前回のおさらい
実態の掴めない魔物からの誘いによって鉄橋の欄干から今にも川底に落ちようとしている香織を救うべく、一同は渾身の力を込めてその体を引き上げようと奮闘していた。そんな中現れたアザミの助太刀によって、ほんの一瞬香織の身体が軽くなった。ところが、そんなアザミに対して「どうして来たんだ」と強い言葉で一蹴したエン。アザミは再び涙を流して加勢を辞めた。その瞬間だった。香織の身体は再び一気に重くなり、支えきれなくなった一同の手を離れ、とうとう橋から転落してしまうのだった。
◆豪雨降りしきる深夜の鉄橋にて…
香織がついに鉄橋から落下してしまった!「ヤバイ!」それを見たエンはとっさに跳躍の能力で欄干を蹴ると、香織めがけて急降下した!!
エン 「香織さー---ん!!!」
ところが香織の落下の速度に追いつかない!!だが空中に身を放っている今の状態では、これ以上落下の速度を上げる手立てが見当たらない!!
エン 「(くそっ!!)」
最悪が頭を過り眉をひそめるエン…。その間にもみるみる眼下の川が近づいていく…。その時だった!!
ハヤト 「はっつ!!」
鉄橋の上からその様子を見ていたハヤトが、状況を察しエンに向かってある物を飛ばした!!その瞬間!!
エン 「!!??」
エンは背中に得体のしれない衝撃を感じたかと思うと、自分の周りの景色がスローモーションの様に映し出されたではないか!
エン 「これって!!」
そう、ハヤトはエンに向かって一時的に他人に能力を移すことのできる“力転移ノ護符(りきてんいのごふ)”を投げ放ったのだ!!
エン 「ハヤトさん、ありがとうございます!!」
エンはみるみる落下する香織に追いつき、見事香織の身体をキャッチした!!エンは安堵すると香織の身体を抱きかかえた。
お札の効力が切れ、再び落下の速度が元に戻る。そんな中、香織はふと意識を取り戻した。
香織 「…。ここは…?」
エン 「香織さん、もう大丈夫ですよ…。」
エンは香織にそう応えると落下の衝撃に耐えられるよう体制を整えた。
その時だった…!!
グギャォォォオオッツ
エンと香織「!!!???」
眼下に広がる川底からついに魔物が姿を現した!!まるでクジラのような姿をした巨大な魔物だった!!
エン 「(こいつが元凶か!!)」
その身体は薄く透き通っていた。あれほど探索しても見つけられなかったのは、この見た目で川に溶け込んでいたからだった。
そんなことを思ったのもつかの間、落下する二人目がけて魔物が飛び掛かって来た!!そしてその巨体で二人に体当たりを仕掛けてきたではないか!!
ザバァァァアン!!!!
「うわあっつ!!」
そしてついに魔物の巨体がぶち当たり、その衝撃でエンは香織を手放してしまった!!
エン 「(あっつ!!)」
魔物は巨大な水しぶきを上げながら、再び川底へと潜り込んでいく…。そして空中で散り散りになってしまった二人は再び急降下して行った!!
香織 「きゃぁぁぁあああああ!!!」
意識を取り戻している香織は恐怖した。そして魔物の体当たりの衝撃で先程とは落下の位置がずれ、香織の眼下にはところどころ砂利が見え隠れするような浅瀬が広がっていた!!
エン 「(そんな!!)」
エンの脳裏に再び最悪の事態がよぎる…。このままでは香織の命が…!それにもし香織が魔物に喰われてしまえば、魔物は力をつけて更に多くの被害を出していくだろう…。
エン 「(何か…何か打つ手は…!!)」
絶望の中、エンはふとある事を思いつく。
エン 「そうだ!このお札!!」
エンは自らの背中に貼りついていた“力転移ノ護符”をはがし取ると、見よう見真似でハヤトの様にやってみた。
エン 「跳躍の力を…香織さんに!!!」
エンは祈りを込めてお札を額にあてがうとその直後、それを香織めがけて投げ放った!!
ビュンッ!!
すると見事、それは香織の身体に貼りついた!!!しかしまだ安心はできない、跳躍白毫の能力は、足で着地しなければその衝撃に耐えられないのだ!咄嗟にエンは呼びかける。
エン 「香織さーーーーーん!!足から着地してーーーーー!!!」
香織はその声に応えるように身をひるがえすと、迫りくる大地に向かって足を向けた!!その瞬間!!
ズダーーーーーン!!!!
凄まじい砂埃と水しぶきを上げながら、香織は無事地面に着地することに成功した!!!
エン 「やったーーーー!!!」
そしてエンも香織の傍へと着地すると、安心させようと近づき声をかけた。
エン 「香織さん…。よかった…。」
ところが、対面するエンに向かって恐怖の表情を浮かべる香織。何事かと気になっていると、香織はそのままの表情でエンの背後を指さした。
エン 「!!!」
何と、エンの背後で巨大な魔物が口を開いて襲い掛かろうとしていたのだ!!!
エン 「(ヤバイ!!)」
エンがそう思った瞬間。
ハヤト 「アビラウンケンソワカ!!!!」
川沿いの土手に移動して来たハヤトが、魔物に向かって遠距離攻撃である真言波を放ったのだ!!
ズドーーーーーン!!!
強大な霊力をはらんだ光球は見事魔物に直撃し、その巨体を空中へと投げ出させた!!
ハヤト 「エン!!今だっつ!!!」
その言葉に応えるように、エンは魔物と共に空中へ飛び上がった!!そして次の瞬間!!!
ズバババババッツ!!!!
魔物の身体を白毫神器が切り裂いた…。
闘いが終わったのだ…。魔物は光の粒となって消えて行く…。こうしてエンはようやく心底安堵しながらやさしく落下し、川の水に包まれていった…。
◆少し経って…
エンは香織と共に川を泳ぎ、びしょ濡れの身体で岸へと辿り着いた。そこにはハヤトとバン、そして香織の父・悟が待っていた。
香織 「パパ!」
悟 「香織!!すまない…すまなかった…!!」
そう言って二人は走り出すと、お互いの身体を抱きしめた。
そんな悟に対し、ハヤトが訴えた。
ハヤト 「おいアンタ…改めて言わせてもらうぞ。これで分かっただろ、アンタの娘の霊感は本当だ!!」
悟 「…そのようですね…。」
ハヤト「そしてアンタが近隣の住民の言葉を…香織の言葉を信じなかったばっかりに、この子は危うく命を落とすところだったんだぞ!!それだけじゃない、仮に香織があの魔物に喰われてしまえばアレの特性から察するに、恐らく更に次々と人を喰らい力をつけ大陸間を横断し、その被害は他国にまで及ぶ可能性すらあったんだ!!!!」
悟 「!!」
ハヤト 「…まあ、もう済んだことだ。とにかくこれからはアンタの独りよがりな考えを引っ込めて、他人の言葉に、娘の想いに耳を傾け寄り添ってやることだな…。さもなきゃ今度こそこの子は自らの手で命を絶つかもしれないぞ…。」
魔物の存在を目の当たりにし、そしてハヤトのその言葉を聴いた悟は心底反省していた…。
悟 「本当に、申し訳ありませんでした…。そして、ありがとうございました。ありがとうございました…。」
そう言って深く頭を下げた。
香織 「どこのどなたか存じませんが、本当にありがとうございました。」
そして香織もそれにつられるようにギュッと目を瞑りながら深々と頭を下げた…。そしてすこし遅れてやって来た執事に連れられ、降りしきる雨の中体を丸めながら帰路へと就いた…。
エン 「(よかった…。)」
そんな光景を眺めていたエンの元へ、ほの明るい光の筋が近づいてきた。アザミだった…。
アザミ 「…ヌシさま…。」
アザミは申し訳なさそうに、か細い声でエンに話しかけた。許してほしかったのだ…。しかし、そんなアザミ対し、エンは再び冷たくあしらった。
エン 「アザミ…。ハヤトさんの言葉聞いたよね!?アザミが貼ったお札のせいで、危うく大惨事になるところだったんだよ!!?あれ程よけいな事はするなって言ったのに!!もう本当に、毎回毎回いい加減にしてよ!!!」
アザミ 「!!!」
その言葉を聞いた途端アザミは大声で泣きだし、ついにどこか遠くへと飛んで行ってしまった。
エン 「ハヤトさんすみませんでした…。これで少しは頭を冷やしてくれるといいんですが…。」
そして、エンがハヤトに話しかけると、やにやらボソボソと言葉が返って来た。
ハヤト 「(…これで少しは俺の気持ちが分かったか?)」
エン 「…え?」
そして次の瞬間、ハヤトは強い口調で叱責した!
ハヤト 「見損なったぞエン!!」
エン 「!!?」
ハヤト 「最近のアザミへのあの態度は何だ!?“お前の”式神だろ!!!」
エン 「!!!」
ハヤト 「お前も香織の親父と同じだ!!自分の式神をどうして信じてやらない!!」
エン 「…。」
ハヤト 「残念だ…最近のお前の活躍ぶりを、それに式神を自分の力で出せる程になっていたことを俺は正直評価し始めてたんだ!!それなのに…ここ最近のお前ときたら…。」
エン 「…は、ハヤトさん…。」
ハヤト 「いいかハッキリ言うぞ。やっぱりお前をナイトメアバスターズの一員として迎え入れる気は無い!!」
エン 「!!!」
ハヤト 「それだけじゃない!自分の式神を信じることもできずうまく扱うこともできない…。お前はな…。」
『陰陽師すら失格だ!!!』
エン 「!!!!!」
ハヤトはそれを言い残すと、豪雨の中を車に向かって歩き出した…。
バン 「ハヤト…。」
エン 「(は、ハヤトさ…。)」
声にならない声でハヤトに向かって軽く手を伸ばしたエン。しかし、ハヤトが振り向くことはないと容易に悟った彼は、救いの手を求めてバンに目配せをした。
するとバンはおもむろに自らの懐をまさぐったかと思うと、エンに何かを手渡してきた。
バン 「悪いなエン…。正直今回の件、これ以上のお節介はできない…。」
それは、くしゃくしゃに折りたためられた数枚の紙幣だった。
バン 「足代だ…。じゃあな…。」
エン 「…バンさん…。」
そしてバンも、ハヤトの向かう車へと足を向かわせるのだった…。
エン 「……。」
エンはただ一人その場に取り残され、暫くの間遠くなる二人の背中を見つめていた…。辺りには降りしきる雨の音だけが鳴り響いていた…。
つづく