辛抱と思い、バンの言う通りエンを一人前に育て上げる事が正しいのではないか……。そんな風にも感じ、はたしてどうしたものかと脳内で葛藤を繰り広げていた。
その最中だった。ハヤトがふと窓辺の鉢植えに咲く一輪の花に目をやると、どこからともなく飛んできた一羽の青い蝶が、そこにふわりと舞い降りた。
「……!」
それを見たハヤトは突然何かを閃いた様子で再びエンの方に振り返り、唐突にある提案を投げかけた。
「分かったエン。お前の気持ちはよく分かった。……だが仲間に加わりたいなら一つお前に条件がある」
「条件……? 一体……何ですか?」
「今すぐこの場で……『この蝶を式神にして見せろ』」
「えっ!?」
「逆に今のお前にこれができれば、いいだろう、入隊を認めてやる」
「……そ、それは……」
エンは生唾を飲み込んだ。
「ほぅ……。そうきたか……」
そしてバンがそう呟いた。
式神とは、平安時代に陰陽師が使役したとされている鬼神の事である。今この場でこの蝶を式神として使役する実力があるのなら入隊を認めるというハヤトの提案に、エンは焦りの色を見せていた。
今まで自分ひとりで懸命に陰陽師に関する知識をつけてきたが、実際に式神を創り出した事など一度もない……。知識はあれど自信は全くなかった。しかし、ここで引いてしまっては元も子もない。何としてもここで実力を見せつける以外、エンが望みをかなえる選択肢は他にないのである。
「わ……分かりました……」
そう言うとエンは窓際の蝶に向かって、真剣な面持ちでゆっくりとその身を近づけて行った。
「……」
一方、条件を突きつけたハヤトはというと、エンの実力では毛頭不可能と分かっていた。その上でこの提案を投げかけたのだ。こうすれば金輪際、エンも納得の上で入隊させずに済むからだ。つまり、すでにハヤトの腹は決まっていたのだ。
「どうした? ……俺に実力を見せてみろ……」
「……は、はい……」
そう言うと、エンはいよいよ蝶の目前で足を止め、人差し指と中指をピンと立てるとそれを口元に当てがった…。
(ここで実力を見せつけるんだ、やり方なら知ってるし、昔の自分とは違うんだ。今はセルガイアの能力者、きっとできるきっとできる、できてくださいお願いしまーーーーーす!)
そんなことを心の中で念じながら、彼はいよいよ式神召喚の秘術を唱えた。
『入式、神見幻夢(にゅうしきしんけんげんむ)!』
……
…………
………………
暫しの静寂が訪れた。結果は思った通り、エンの目に映るのは先ほどと変わらぬ一羽の蝶……。やはりエンには式神を現出させられる程の力は無かったのだ。
(そう……だよね……)
落胆するエン。正直最初から結果は分かっていた。そして、その姿を見たバンもまた密かに残念に感じ、エンに近づくとその肩に手をやった。
「エン……」
バンのその残念そうな表情から、これは現実なのだと改めて実感したエンは更に肩を落とす。そして、そんなエンにハヤトも声をかけた。
「……残念だったな……だがこれで……」
そう言いかけたその時だった。辺りが眩い光に包まれたかと思うと、部屋に聞き慣れぬ何者かの声が木霊した。
『……ヌシさまは……だれだろ?』
「えっ!!!?」
その声に全員が驚愕した! なんと、先ほどの蝶が手のひらサイズの小さな少女の姿で植木鉢に腰掛けながら、一同に対して語りかけているではないか!
「で、できた……。できたーーーーーーー!!!!!!!!」
歓喜するエンとこの状況に、ハヤトは目を丸くしながら叫んだ!
「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇええええええっ!!!!!!!?」
なんと、エンは見事、ハヤトの言う通りに式神を顕現させたのだった!
「やった! やった! やりましたーーーー!!」
エンの歓喜する姿を目撃したバン。霊力の低い彼にはその式神を見ることはできなかったが、ハヤトとエンのリアクションからそれが事実であるとすぐに悟り、エンと共に喜んだ。
「エン……凄いじゃないか! 良かったな!」
「はっ、はい!」
しかしそれをしり目に、大量の冷や汗をかきながら俯く男が一人……。
(ぐぬぬぬ……嘘だ……あり得ない……)
ハヤトだ。大いに焦っている。
そしてそんな一同に対し、再び蝶の式神が語り掛けてきた。
『ねぇねぇおしえて? ヌシさまだれだろ?』
「あ、僕だよ僕! 初めまして! 僕の名前は八神炎! 僕が君を式にしたんだ!」
『わーーー! きみがヌシさま! あたちしゃべれる! てとあしもある! ありがとぉ!!』
その状況に、感心しながらバンが呟く。
「ほー。ちゃんとコミュニケーションも取れてるみたいだな」
式神は3~4歳くらいの少女の見た目をしており、独特な着物を羽織っていた。そして透き通った青い羽を羽ばたかせながら、フワフワと宙を舞っていた。
『ねぇねぇ、あたちなまえないの。なんていうの?』
「え? ……あ、そっか! 名前つけて欲しいんだね!」
エンが問いかけると、笑いながらコクリコクリと頷く式神。
「えーーどうしよぉーーー? バンさんどうしましょぉぉぉ?」
照れながら話しかけるエン。
「俺に聞くなよ、お前の式神だろ? 好きにつければいいんだよ。それでいよいよお前の式だ」
「そ、そっか。えーーっとじゃぁ~……」
そう言うと、エンは式神が舞い降りた窓際の花に目をやった。
「バンさん、あの花の名前、何ですか?」
「お、成る程な。……いいか、あの花は『あざみ』だ」
「あざみ……アザミか! いいね! よし、キミの名前はアザミだよ! よろしくね!」
『あたちアザミだ! アザミ! うれしー! ヌシさまありがと! よろしくね!』
そんなやり取りの陰で、一人煮え切らない男はずっと眉間にしわを寄せたまま呟いていた。
(あり得ないあり得ないあり得ない……)
今のエンの実力では、こんなこと毛頭できる訳がない。手助けするとすればバンだが、彼に陰陽術は使えない……。ハヤトは全く納得がいかなかった。そして、そんなハヤトをよそに、他の三人はワチャワチャと会話を続けていた。
「ぅぉーいちょっと待てーぃ!」
「あ! ハヤトさんすみません! 嬉しすぎて忘れてました」
「忘れんなよ! ってか俺はこんなの認めないぞ!」
「そ、そんなこと言われてもできちゃったんですもん僕! ……ってことは良いんですよね!? 僕、ナイトメアバスターズ、入隊できるんですよね!?」
「ぐぬぬ……認められない!」
「おいおいハヤト……そりゃないんじゃないか?」
「そうですよ! 約束したじゃないですか!」
そんなやり取りを聞いたアザミがハヤトを見ながら口を挟む。
『ヌシさまぁ。このヒトこわいねぇ』
「うるせぇ!!」
かんしゃくを起こすハヤト。
「ちょっと待て! さっきのは……撤回だ!」
「撤回!?」
「その式神を……」
『あたちはアザミ!』
「そのア ザ ミ を……ちゃんと蝶に戻すまでが一連の儀式だ!」
「そんな! ……“帰るまでが遠足”じゃないんですから!」
「うるせっ! そこまできちんとやってみろ! そしたら……そしたら……」
「そしたら……?」
「……そしたら……しょうがない! 認めてやるよ!」
「よーし!」
エンはその流れで再びアザミに術をかけた。
『出式神(しゅつしきしん)!』
………
……………
…………………
『ヌシさまぁ……どうちたの?』
ところが、アザミは元の蝶に戻らない。
「あ、あれ? もう一回! ……出式神!」
……
…………
………………
『ヌシさまなにちて~んの?』
「あ、あれぇっ!? あれーーーーっつ!?」
しかしエンの想いとは裏腹に、何度やってもアザミを元の姿に戻すことができないのだ!
「出式神! 出式神!」
何度も何度も繰り返すが結果は同じ。アザミはアザミのままだった。
「ぐははははは! できないんだ! できないぞ! はははは!」
大人げなくエンを嘲笑するハヤト。
「……ハヤト……」
そんなハヤトにため息を漏らすバン……。
いつもの様子とは打って変わってこの状況にハヤトは興奮していた。その姿からは、予想だにしない出来事に相当焦っていたことが伺い知れた。
しかし今度は形勢逆転である。術が成功しないエンの方が焦り始めていた。
「出式神! 出式神!」
何度唱えるもやはりアザミは元の蝶には戻らなかった……。
そんな折り、突如事務所にけたたましいサイレンの音が鳴り響く。そしてバンが一台のパソコンに駆け寄ると、モニターを見るや否や表情を固くした。
「ハヤト! 出たぞ魔物だっ!」
その言葉と共に、ハヤトもすぐさま気を引き締め、バンと共に外へと駆けだした。その後をエンも追う。
「あ、待ってください! 僕も行きまーす!」
『ヌシさまあたちもーーー!』
そして、何が起きているのか全く分からぬアザミも、主(あるじ)であるエンの後を追って事務所を飛び出して行くのだった。
つづく!
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