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新世紀陰陽伝セルガイア

第三十一話~君が為の想い~

前回のおさらい 

スズネには、本人にも知られざる秘密があった。彼女は渡良瀬ノ巫女(わたらせのみこ)という存在であり、その血には『寿命の半分と引き換えに死者を甦らせる力』があるという。そして昨今頻出するようになった魔物たちは、どうやら彼女の血を求めているらしい。その事実を知ったエンは彼女の住まう屋敷へと急ぐのだった。 

第三十一話~君が為の想い~ 

◆鎌倉市内某所 

 エンは急いでいた。ヤクモから言い伝えられた事を一刻も早くスズネに伝える為だ。自らのセルガイアの能力である跳躍力も駆使しながら、彼女の住まう屋敷へとひた走っていた。 

 辺りは既に夕闇に包まれ薄暗く、連日続く怪しい雲行きの隙間からは昨晩と同じように時折稲妻の閃光が走っている…。そんな道中、彼はスズネに伝えるべき内容を幾度となく呟きながら、迅速かつ確実に伝えられるよう反すうしていた。 

エン 「(夜野さん、驚かないで聞いて欲しい。君は渡良瀬ノ巫女っていう特別な存在なんだ。君に流れるその血には、死者をあの世から甦らせる力がある。君が今まで魔物に襲われてきたのはこれが原因なんだ。そして魔物はその血を狙ってる。だからこれからは細心の注意を払って過ごして欲しいんだ…。そして、僕はその魔物を倒せる力がある!だから安心して!今までもそうしてきたように、君の事は必ず僕が護るから!!)…よし、これでいいよね。」 

  

こうして徐々に、スズネの屋敷に近付いて行った。 

◆鈴音の屋敷 

  

いよいよスズネの屋敷がその目に飛び込んできた。跳躍の能力で高く飛び上がっていたエンは、その屋敷の門がある方の塀の付近にある十字路目掛けてスタっと着地した。そしてこんな事を呟いた。 

エン 「(とうとう来ちゃった…。ここがそうか。噂通り大きい屋敷だなぁ…。)」 

  

好きな人の家なのに、エンがこの場所に訪れるのは初めてだった。場所こそ知れど、好きな人の家だからこそエンの性格では『恐れ多くて』近付けなかったのだ。そしてエンの言葉通り、スズネの住む屋敷はとても大きく立派な佇まいだった。 

 エンは意を決すると、入り口の門に向かって力みながら一歩踏み出そうとした。 

その時だった。エンの目に、その門の前に佇む一人の人間の姿が写り込んだ。 

エン 「あれ?…桐谷くん?」 

 それは、いつもエンの事をいびってくる同級生だった。彼は亡くなったエンの親友・舞人(まいと)に代わり、現在スズネの許嫁だった。だからこそこの屋敷に来ていても何ら不思議ではないのだが…何やら様子がおかしい。近付きながら目を細めてよく見てみると、キリヤは軽くうつむきながら若干そのばでゆらゆらと揺れている…。異様な光景だ…。 

門までの長い道のりを塀に手を当て滑らせながら進んでいくと、エンの耳にこんな声が聞こえてきた。 

??? 「スズネ様が参りました。」 

スズネ 「キリヤくん?…こんな時間にどうなさいました?」 

キリヤ 「……。」 

 エンの歩いている場所からはまだ門の中は見えなかったが、恐らく以前出会った付き人の陰陽師に促されるように玄関から出てきた鈴音の声だろう…。しかし、その声に対してキリヤは無反応だった。それどころか先程と同じようにうつむきながら、やはりその場でゆらゆらと揺れているばかりだった。 

スズネ 「キリヤ…くん…?」 

 スズネがキリヤに近づく足音が聞こえた。その瞬間だった!! 

バキ…バキバキ!!ボキッツ!! 

スズネ 「きゃぁぁぁああっつ!!!」 

エン 「えぇっ!!?」 

 骨がおれるような鈍い音を立てながら、桐谷の体がみるみるうちに全く違う形に変貌を遂げたではないか!!魔物だ!!しかもエンはそれと似た姿を以前目の当たりにしていた!!深夜の廃工場に桐谷達と肝試しに行った際に遭遇した魔物と酷似しているのだ!!巨大な4本の足の中心にそれを支えにし、まるで首をくくるような形で桐谷の体だけがブラブラとぶら下がっている!その姿を見たエンは瞬時に悟った! 

エン 「倒したと思ったあの時の魔物、桐谷に取り憑いてたんだ!!」 

 スズネの付き人である陰陽師、土御門町京介(つちみかどきょうすけ)はスズネを背後にかばう形で瞬時に応戦体制を取った。しかし、どんなに霊力の高い陰陽師でも魔物を倒すことはできない!! 

エン 「夜野さーーーーーん!!!」 

エンは空かさずセルガイアの武器“白毫神器(びゃくごうじんぎ)”を現出させると、キリヤに取り憑いた魔物を倒すべく大地を蹴った!! 

魔物 『ミコノチィ…ミコノチィ…』 

スズネ 「きゃぁぁああああ!!!」 

 やはり魔物はスズネの血を狙っているようだ! 

エン 「うぉぉおおおおお!!!」 

 跳躍の能力で空中に飛び上がったエンは屋敷の門を飛び越え、手にした刀を地面に向かって突き立てた!そしてスズネに襲いかかろうとする魔物の頭上から急降下した!! 

ザシュッ!!! 

 しかし魔物はその攻撃をかわし、枯山水のある屋敷の庭へと移動した! 

エン 「くそ!避けられた!!」 

 そう言いながらエンはキョウスケとスズネの眼前に着地した。 

スズネ 「あ、貴方は!!」 

キョウスケ 「あの時の!!」 

 その言葉を聞く空きもなく、エンは逃げた魔物を素早く追いかけた。 

 雷鳴轟き閃光が走るなか、魔物とエンは枯山水の中心で対峙した。そして暫く互いに睨み合った後、魔物は巨大な足を持ち上げると、瓦屋根に登り逃走を図った。 

エン 「待てっつ!!」 

 エンは空かさずその後を追いかけ屋根目掛けてジャンプした。そして、瓦屋根の縁からスズネ達の方に一瞬だけ顔を覗かせると、「大丈夫!僕が何とかするからね!」とだけ言い残し、再び魔物を追いかけた! 

 魔物は屋根を乗り越えると、屋敷の反対側へと逃げ込んだ。先程よりも狭い場所だったが、エンはその場所で決着を着けるべく再び魔物に立ち向かった。魔物の長い四本の足による攻撃に翻弄されながらも、本体である中心にぶら下がるキリヤの体を切り付け分離させようと試みた!! 

 そして一瞬の隙をつき、エンはいよいよ渾身の力で魔物に切りかかった!! 

エン 「てやぁぁああっ!!!!」 

◆エンが屋根へと消えてから… 

 スズネとキョウスケは咄嗟の事にうろたえながらこんな会話を繰り広げていた。 

キョウスケ 「お嬢様、お怪我はございませんか。」 

スズネ 「ええ、案ずるには及びません。しかし、どうしてキリヤくんがあの化け物の姿に!?ワタクシは以前あれと同じ姿の化け物を目の当たりにしております!それに、どうしてあれはワタクシを狙うのですか!?」 

キョウスケ 「お嬢様…それは…」 

スズネ 「キョウスケさん、何か知っているのですね!?」 

キョウスケ 「申し訳ございませんが今すぐにお答えすることはできかねます…。」 

スズネ 「なにゆえです!?」 

キョウスケ 「と、とにかくお嬢様ここは危険です!一刻も早くこの場を…。」 

 キョウスケはスズネを逃がすべくそう切り出したその時だった。 

キョウスケ 「ん…?」 

  

 キョウスケはある事に気がついた。静かだ…。先程の喧騒が嘘のように静まり返っている。 

スズネ 「あの少年、また化け物を倒してくださったのかもしれませんね!!」 

 互いに安堵の表情を浮かべると、その事実を確認すべく魔物とエンの音が消えていった屋敷の反対側へと足を向かわせた。 

ジャリッジャリッ 

 足音を立てながら裏庭に近付いた2人は、魔物を倒した少年に感謝の言葉を伝えようといよいよ家の角を曲がってその場所を覗き込んだ。その時だった。 

スズネ 「きゃーーーーーー!!」 

 雷の閃光の合間突如スズネの目に飛び込んできたのは、キリヤの体を刀で串刺しにしているエンの姿だった! 

エン 「し、しまった!!」 

 それは、先程エンが渾身の一撃を放った瞬間の出来事だった。魔物は間一髪の所で咄嗟にキリヤの体を分離した。その結果、エンの刀はキリヤの体だけを貫いてしまったのだのだ! 

エン 「キリヤ!!大丈夫!?キリヤ!!!キリヤ!!!」 

 しかしその場に倒れ込んだキリヤを何度揺すっても全く反応がない…。そして魔物もどこかに消え去ってしまっていた。 

エン 「僕のせいだ…僕が…キリヤを…。」 

エンは眉間にシワを寄せながら、スズネとキョウスケの方を振り返ると咄嗟に叫んだ! 

エン 「救急車…救急車!!」 

 その光景を目撃し気が動転したスズネは、エンに向かってこう言い放った。 

スズネ 「ひ、…人殺し!!」 

エン 「!!!」 

 そして、そんなスズネ護るように一歩前に出たキョウスケはエンを睨み付けた。 

 その時だった!! 

ギャォォオオッツ!! 

 突如姿をくらましていた魔物が、屋根の上からスズネに襲いかかってきたのだ!! 

スズネ 「きゃーーーーっつ!!!」 

キョウスケ 「しまった!!」 

 そして魔物はスズネの体を捕らえると、再び屋根の方へと逃げていった!! 

エン 「夜野さん!!!」 

 エンは空かさずその魔物を追いかけた。魔物は先程までキリヤを捕らえていた昆虫の顎の様な器官でスズネを羽交い締めにしていた。町中の屋根の上を逃げ惑う魔物をエンは必死に追いかけた。そして逃げ惑う魔物からは時折、「ミコノチ…ミコノチ…」と言う言葉が聞こえてきた。 

 魔物を追いかけるエンは苦悶の表情を浮かべていた。自分の刀でキリヤを傷つけてしまった…。ショックだった。そしてついにはスズネが拐われてしまっている!!エンは抱いた悲痛な想いを振り切るように、全力必死で魔物の後を追った。そして、とある民家の瓦屋根の上にたどり着いた時、魔物は体力を消耗したのかいよいよその動きを停止した。 

エン 「はぁ…はぁ…も、もう逃がさないぞ…。」 

 そして、刀を構えたエンに対して魔物は意外な言葉を放った。 

魔物 「ミコノチ…オマエガチカヅクト…ニオイガマス…オマエ…ココニイロ…」 

 魔物のその言葉を聞き、エンはふとヤクモの言葉を思い出した。 

 『巫女の血は白毫使いが近くにいる時その効力を発揮する』 

エン 「や、やめろ!」 

魔物 「ミコノチ…イタダク…!!」 

 そしてついに、魔物はスズネに向かって大きな爪を突き立てた!! 

エン 「やめろーーーーー!!!!」 

 瞬間、エンは魔物を斬りつけた!!そして、とうとう眼前の魔物を討ち滅ぼしたのだった。そして連日のように再び大粒の雨が降り注いできた…。 

◆戦いを終え 

エン 「夜野さん!!」 

  

間一髪魔物の攻撃からスズネを救いだしたエン。瓦屋根に膝を着き今にも倒れそうになるスズネの身体を瞬時に抱き抱えた。 

エン 「夜野さん…。」 

  

 スズネは気を失っていた…。 

  

 冷たい雨が降り注ぐ中、エンは涙を流していた。 

エン 「やっぱりダメだ…。護れるはずの力で人を傷つけた…。夜野さんの事も危険に晒して…。僕は…陰陽師も、戦士としても失格だ…!!!」 

 そして、気を失っているスズネに対して涙ながらに訴えた。 

エン 「夜野さん、驚かないで聞いて欲しい。君は渡良瀬ノ巫女っていう特別な存在なんだ。君に流れるその血には、死者をあの世から甦らせる力がある。君が今まで魔物に襲われてきたのはこれが原因なんだ。そして魔物はその血を狙ってる。…だけど安心して…。僕が傍にいなければその血の力は使えない…。だから…。だから…夜野さん…。」 

『…さようなら。』 

エンはスズネを屋敷まで抱えて行くと、一人寂しげにその場を後にした。 

つづく