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新世紀陰陽伝セルガイア

第二十七話~三枚目のお札~

前回のおさらい
 
 雷鳴とどろく雨の夜。西洋風の豪邸へと案内された一同は、いよいよ事件の真相に迫るべく主人から話を聞き出していた。しかし、魔物が関わっているであろうこの事件に対し、主人はオカルトまがいの事は全く信じていない様子だった。そんな中突如邸宅に響き渡る大声。一同がその声の元へと向かうと、主人の娘・香織が自室で再び夢遊病のような状態に陥っていた。ハヤトが香織に陰陽術を施すとようやく彼女は正気を取り戻した。そして話を聞くうちに、どうやら彼女は強い霊感の持ち主であることが分かり始めて……。


第二十七話~三枚目のお札~


◆カオリの部屋にて 
 
 カオリは半年前からの出来事をバスターズに話して聞かせていた。

「あの石碑は絶対に壊しちゃダメってあれほど言ったのに、ここの景色が良いていう理由だけで、パパは地元の人の言う事も聞かないし、私の霊感なんて、私の言う言葉なんて全く聞く耳も持たずにここに家を建ててしまったんです!」

「そうだったんだ……」

 エンは同情の色を見せながら彼女の言葉に耳を傾けていた。

「もう、パパなんて大嫌い! ちょっと人よりお金があるからって全部自分の都合で生きて……。昔から私の考えとか気持ちなんてどうでもいいんです! これから先、私は好きでもない人と結婚しなきゃいけないかもしれないし……」

 その言葉を聞いたバスターズは神妙な面持ちで言葉を詰まらせた。そんな一同の顔色を見てハッと我に返ったカオリは、一連の事件について改めて詳しく語り始めた。

「すみません、話が逸れましたね……。ここに越して来てからというものどうやら私は毎晩あの橋から身を投げようとするらしいんです……。でも、私は全く覚えていないんです……本当にそんなことが起きているのかどうかさえ信じられません……。」 

 そこにバンが腕組みをしたまま合いの手をいれる。

「なるほどな……」

「私は絶対にあの石碑に関係する悪霊の仕業だと思ってるんですが、自分ではどうすることもできなくて……。でも……正直こんなパパの居る人生なんてもう嫌なんです! いっそ……いっそこのまま」
 
 そう言うとカオリの目から再び涙がこぼれ落ちた。そんなカオリを見たハヤトは、突然椅子から立ち上がるとカオリの肩に両の手を追いた。そしてカオリの眼を見つめながら呟いた。

「いいや、命を粗末にするな。俺たちが必ずキミを助ける」

「!!!!」
 
 カオリは、ハヤトのその真剣な眼差しに心動かされた。
 そしてバンがカオリの証言から推察しつつ話を続けた。

「恐らくその石碑に封印されていた魔物の仕業だろうな……。しかしいったいどんなヤツなのか」

「確かに。まだ誰も姿を見ていませんし、一体どこに潜んでいるんでしょうね……?」
 
 エンがそう言い終わると、部屋に何者かの足音が近づいてきた。主人のサトルだ。バスターズに言われた資料を持って戻って来たのだ。

「お待たせしてすみません。これで、よろしいだろうか?」
 
 サトルがそう言おうとした途端の出来事だった! 突然ハヤトはその胸ぐらを鷲掴みにして怒鳴った!

「おいアンタ! 娘の言う事も聞かず何て事をしてくれたんだっ!!」

「えぇっ!?」

「アンタのせいで魔物の封印が解かれたんだぞ! 娘の命はおろか、これからもっと多くの人間の命が危険にさらされるかもしれないんだ! 問題があるのは魔物よりもアンタの方なんじゃないのか!?」

「なっ何をバカな事を! やはりお前たちもペテン師か!? 魔物なんかいる訳ないだろ!」

「この野郎っ!」
 
 ハヤトが思わず拳を振り上げたその瞬間。

「ハヤト落ち着け」
 
 バンの一言がハヤトの拳を間一髪で制止した。
 
 ただ人の命を奪うというだけの“魔物”という存在に敏感なハヤト。主人の言動に拳を振り上げたくなるのも無理はないが、長年の相方の一言で冷静さを取り戻すのだった。

「バン……すまん」

「全く……。腕利きの医者が来てようやく助かったと思ったが、ひどい奴だな……」
 
 悟は掴まれていた胸元をパンパンと手で払うと、ハヤトを睨みつけながらその場に佇んだ。そしてハヤトは悟が持ってきた資料を手に取ると、矢継ぎ早に目を通した。

「やっぱり……」
 
 ハヤトは邸宅の設計図と昔の現地の資料を照らし合わせた。すると香織の部屋のクローゼットと石碑のあった位置が合致したのだ。そして現地の資料には、その石碑にかつて付近の村を荒らした魔物が、一人の陰陽師の手によって封印され“荒神”として祭られていたという事が記されていたのである。

「なるほどな……。封印が解かれて間もない力不足の今、まずは手始めにこの子の命を喰らおうとしていたのか……」

 それを聞いたエンは息を飲んだ。

「そんな……」

 だが、バンはその事実を好機と捉えたようだ。

「それなら都合がいい。そいつが息をひそめている今、もう一度この場所に石碑と同じ効果のあるものを設置して祭れば、俺たちが倒さずとも再び封印できるかもしれないぞ!」

 それを聞いたハヤトは僅かに喜びの表情を浮かべると、早速バンに指示を出す。

「無駄な戦いを避けられるのか……それは良いな。よしバン、早速取りかかろう準備してくれ!」

「了解だ!」
 
 そう言うとバンはおもむろに、とあるデジタル法具の入ったアタッシュケースを開いてその場に広げた。

「うわー! お札がいっぱいだー!」

 アタッシュケースの中には陰陽師に関する知識に長けているエンでも知らない、近代的なデザインのお札がびっしりと詰まっていた。

「どうだ凄いだろ! 俺の力作のデジタル呪符!」
 
 バンはその一枚を手に取ると、指の間に挟みながらピラピラと揺らし、それをエンに得意気に見せびらかした。

「今はまだ開発段階だから実際に使えるのはこの二つだけなんだけどな。一つはこの前矢部駅の踏切りでハヤトが使った“能力転移ノ護符(のうりょくてんいのごふ)”」

「あぁ! あの『人に能力を移せる』ヤツですね!」

「そうだ。そしてもう一つは“封印ノ護符(ふういんのごふ)”。陰陽師による祈祷がなくとも魔物を封印できる強力なデジタル法具だぞ!」

「かっこいいー!」 
 
 そんな光景を見たサトルは「バカバカしい」という言葉だけを残し、いよいよ部屋から出て行ってしまった。

「全くなんて父親だ。結局娘をないがしろにして行っちまった」

 ハヤトがタメ息混じりに嘆く。

「まあまあ……。」

 バンはそう言いながらそんなハヤトをなだめると、気持ちを切り替える意味も込めながら勢いをつけ全員に指示を出す。

「よし、それじゃぁ皆で手分けしてこの大量のお札を全部、部屋の壁にまんべんなく貼りつくしてくれ!」

「了解!」

 こうして『部屋の至るところにお札を張り付けていく』という根気のいる作業が始まった。カオリもバスターズに協力し、皆で手分けして部屋の至る所にお札を貼り付けていくのだった。
 
そんな中、たった一人だけのけ者にされていた。……アザミだ。

「ヌシさまぁ! アタチもてつだいたいよぉ!」

「だーめ。お願いだから大人しくしててよね」

「えー。でもおふだをはるくらいならアタチにもできるよ!」

「そう言って今まで何度も失敗してきたんでしょ? お願いだから邪魔しないで!」

「そんなぁー。ヌシさまのちからになりたいよぉ」
 
 そんなやり取りをする中、次のお札を貼るためにエンが体をひるがえしたその瞬間だった!
 
ゴチーン!

 エンとアザミが正面衝突してしまったのだ。

「痛っつ!」

「おいおい何やってんだよ。もうすぐだから急いで終わらせるぞ」

 ハヤトに叱責されてしまうエン。

「は、はい! (ほらー! 邪魔しないでって言ったでしょ?)」

「ごめんなさぁい」
 
 そう言うとエンは再びお札を貼るために立ち上がりその場を後にした。
 
 すると、エンにぶつかった後地面に座りながら頭をさすっていたアザミは、目の前に一枚お札が落ちているのを発見した。

「あ!」
 
 恐らく先ほどぶつかった拍子にエンが落としてしまった物だろう……。『これを貼ればきっと大手柄』。そう思ったアザミはぶつけた頭の痛みも忘れてそのお札に飛び付いた。そしてそれを拾うと間髪いれず、部屋の壁に貼り付けた……。

◆数時間後
 
 全てのお札を貼り終えた一同は、そのお札の効力が本当に正しく発揮されるか“念のため”、近くに止めていた車の中から一晩カオリの部屋を監視することにした。
 一同は香織と執事に挨拶をすると邸宅を後にして車に乗り込んだ。
 バンがカオリの部屋に置いてきたデジタルキョンシーは部屋を満遍なく監視し、その映像がリアルタイムで車中のナビゲーションモニターに映し出されていた。そして一同はそのモニターを時間交代制にして監視しているのだった。その順の一番手だったハヤトの監視の時間はすでに終わり、彼は英気を養うため後部座席で寝息を立ている。今はエンの番だった……。

「……」
 
 食い入るようにモニターを見つめるエン……。そこに映し出されているカオリはスヤスヤと寝息を立てながら落ち着いた様子で眠りについている。ハヤトの監視の時間から現在に至ってもこれという変化は見られない。バンによって開発されたお札の効力はやはり強力のようだ、おそらく魔物を封印できただろう……。しかし“万が一”という事もあり得る。エンは与えられた仕事を完遂すべく、バンへの交代時間まで懸命にモニターを監視してるのだった。

「……」
 
 そして時は経ち、エンの監視時間も終わりを向かえた。そんな彼から仕事を引き継ごうとバンが声をかける。

「おいエン。もういいぞ、そろそろ交代の時間……って、うおっ!?」
 
 バンはエンの顔を見て驚いた。両目を血走らせながら鬼のような形相で、そのまぶたを必死に両手の指でこじ開けているではないか。

「あ、バンさん! 流石バンさんの造ったお札ですね。何事もありませんでしたよ!」

「ははっ。ハヤトには『エンには任せるな』と言われてたが、お前を信じて良かった。おかげで良く眠らせてもらった、ありがとう。それじゃ交代だ」

 バンがそう言った途端

グゴー! グガー!

 凄まじい寝息を立ててエンは眠りについた。

(よっぽど眠かったんだな……。まぁもう3時だし良く頑張ってくれた……。さてとあとひと踏ん張り。今度は俺が頑張りますか)
 
 バンはそう呟くと、両手の指を交差させたまま身体の前方に両腕をグッと突き出しストレッチした。更に両手で頬をパンと叩いて威勢をつけると、いよいよエンに代わってモニターを監視し始めるのだった……。

◆ほどなくして
 
 どれ程経ったであろう……。このまま何事もなく朝を迎えると思っていたのだが、突如モニター内に変化があった。突然カオリがむくりと起き上がったかと思うとその部屋を後にしてどこかへと歩き出したではないか!

「なっ!?」
 
 バンは「まさか自分が造ったお札では魔物を封じることができなかったのか!?」と、思わず身を乗り出して画面を見つめた。しかし急くのはまだ早い。ただ手洗いに起きたという可能性もあるのだ。そこでバンは部屋に残してあったデジキョンに指示を出し、カオリの後を追わせることにした。
 しかし、バンの言い知れぬ胸騒ぎは的中した。カオリは手洗いの場所を通り過ぎると、なんと裸足のまま家の外へと出てしまった!

「くそっ! マズいな……!」
 
 その声に驚いたハヤトとエンそしてアザミは、とっさにバンの見つめるモニターに目をやった。そして一同は、バンの指示によって今度はカオリの部屋まで戻るよう指示をだされたデジキョンから送信されてきた映像に目を疑った。

「ん!? 何だこのお札は!?」
 
 思わず声をだすハヤト。なんと壁の一部に見覚えのないお札が張られているではないか。すると、それに唯一見覚えのある者が声を上げた。

「あ、アタチがはったやつだよ!」

「何っ!?」
 
 一同はその声に驚愕した。
 そのお札には北斗七星を模った紋様と蝶の様な印があしらわれており、明らかにバンの造ったお札と違うものだった。ハヤトは慌ててアザミを問いただす。

「何だって!? こんなお札いったいどこから!?」

「おちてたからはったんだよ! ヌシさまとぶつかったときおちちゃったから!」

「何だと!?」

 そしてこの状況に脂汗をかきながらバンが答える。

「恐らくこのせいだ……。このお札のせいで俺のお札が正常に作動してないんだ!」

 またしてもアザミの行動によって事態は悪い方向へと向かってしまっているようだ。これに対しいよいよエンはアザミを叱責した。

「アザミ! だからあれほどよけいな事はするなって言ったのに!」

「で、でも、おふだがおちてたから……」

「もう! 一体どこからこんなお札を!?」

「ま、まって、アタチしらない、アタチちからになりたくて、だから……だから……! アタチこんなおふだしらないもん! うわぁぁぁあん!」

「あっ!」
 
 そう言うとアザミは大粒の涙を流しながら、突然どこかに飛び去ってしまうのだった。

 ……そうこうしているうちに、刻一刻とカオリはまた夢遊病の様な状態で橋へと向かって歩みを進めてしまっていた! 
 一同はすぐさまカオリを追いかけた。セルガイアの能力で真っ先に彼女に追いついたハヤトは、恐らく魔物によって操られているであろうカオリを再び正気に戻そうと数回彼女に施してきた術を再びかけようとした。その時だった!
 
ギンっつ!
 
 カオリは手を差し伸べたハヤトの顔を物凄い形相で睨めつけると、突然数センチ程体を宙に浮かせたではないか! そして直立姿勢のまま物凄いスピードで移動したかと思うと、なんといきなり鉄橋の上までたどり着いてしまったのだ!
 
 恐らくこのままでは、カオリは魔物に誘われたまま橋からその身を投げてしまう! しかし能力を使ってしまったばかりのハヤトが再び減速の能力を行使するには暫し時間がかかってしまう! 三人はとにかく急ぎカオリのいる鉄橋へと全速力でひた走るのだった!

つづく!

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