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新世紀陰陽伝セルガイア

第二十五話~山間の邸宅~

前回のおさらい
 
 とあるアパートにて、大家に擬態した魔物を倒すことに成功したナイトメアバスターズ。しかしその戦いにてアザミの失態により、街のあらゆる建物が倒壊してしまった。苦い初デビュー戦となったアザミを気遣い許すエン。しかしそれから幾度となく現場での失態を繰り返すアザミに対し、ついにエンもキツイ一言を言い放つ、「次はないからね」と。そんな折、ナイトメアバスターズの元に再び魔物出現の知らせが入り、一同は急ぎ現場へと向かうのだった。果たしてバスターズとエン、そしてアザミの関係性はどうなっていくのだろうか……。今宵も再び魔物との戦いが始まろうとしていた。


第二十五話~山間の邸宅~


◆半年前・とある山のふもとにて
 
 霧が立ち込めるある薄暗い山の中。一人の男がひざ丈程ある石碑を見つめながら佇んでいた。そしてニヤリと口元を歪めたかと思うと男はおもむろに石碑に手を伸ばし何か事を始めようとした。
 
 するとそこへ、ガサガサと草をかき分けながら何者かが近づいてきた。男はその気配を敏感に察知すると小さく舌打ちし、瞬く間にその場を立ち去った……。
 
 そんな男がいた事などつゆ知らず、先ほどの足音がその石碑へとたどり着いた。それは、中年の男と一人の少女だった。

 男は石碑の存在に気がつくと口を開いた。

「何だ? この石碑は……?」

 そんな男に対して少女が語りかける。

「パパ……なんかここ……怖いよ……」

 男は少女の父親だった。

「そんな事を言うな! 何が怖いものか! ここは父さんが買った山なんだぞ!?」

「……」
 
 この山を買い取った金持ちの男とその娘。彼らはこの日、この山に構える新居の場所を定めようと散策をしていた。そして突如目の前に現れた石碑の存在を初めて知った男は不思議そうに首を傾げると、少しずつそれに向かって近づいて行った……。そして、男がいよいよ石碑に手を伸ばしたその瞬間!

「ダメ!」
 
 突如少女は声を荒げて男を制止した。すると、突然辺りに立ち込めていた霧が一気に晴れ、視界が開けたではないか! 
 
 驚いた男はおもむろに後ろを振り向くと、その目に“ある景色”が飛び込んできた。そこには晴れ渡る青空と眼下に雄大な川が流れていたのである。

「美しい……この山にこんなに美しい景色を眺められる場所があったなんて……」

「パパ……」

「よし決めたぞ! ここだ! ここにしよう!」
 
 この日男はこの場所に新居を構えることに決めたのだった。
 
 そしてそんな光景を木々の間から見つめる者があった。先ほど石碑の前から姿を消した男だ。その男の首にはぐるりと一周“赤い傷”があった……。
 
 それから山を買った男は、娘と地元住民の反対を押し切って謎の石碑を取り壊した約半年後、そこに新居を構えたて住まうのだった……。

◆現在
 
 その日の夜。魔物の反応を追ってこの山にたどり着いたナイトメアバスターズのハヤトとバン、そして跳躍白毫のジャンプ力を活かし急ぎその車を追ってやって来たエンとアザミはその魔物の捜索を開始していた。と言うのも、巨大な魔物の反応があったにも関わらず、たどり着いた時にはもうその反応は消え去っていたのだ。おかしい。バンが造った探知機の反応から考えるに、恐らく近くに巨大な魔物が潜んでいるはず……。ところが今はその反応が全く見られなかった。三人は手分けして辺りをくまなく調べていた。
 
 そんな中、一向に魔物を発見することのできないエンは近くの切り株に腰を下ろすと小休憩のついでにとある呪文を唱え始めた。

「出式(しゅつしき)……。出式……。」

「ヌシさまぁ? なにちてんの?」

「はー。やっぱりダメか……」
 
 ここ最近魔物退治の現場行く先々でアザミの失態を見てきたエン。久しぶりに物は試しと、アザミを蝶の姿に戻そうとしていた。しかしエンの今の霊力では、アザミを自分の都合では元に戻せないようだった……。

「ねぇねぇヌシさま! アタチまだげんきだよ! もっとさがしてくる!」

「アザミ待って! 『次はないからね』って言ったでしょ? お願いだから余計な事はしないで欲しいんだ……」

「うん……。でも、あたちやっぱりヌシさまのやくにたちたい!」

「その気持ちはとっても嬉しいんだけどね……。やっぱり、勝手に動かれると、ちょっと……」

「そっかぁ……。わかった……」
 
 この蝶の式神、アザミが現れるまで、魔物退治が割と上手くいき始めている感覚だったエン。しかしこの式神を上手くコントロールできないことに苛立ちが募っているのも事実だった。エンは風に揺られる草木の間から時折覗かせる夜空を見上げると、「ふー」とひとつと大きなため息をついた……。
 
 そんな折、草木をかき分けてハヤトとバンがやって来た。

「あ! 二人とも!」

「おう」

 ハヤトが返事する。そしてバンはエンに問いかける。

「その様子だと魔物は見つかっていないな」

「はい……。この辺りは大体探しつくしたんですが……。という事は二人も?」

「あぁ、こっちもダメだ。」

「おかしいな。あれほどの巨大な反応が今はさっぱりだ……」
 
 そんな事を話しながら、ハヤトとバンも小休憩を取ろうと腰を下ろした。と、その時だった!
 
ギュイーン! ギュイーン!
 
 辺りにけたたましいサイレンが鳴り響く! バンの探知機だ!

「出たか!?」

 空かさず警戒体制を取るハヤト。しかし、探知機の画面を見つめるバンはいぶかしげな表情をしながら呟いた。

「いや待て、この反応は……」
 
 探知機は明らかに魔物を感知しているにもかかわらず、その画面を見たバンは思わず首を傾げた。

「バンさんどうしたんです?」

「いや、反応が小さい……」

「え?」
 
 それは明らかに、ここへ来る前に現れた反応より圧倒的に小さなものだった。しかしこうして魔物の反応が出ている以上調べないわけにはいかない。一同はすぐさま立ち上がるとその反応に向かって走り出した。

◆山間の川に架かる橋付近にて
 
 走りながら探知機に目をやるバン。反応は微弱でも明らかに魔物の気配を感知している。その証拠に、探知機の地図上に小さな点で示された魔物の存在を表すそれは、少しずつ付近に表示されている橋に向かって動いていた。そしてその現場に近づいてくると、急ぐ三人の荒い息の合間から徐々に別の音が聞こえ始めた。
 
『めろ……! ……やめなさい!』

『おじょうさま……おやめください!』
 
 いよいよその声がハッキリと聞き取れる位置までたどり着いた三人の目に飛び込んできたのは、遠くに見える鉄橋に向かって一歩ずつ歩いていく一人の女性と、そしてその歩みを何としても食い止めようとその女性の両腕を力いっぱい引っ張る二人の大柄な男たちの姿だった。

「ヌシさま! あのひとたちなにちてるの!?」

「分かんない。でも明らかに普通じゃないよね!?」
 
 こんな夜中にただ事ではない雰囲気の人物達。そしてバンの探知機が指し示していたのは、どうやらこの中の橋に向かっている女性のようだった!

 ハヤトは目を丸くし、女性の元へと走りながら、「あの女が魔物なのか!?」とバンに尋ねた。

「いや、分からないが反応は明らかにあの女性から出ている……。それにどう考えてもあの三人の様子、ただ事じゃないだろ!」
 
 バンの言う通りだ。それは明らかに常軌を逸した光景だった。こんな夜中に男二人が大声を上げながら一人の女性の歩みを止めようと必死になっている。しかも大の大人が二人係でその女性の腕を引っ張っているにも関わらず、女性は微塵も抵抗を感じていないかのように橋に向かって歩み寄っているのだ!
 
 いよいよその状況を目前に捉えたハヤトはその瞬間、唐突にセルガイアを覚醒させた!

『開眼っつ!』

「ハヤトさん!」
 
 すると次の瞬間だった。走るエンの目に、女性を抱き抱えて座り込むハヤトの姿が映り込んだ。そしてその周りに、あまりに一瞬の出来事に何が起きたか分からずきょとんとした表情の男二人が佇んでいた。

「はぁ、はぁ、ハヤトさん……。流石……早いですね……」
 
 ようやくその現場にたどり着いたエンはハヤトに言葉をかけた。ハヤトは減速白毫の能力を使い少しの間時間を遅らせ、その間に陰陽術をかけることで女性を気絶させていた。これまでハヤトの戦いの多くを目の当たりにしてきたエンには、今ここで何が起こったのか事の流れが手に取るように伝わっていた。

「はぁはぁ……。ハヤト、コイツ……魔物なのか?」
 
 少し遅れてやって来たバンがハヤトに尋ねる。

「いや、魔物の気は発していたが、コイツ自体はそうじゃないようだ……」
 
 ハヤトの言う通りなのだろう、バンの持つ探知機からはすでに魔物の反応は消えていた……。
 
 そんな中、あまりに一瞬の出来事に呆然としていた男の一人がようやく口を開いた。

「ちょっと、いったい何なんですあなた達!」
 
 その男の風貌は、こんな夜更けに似つかわしくないようなスーツを着こなしており、先ほど荒げていた声から推察すると恐らく執事と思われた。

「それはそれはこっちのセリフだが?」
 
 そんな男に対して無礼などお構いなしに言い返すハヤトの言葉をエンが遮った。

「あ、あの、この人たちはその……医者です!」

 そう言ったエンに感心した様子で、バンが呟く。

(お、分かってきたな?)

 その言葉に照れながら、エンは冷静に男達に質問を投げ掛けた。

「ところでどうしたんですこんな夜更けに……?」
 
 するとその言葉を聞いたもう一人の男がよろよろと地面に腰を下ろしながら口を開いた。

「医者ですか……。それは助かった、ありがとうございます。しかし、今までどんな病院に診せてもお手上げだったのに……さっきは娘に一体どんな手を」

 男に対してハヤトが問いかける。

「そうか、この女性はアンタの娘か」

「はい……」

「……どうやら以前から似たようなことがあって困っていたと見受けられるが……?」

「その通りです。もう困り果ててしまって……」
 
 そう言うと男は地面に頭をつけて苦悶の表情を浮かべた。そしてそんな男の肩に手を差し伸べたエンが口を開いた。

「あ、あの! もう大丈夫ですよ。この人達は普通のお医者さんがさじを投げるような患者さんたちを今まで何人も助けてきた人なんです! 娘さんの事、助けてあげられるかもしれませんよ!」

「何ですって!?」
 
 その言葉を聞くと「ここで話すものなんだ」と、男はバスターズを自宅へと案内した……。
 
 だんだんと辺りの雲行きが怪しくなり、強風と共に空には稲光が走り始めた……。そんな中たどり着いた男の自宅は先ほどの現場からそう遠くない山のふもとにあった。そしてたどり着いたバスターズの目に飛び込んできたのは、周りの大自然とは似つかわしくないような西洋風の大邸宅であった……。

つづく!

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