前回のおさらい
これから戦うことになるであろうミタライという人物についてエンがバスターズに質問をすると、それについてバンが語り始めた。事の発端は20年程前、バスターズが高校生の頃から始まったらしい……。ひとまず分かった重要な情報は、「昔、バスターズの二人は犬猿の仲だった」ということだった。意外な事実に目を丸くしながら、エンは再びバンの昔話に耳を傾ける……。
夜も更けた頃、バンは自宅の部屋にこもって電子工作を続けていた。
辺りはしんと静まり返り、はんだ付けする基盤から吹き上がる僅かな煙の音が際立って大きく聞こえてくる。熱心に集中するバンだがこの日課、実は寂しさを紛らわせるためのものでもあった……。
バンの家庭は父子家庭。母はバンが生まれて直ぐに亡くなったと聞かされており、父親が男手ひとつでバンのことを養ってくれている。
父は仕事を掛け持ちして稼いでおり、朝早くに家を出て、夜遅くに帰ってくる。だからバンは家にいても父と会えることはほとんどない。
母の愛情を知らず、父にもほとんど会えない状況。高校生のバンにとっては慣れていることだったが、寂しくないといえば嘘だった……。
バンは、今作っている機械に取り付けてある穴にヘッドフォンのジャックを差し込んだ。そして両耳にそれをあてがうと、機械のチューナーを指で摘まんでクルクルと回転させ始めた。
「…………」
しかしどんなに試しても、そこからバンの望んでいる「音」は聞こえず雑音ばかりが鳴り響く。
「今日もダメか……」
バンは期待していた成果が得られず眉を寄せた。そして頭の後ろに両手を当てると、自作のゲーミングチェアにもたれ掛かった。
「ふーっ」と一息ついていると、学校でのハヤトとのやり取りを思い出して呟いた。
「何が『霊力』だ……。そんな世界が本当にあったら……」
そしてバンは脳内で、ある妄想を開始した。
◆
ここは夜景が美しいと評判のデートスポット。バンはサトミを連れて訪れている。
「サトミ、綺麗だな」
バンは夜景より、主にサトミの美しさに対してそう呟く。
「そうねバン君。……ありがとう、今日はとっても楽しかった! 『たまにはゆっくり夜景でもどうですかツアー』なんてとっても素敵ね」
サトミはバンが企画したデートにご満悦の様子でニッコリと微笑む。
「サトミ。お前といつかゆっくり、この景色を見に来たかったんだよ」
「そうだったのね、ありがと」
「へっ、良いってことよ」
バンはキザな感じでそんなやり取りをしながら、だんだんとサトミの顔に唇を近づけていった。
と、その時だった。後ろを振り返ったサトミが、驚いた様子で声を張り上げた。
「え!? 待って! あなた、死んだはずじゃ!?」
思わずバンもサトミが顔を向けた方向に目をやると、そこには何と死んだはずのサトミの元カレが佇んでいるではないか!
『サトミぃぃ。お前のために俺は地獄から舞い戻ってきたぜぇぇ。俺と一緒に来いぃぃ』
元カレがしわがれた声でサトミに訴える。よく見ると彼には足がない。きっと幽霊だ。彼はサトミを道連れにしてあの世に行く気なのだろう。
「やめて! あなたとはもう終わったの。……あなたと一緒には行きたくない!」
涙ながらに訴えるサトミを見て、バンはサトミを庇うように一歩前に踏み出した。
「サトミ……下がってろ……」
そしてサトミの元カレの幽霊に対して言い放つ。
「おいお前! いいか? 人はいつか必ず死ぬ。だがなぁ、死んだら死んだでやることがあるんだよ! サトミが好きならその力、『守るため』に使え!」
そんなバンに対して怒りを露にし、元カレが襲いかかってくる!
『ふざけやがってぇぇぇ! 死ねぇぇぇえ!!』
それに対して、バンは特大の霊力で対抗する!
「そっちがその気なら容赦はしない! くらえっ! 南無阿弥陀仏っっっっっっつ!!」
『ぐぎゃぁぁぁぁぁあ!!』
こうして、元カレの幽霊は除霊された。背後で大きな爆発が起きる中、バンはサトミを抱きかかえて悠然と佇んだ。
「バン君。ありがとう」
「ふっ。当然の事をしたまでさ」
◆
妄想を終えたバンは、おもむろに先程まで作っていた機械に強く手を乗せながら呟いた。
「バカバカしい。そんな世界あるわけない! 本当にあったら……今頃この機械はとっくに完成してるはずなんだ!」
バンが作っている機械は、「死人の声を聞く」ためのものだった。死んだと聞かされている自分の母の声を、自分の得意な「機械いじり」を通じて聞いてみたいと思っていたのだ。本当は心のどこかで、目には見えない不思議な世界、オカルトの世界を信じていた。いや、信じたかった。そうすればもしかしたら「母の声」を聞くことができるかもしれないから……。しかしこの機械はどんなに研究を重ねても完成しない。だからこそ、バンは心霊やオカルトを目の敵にし、日頃からハヤトにたてついてしまうのだった……。
「はぁ、やめたやめた! 今日はもういいや! 気分転換でもするか!」
バンはそう言うと部屋の空気を変えるために窓を開けた。涼しいい夜風が吹き込んでくる。そしてほんの少し頭が冷えた所でテレビのリモコンを手に取ると、バンはおもむろに電源を点けた。
「えー皆さまぁ。織戸幸愛会へようこそ~」
テレビに映し出されたのは、噂の「織戸零」だった。ステージの壇上でニコニコしながら話すその女性は、40代ぐらいで背は高め。少し長めのショートヘアは青く染まっており、紫を基調とした和服を着ている。その衣装の太ももの部分には大きく「愛」の一文字が刻まれている。流石、愛をテーマにした団体の代表だ。バンはそう思った。
「皆さぁん! それでは今宵も、レイによって例の如く! 愛の何たるかについて語っていくわよぉ!」
会場は沸いている。
「今現在、『誰にも相手にされない』『愛されない』とお困りのそんなあなた! いいですか! まずは己を愛しなさい! まずは自分を好きにならなければ、だれもあなたを愛さないのです! だがしかーし! もしもそれでもダメならば……」
彼女がそこまで言い終えると、横から、恐らく幹部の一人であろう、おかっぱでメガネの男がレイに声をかけた。
「レイ様、レイ様、今日は巻きでお願いします」
「おっとそうだったわね」
そう言うと彼女は話題を切り替えた。
「今宵、ついに『神降ろしの儀』の巫女として最適な人間が判明したのです!」
画面越しに、再び会場が沸いている。
レイが言う「神降ろしの儀」が一体何かは分からない。しかし、あまりの会場の熱気が気になり、バンもその画面を見つめていた。
「それでは、その人間を紹介します! 我が娘です! さあ、ここに来なさい……」
すると、割れんばかりの拍手喝采と共に一人の少女が登壇したのだが……バンはその姿に喫驚した!
「えぇっつ!? サトミぃ!?」
それは紛れもなく、バンが想いを寄せるあの「サトミ」であった。