Now Loading...
新世紀陰陽伝セルガイア

第三十七話~幸愛会の陰謀~

前回のおさらい

 
 テレビに出演したサトミが、悲しげな表情を浮かべていたことを見逃さなかったバン。直接その訳を聞こうと登校する。しかし、教室にサトミの姿は無かった。サトミの友人が昨晩電話をしたらしいのだが、サトミどうやらは欠席らしい。しかも電話越しの声は泣いていたようだ。いよいよ何としてもその悲しみの訳を知りたくなったバン。学校を後にして、織戸幸愛会へと向かうのだった……。


第三十七話~幸愛会の陰謀~

 
 幸愛会の建物の前に着いたバン。凄い人集りだ。中に入るための長蛇の列ができている……。

 幸愛会の建物は高層ビルだった。その一階の部分は上の階とは不釣り合いな、まるで神殿のような外観をしている。窓ガラスはステンドグラスが据え付けてあり、いかにも宗教施設といった様相だ。恐らくここが普段信者たちの集うメインホールなのだろう。

 中に入るためには、バンも他の人たち同様この列に並ばなくてはならない。

 しかし、何としてもサトミに会って悲しみの訳を聞きたいのだ。バンは意を決して最後尾に並んだ。

 すると、係の人間の拡声器の声が耳に入った。

「えー、お並びの皆さん。本日は入場の際に会員証が必要になります。事前にお手元にご準備してお待ちいただければと思います。ご協力お願いします」

 会員証だって!? 初めて来たバンが持っている訳がない。

 バンは仕方なしに最後尾から外れると、新規入会窓口が無いものかと辺りを見渡してみた。

 しかしそれらしき場所は見当たらない……。

 バンは拡声器の係員に、新規入会の方法を聞いてみることにした。

「あー、すいませんねー。今日は以前から会員だった方しか受けてしてなくて。新規の方は入れないんですよー」

 そうなのか!! ……バンは一瞬困惑した。

 しかし慌てることはない。バンの技術があればどうにでもなることだ。

 バンは咄嗟に植木の陰に屈んで身を隠す。そして、自らが開発した様々な装着の入った鞄から腕時計型の小さな黒い装置を取り出した。
 それを右の手首に巻き付けると、再び会場の列が見える場所へと戻って行く。

 その後辺りを見渡すと、知り合いがいないかと探ってみるのだった……。

 ふと、近くにクラスメートの男子、唐木田(からきだ)の姿が見えた。

 『欠席者のほとんどが幸愛会の信者だ』。昨日学校でハヤトが言っていたことは本当だったようだ。

 バンは「しめた」とばかりにカラキダに近づいて行った。

「よお、バン! 何だよお前も会員だったのか」

 バンの存在に気がついたカラキダが話しかけてきた。
「いやいや、昨日のテレビが気になってよぉ。俺も会員になろうかと思ってな」
「残念だったな。確か今日は新規会員は受け付けてないんだよ」

「そうらしいな。いいなぁ会員証。お前のその首から下げてるやつ、ちょっと見せてくれないか?」

 バンがそう言うと、カラキダは首に掛けていたタグに入った会員証を見せてくれた。知り合いがいて良かった。話が早い。

「ほぉ……。これが……」 

 バンはその会員証を確かめながら、「しめしめ」とばかりに右手首に装着していた装着のスイッチを押した。
 すると装置は僅かに音を上げながら、会員証のスキャンを開始した。そう、この装置はカードなどをコピーしてその場で印刷、偽造できるものなのだ。
 音は小さく、会場の喧騒に紛れて全く目立たない。カラキダが怪しむ様子も全く無かった。
 会員証のスキャンが終わると、バンはカラキダに軽く挨拶し、再び物陰に身を潜めた。
 そして手首の装置の先程とは違うボタンを押すと、それはバンの顔を写真に収めた。
 数分後、「ジジジ……」という音と共に、手首の装置は偽造した会員証を排出した。
 バンはその完璧な仕上がりに頷きながら呟く。
「これはいいぞ。もしかして俺、スパイもいけるかもな」
 会員証はそれぐらい、パッと見では偽物だと全く分からないような仕上がりだった。
「よーし、行くぞ」
 こうしてバンは今度こそ、建物に入るために列に並ぶのだった……。

 やはり、講演が行われるホールは1階だった。

 恐らく千人は収容できる会場なのではないか。かなり広い。
 会場は自由席だったが既にホールは多くの人で埋め尽くされ、既に後ろの方にしか空きがない状況だった。
 バンは思わず「凄い人だな……」と呟きながら空いている席に座った。
 すると、間に一人挟んだ右の方から、バンの知っている声がした。
「はぁ!? バン!? 何でお前がここに!?」
 ハヤトだった。
 学校で行っていた野暮用とはここに来ることだったようだ。
「ハヤト! お前こそ何でここに!?」
「俺は幸愛会が怪しいから、前から度々潜入調査してるつってんだろ!」
「そう言やそうだったな」
「お前こそ何でここに!? 会員じゃないのにどうやって入った!?」
「はっ、俺の機械にかかればどうってことないんだよ。……どうしてもサトミの事が気になってな」

 バンがそこまで話すと、ハヤトは「そうかお前もか」と言いながら、腕組みをしてバンから目を反らした。
 すると、会場全体にブザーの音が鳴り響いた。講演が始まるのだ。
 バンはステージに注目する。すると中央に置かれた演説台にスポットライトが当たり、いよいよ奥の方からレイが現れた。
「えー、皆さーん……。こーんにーちはー!」
レイが大きな声で呼び掛けると、信者たちも一斉に挨拶した。ところが

「あれれー。声が小さいぞ。もう一度。こーんにーちはー!!」
 と、再び挨拶を催促されてしまった。
 バンも他の会員同様、負けじと声を上げた。
「こーんにーちはーっつ!!」
 恥ずかしい。どうなんだ? これで良いのか? 頑張ったぞ?
「……はい! よくできました!」

 ああ良かった。レイも満足そうな表情を浮かべながら「ポン」と手のひらを叩いた。
「えー皆さん。今日はいよいよ皆さんが待ちに待った『神降ろしの儀』を行います」
 会場は湧いた。凄い熱気だ。体感温度も明らかに上がってる。
 「神降ろしの義」とやらは、それ程までに人々を熱狂させるものなのだろうか……。よく分からない。
 これまで度々潜入していたハヤトなら、その内容を知っているのかもしれない。バンは僅かに右側にいるハヤトに視線を送る。
 ハヤトは腕組みしたまま、険しい表情を浮かべてレイの事を見つめていた。

「皆さん! これまで自分を愛せず困っていた人も、自分の代わりに今日までよく私を信じ、私を愛し、私の修行をこなしてきてくれましたね!」 
 再び会場が熱狂している。
「だからこそ! 今日この『神降ろしの義』を執り行うことができるのです!」

 会場の盛り上がりは最高潮に達しようとしていた。耳が割れそうな程の凄まじい歓声だ。

「では、いよいよ始めますよ。皆さん一度深呼吸しましょう」

 レイがそう言うと、皆一様に「ふー」と深く呼吸した。
 会場は、言い知れぬ高揚感と緊張感に包まれているのがバンにも伝わってきた。
 その時だった。
「お母さん! 止めて!」
 ステージの奥からサトミが走ってきた。
「サトミ!」
 バンは驚いた。サトミのあの恐ろしげな表情。やはりハヤトのいう通りレイは何かを企んでいるのだろうか。そしてこれから始まる儀式も、何か良からぬものなのだろうか……。

 驚いたのはレイも同じようだった。彼女は幹部たちにサトミを拘束するよう呼び掛けた。
 サトミは幹部たちに羽交い締めにされ、「止めて! 離して!」ともがきながらステージの奥へと連れ戻されていった。
 これから一体何が起きようとしているのか……。
 信者たちもこの出来事に僅かばかり動揺した様子だったが、心底レイの事を信じているのだろう。すぐに気を取り直して儀式に集中する様子を見せた。

「お見苦しいところをお見せしましたね。さあ気を取り直して、皆さんいよいよです! これからいよいよ皆さんは、念願の『悲しみも苦しみもない世界』へと向かうのです!」
 レイはここまで言うと、突然表情を一変させて目をつり上げてこう叫んだ。
「私の『傀儡(くぐつ)』としてね!」

 何だって!? やはりレイは何かを企んでいたのか!? 

 すると、突如レイの額の中心が裂け、紫に輝く小さな目のような物体が現れた。

 何だあれは!?
 そしてレイは、空中に片手の指を二本立て、格子状の線を刻みながら呪文を唱えた。
「臨! 兵! 闘! 者! 皆! 陣! 列! 在! 前!」

 レイが言い終えた瞬間! 突然「キーン」という大きな耳鳴りがした! 
 何が起きたのだろう!? 先程の熱狂が嘘のように静まり返る……。その静けさに、空気までひんやりと冷たくなった気がした。
 会場の様子の変貌ぶりにバンは驚き、辺りの様子を伺った。
 すると! 会場の椅子に座る信者達が、皆一様に上半身だけを僅かに揺らし始めたではないか。

「何だ!? 何が起きてる!?」
 訳が分からない。バンはおもむろに隣の人間の様子を伺った。
 すると、右側の人間も左側の人間も、やはり上半身だけを僅かに揺らしている……。
 しかもそれだけならまだしも、全員白目をむきながら僅かに呻き声を上げ始めたではないか!
「何だこれは!?」
 明らかに様子がおかしい!

 そんな中、レイが突然高笑いをし始めた。

「ははははは! これでお前たちはもう、悲しむことも苦しむ事もない! 私の命令に従うだけの存在なのだからな! はははは! いいぞ。これで儀式の第一段階は完了した! 道満様復活まであと僅かだ! ははははは!」
 何を言っているのか分からない! しかし、ハヤトの言う通りレイは何かを企んでいたのだ! 
 恐らくサトミはその内容を知っていた。 良からぬことだと分かっていたのだろう。だからこそレイを止めようとして拘束されてしまったに違いない!
  今こそ日頃の恩返しにサトミを助けられるチャンスかも知れない!

 バンはそう思って席を立つ!
 その時だった。
「レイ! やはり何か企んでいたな!」
 ハヤトが立ち上がり、レイに向かってそう叫んだ。
 するとレイは、ハヤトと、同じく立ち上がっているバンに気が付いた!
「何だお前たち!? なぜ術がかからない!?」
 当然だ。バンは信者ではないし、これまで修行なんかしてこなかったのだから。それはハヤトだって同じなのだろう。
「ちっ! 侵入者め……。見られたからには生きて返す訳にはいかないよ……」
 レイはそう言い放つとバンとハヤトに向かって指を指し、洗脳されておかしくなった信者達に向かってこう叫んだ。
「お前たち! 殺れ!」
 すると! 周りに座っていた信者達が皆、バンとハヤトに向かって襲いかかってきた!
「な、何するんだ! 止めろっ!」
 抵抗するバン! しかし、信者の一人に首を捕まれてしまった!
「く、苦しい……」

 キリキリと、徐々に首が絞められていく。
 バンは首にかけられた手を外そうと必死に力を入れる! だが凄まじい力だ! 抵抗虚しくどんどん首が絞まってくる!
 そして、会場の椅子を乗り越えながらやってきた多くの信者達がバンの体にのし掛かる! 重い!
 カッカッと、声にならない声を漏らし始めるバン。
 高鳴る鼓動……。しかしその脈動が脳にまで達しない。苦しい……。苦しい……。
 信者達に揉みくちゃにされ、その体と体の隙間から垣間見えていた僅かな光りも徐々に閉ざされていく……。
 そして辺りが暗闇に包まれ、いよいよバンの意識は遠退いていった……。

つづく 

【第三十六話へ】 【一覧へ】 【第三十八話へ】