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新世紀陰陽伝セルガイア

第二十九話~川底の大怪異~

前回のおさらい
 
 実態の掴めない魔物からの誘いによって鉄橋の欄干から今にも川底に落ちようとしているカオリを救うべく、一同は渾身の力を込めてその体を引き上げようと奮闘していた。そんな中現れたアザミの助太刀によって、ほんの一瞬カオリの身体が軽くなった。ところが、そんなアザミに対して「どうして来たんだ」と強い口調で一蹴したエン。アザミは再び涙を流しバスターズへの加勢を辞めた。その瞬間だった。カオリの身体は再び一気に重くなり支えきれなくなった一同の手を離れ、彼女はとうとう橋から転落してしまうのだった!


第二十九話~川底の大怪異~


◆深夜の鉄橋にて
 豪雨降りしきる深夜の鉄橋。カオリはついにそこからから川底めがけて落下してしまった! 

「しまった!」

 それを見たエンは咄嗟に自らのセルガイアの力を駆使し、凄まじき跳躍力で橋の欄干を蹴った! そして落下するカオリめがけて急降下した!

「カオリさー---んっ!!」
 
 ところがカオリの落下の速度に追いつかない! だが空中に身を放っている今の状態では、これ以上落下の速度を上げる手立てが見当たらない!

(くそっ!)
 
 最悪の未来が頭を過り眉をひそめるエン。その間にもみるみる眼下の川が近づいていく! その時だった!

「ハッ!」
 
 鉄橋の上からその様子を見ていたハヤトが状況を察し、エンに向かって“ある物”を飛ばしたのだ! その瞬間!

「えっ!?」
 
 エンは背中に得体のしれない衝撃を感じたかと思うと、突如自分の周りの景色がスローモーションの様に映し出されたではないか!

「これって! 力転符(りきてんふ)!!」
 
 そう、ハヤトはエンに向かって一時的に他人に能力を移すことのできる“能力転移ノ護符(のうりょくてんいのごふ)”を投げ放ったのだ!!

「ハヤトさん、ありがとうございます!」
 
 するとエンはみるみる内に、落下するカオリへと追いついた。そして見事その身体をキャッチしたのだった! 
 エンは安堵すると落下したまま空中でカオリの身体を抱きかかえる体勢を取った。
 
 お札の効力は切れ、再び落下の速度が元に戻る。そんな中、カオリはいよいよ意識を取り戻した。

「……。ここは……?」

「カオリさん! もう大丈夫です!」
 
 エンはカオリにそう伝えるとこの後の地面への落下の衝撃に耐えられるようクルリと身を翻して体制を整えた。
 
……その時だった!
 
グギャォォォオオッツ!

「なっ!?」
 
 眼下に広がる川底から、ついにこの件の元凶である魔物が姿を現したのだ! それはまるでクジラの様な姿をした超大型の魔物だった!

(こいつが元凶だな!)
 
 エンはその魔物を瞬時に観察した。その身体は薄く透き通っていた。あれほど探索しても見つけられなかったのは、この見た目で川に溶け込んでいたからだったのだ。
 そんな事を思ったのもつかの間、落下する二人目がけて魔物が飛び掛かって来た! そしてその巨体で二人に体当たりを仕掛けてきたではないか!
 
ザバァァァアン!!

「うわあっつ!」
 
 そしてついに魔物の巨体が二人の体にぶち当たり、あろうことかその衝撃でエンはカオリを手放してしまった!

(ああっつ!)
 
 魔物は巨大な水しぶきを上げながら、再び川底へと潜り込んでいく……。そして再び空中で散り散りになってしまった二人はまたしても急降下して行った!

「きゃぁぁぁあああああ!」

「カオリぁぁぁぁあああああん!!!!」

 意識を取り戻しているカオリは恐怖した。それだけではない。更にその恐怖を助長させる事態が起きていた。魔物の体当たりの衝撃でカオリの落下先がズレてしまっていたのだ!
 一体それの何がマズいのか……。先程までの落下のコースなら、下には川の水が広がっていた。つまりほんの僅かもしれないがそこに落ちれば助かる可能性が残っていたのだ。しかし今度彼女を眼下で待ち構えるのは、ところどころ砂利が見え隠れするような“浅瀬”だったのである!

(そんなっ!)
 
 エンの脳裏に再び最悪の未来の映像が過った! このままではカオリの命が……! それにもし彼女が魔物に喰われてしまえば、それは力をつけて更に多くの被害者を出していくだろう……。

(何か、何か打つ手は……!?)
 
 絶望の中、エンはふとある事を思いつく。

「そうだ!このお札!!」
 
 エンは自らの背中に貼りついていた“能力転移ノ護符”をはがし取ると、見よう見真似でハヤトの様にやってみた。

(僕の跳躍の力を……香織さんに!!)
 
 エンは祈りを込めてお札を自らの額にあてがうと、直後それを香織めがけてビュンと空を切る音と共に投げ放った! すると! 見事それは香織の身体に貼りついた! 
 ……しかしまだ安心はできない、跳躍白毫の能力は、大地にしっかりと足で着地しなければその衝撃にその身が耐えられないのだ! 咄嗟にエンはカオリに向かって呼びかける!

「香織さーん! 足で着地してくださーい!!」
 
 すると香織はその声に応えるように身をひるがえすと、迫りくる大地に向かって足を向けた! その瞬間! ズダーン!! という轟音と共に凄まじい砂埃と水しぶきを上げながら、彼女は無事地面に着地することに成功したのだった!

「やったーー!」

 嬉しさのあまり歓喜の声を上げるエン。彼もカオリの傍へと着地すると、彼女を安心させようと近づき声をかけた。

「香織さん……よかった……」
 
 ところがだった。カオリは対面するエンに向かい、何故か恐怖の表情を浮かべていた。何事かと気になっていると、彼女はそのまま、恐れ凍りついたような表情でエンの背後を指さした。思わず振り向くエン。すると……

「なっ!?」
 
 何と、エンの背後であの巨大な魔物が口を開いて襲い掛かろうとしていたのだ!

(マズイ!!)
 
 エンが危機を悟ったその瞬間だった。

『アビラウンケンソワカっつ!』
 
 川沿いの土手に移動していたハヤトが、魔物に向かって遠距離攻撃の真言波を放ったのだ!
 
 ズドーーーーーン!!
 
 ハヤトが放った光球は見事魔物に直撃し、強大な霊力を纏ったそれは魔物の巨体を空中へと弾き飛ばした! そしてハヤトガ叫ぶ!

「エン! 今だっやれっつ!!」
 
 その言葉に応えるように、エンは魔物と共に空中へ飛び上がり次の瞬間!!
 
ズバババババッツ!!
 
 魔物の身体をエンの神器が切り裂いた……。
 
 こうして今宵の闘いは終わった。魔物は光の粒となって消えて行く……。エンはようやく心底安堵し、微笑みながら川へと落ちて行った。そしてやがてその水の中に包み込まれていくのだった……。

◆少し経ち
 
 エンはカオリと共に川を泳ぎ、びしょ濡れの身体で岸へと辿り着いた。そこにはハヤトとバン、そしてカオリの父・サトルが待っていた。

「パパ!」
「カオリ!」
 
 そう言って二人は走り出すと、お互いの身体を抱きしめ合った。そして、サトルはカオリに対し、涙を流しながら今までの事を詫びた。
 そんなサトルに対し、ハヤトが訴えた。

「おいアンタ……改めて言わせてもらうぞ。これで分かっただろ、アンタの娘の霊感は本物だ!」

「……そのようですね……」

「そしてアンタが近隣の住民の言葉を……彼女の言葉を信じなかったばっかりに、この子は危うく命を落とすところだったんだ! それだけじゃない、仮にこの子があの魔物に喰われてしまえばアレの特性から察するに、恐らく更に次々と人を喰らい力をつけ、仮に大陸間を横断すればその被害は他国にまで及ぶ可能性すらあったんだぞ!」

「そう…だったんですね……」

「……まあ、もう済んだことだ。とにかくこれからはアンタの独りよがりな考えは引っ込めて、他人の言葉に、娘の想いに耳を傾け寄り添ってやることだ……。さもなきゃ今度こそこの子は自らの手で命を絶つかもしれないぞ……」
 
 魔物の存在を目の当たりにし、そしてハヤトのその言葉を聴いた悟は心底反省していた……。

「本当に、申し訳ありませんでした……。そして、ありがとうございました。ありがとうございました!」
 
 彼はそう言っ深々と頭を下げた。

「どこのどなたか存じませんが、本当にありがとうございました」
 
 そして香織もそれにつられるようにギュッと目を瞑りながらバスターズに深々と頭を下げた。
 
 その後、すこし遅れて執事がやって来た。カオリとサトルはそんな彼に連れられて降りしきる雨の中、体を丸めながら帰路へと就くのだった……。

 その光景を安堵の表情で見送ったエン。そんな彼の元へ、ほの明るい光の筋が近づいてきた。アザミだった……。

「……ヌシさま……」
 
 アザミは申し訳なさそうに、か細い声でエンに話しかけた。許してほしかったのだ。
 しかし、そんなアザミ対し、エンは再び冷たくあしらった。

「アザミ……。ハヤトさんの言葉聞いたよね!? アザミが貼ったお札のせいで、危うく大惨事になるところだったんだよ!? あれ程よけいな事はするなって言ったのに! もう本当に、毎回毎回いい加減にしてよ!」

「!!!!」
 
 その言葉を聞いた途端、アザミは大声で泣きだした。そしてついに、どこか遠くへと飛んで行ってしまうのだった。

 エンにはもちろん後ろめたい気持ちもあった……。しかしそれ以上に、大惨事になる寸前だったことに対し、ハヤトへの謝罪の気持ちが強かった。彼はきもちを切り替えると、直ぐ様ハヤトに詫びを述べた。

「ハヤトさんすみませんでした……。これで少しは頭を冷やしてくれるといいんですが……」
 
 すると、ハヤトの口から何やらボソボソと小さな言葉が返って来た。

(……これで少しは俺の気持ちが分かったか?)

「……え?」
 
 そして次の瞬間、ハヤトは強い口調でエンを叱責した!

「見損なったぞエン!」

「えぇっ!?」

「最近のアザミへのあの態度は何だ!? “お前の”式神だろ!?」

「っ!!!!」

「お前も香織の親父と同じだ! 自分の式神をどうして信じてやれない!!!?」

「……」

「残念だ。最近のお前の活躍ぶりを、それに式神を自分の力で出せる程になっていたことを俺は正直評価し始めてたんだぞ……! それなのに、ここ最近のお前ときたら……」

「……ハヤトさん……」

「いいかハッキリ言うぞ。やっぱりお前をナイトメアバスターズの一員として迎え入れる気は無い!」

「!!」

「それだけじゃない! 自分の式神を信じることもできずうまく扱うこともできない……。お前はな“陰陽師すら失格”だ!!」

「!!!!!!!!」
 
 ハヤトはそれを言い残すと、豪雨の中車へと向かって歩き出した……。そんな彼の背中を見て、小声で「ハヤト……」と呟くバン。

 そしてエンも声にならない声で去り行くハヤトに向かって手を伸ばした。しかし、ハヤトが振り向くことはないと容易に悟った彼は、救いの手を求めてバンに目配せをした。
 するとバンはおもむろに自らの懐をまさぐったかと思うと、エンに何かを手渡してきた。

「悪いなエン……。正直今回の件、これ以上のお節介はできない……」
 
 それは、くしゃくしゃに折りたためられた数枚の紙幣だった。

「足代だ……。じゃあな……」

「……バンさん……」
 
 こうしてバンも、ハヤトの向かう車へと足を向かわせるのだった……。

 その後エンはただ一人その場に取り残され、暫くの間遠くなる二人の背中を見つめていた。辺りにはただただ、降りしきる雨の音だけが鳴り響いていた……。

つづく

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