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新世紀陰陽伝セルガイア

第六話~いにしえの伝承~

前回のおさらい


 雷雲から出現した魔物を、第三の眼❝セルガイア❞の力で見事討ち倒したエン。その戦いぶりを見たマイトは満足そうに成仏して行った……。
 しかし、果たしてセルガイアとは……白毫使いとは……。そして何故エンはそのような力を持っているのであろうか……。


第六話~いにしえの伝承~


◆八雲神社にて

 八雲神社へとやって来た一行は、境内の中へと入って行った。ヤクモは3人分の座布団を用意すると、「しばし待て」と言い残し宝物庫へと姿を消した。
 エンとバンは座布団に座ると素直に八雲の戻りを待っていたが、ハヤトは腕組みをしたまま壁を背にして寄りかかっていた……。

 暫くして。「待たせたのぉ……」そう言って戻ってきたヤクモは、❝白毫の書❞と書かれた一巻の巻き物を携えていた。


「ばっちゃ……それは?」

「よいかエン。これから語る事はまぎれもない真実……。そして、お前さんの物語じゃ」

「僕の……ものがたり……」


 ヤクモは昔から、エンに様々な物語を語ってきた……。それは、幼く純朴であったエンの心の糧を作るため。そして、エンの喜ぶ顔を見るための❝おとぎ話❞であった。しかしこれから語る事は、まぎれもなく真実……。いや、真実でありながらも現実離れしたその内容を受け入れやすくするために、これまでおとぎ話を語ってきたのかもしれない……。『とうとうこの時がやってきた……』ヤクモはそう感じながら巻き物を床に転がし開いて見せた。


バサッ……


 するとそこには、平安時代の陰陽師の姿をした幾人もの人物が魔物と対峙している絵が描かれていた。そして描かれた陰陽師達の額には、エンに現れたそれと酷似した❝第三の眼❞が描かれていた。


「エン……オヌシの疑問に答えてしんぜよう……」


 そう言うと八雲は厳かに語り始めた……。


「よいか、オヌシの額に現れた第三の眼は、その名を❝陰陽白毫❞と言う……」

「いんよう……びゃくごう……。確か白毫って、仏像の額に付いてるやつの事だよね?」

「そうじゃエン。流石この手の事には詳しいの……」

「へへ……。でも、あれって眼じゃなくて、一本の毛がぐるぐる巻きになってるやつだよね?」

 それに対してバンが答える。

「そうだ……お前やハヤトの額に現れるのはあくまで❝陰陽白毫❞。仏像のそれとは違うんだ。」

「その通りじゃ。❝陰陽白毫❞とは、仏や神々の人知を超えた力の片りんを人間に宿すための特殊な細胞核なんじゃ……」

「細胞……!」

「さあ、ここから少し昔話じゃ……」

 そう言うとヤクモは更に詳しく語り始めた。


「今をさかのぼる事約1200年前……平安の時よりその存在が記録されておる……。陰陽師達は魔物を倒す唯一の術(すべ)として、この力を用いて戦ったそうじゃ……。そして人々はその者たちを❝白毫使い❞と呼んだのじゃ。」


「そうなんだ! じゃあもしかしてあの大陰陽師・安倍晴明も白毫使いだったの⁉」

「いや、そのような記録は残っておらん」

「そっか……ちょっと残念」

「しかし、歴史にその名を刻む者の中には、白毫使いが幾人かいがおったようじゃよ。」


 するとバンが口を挟んだ。

「そうそう。お前、❝義経の八艘跳び❞を知ってるか?」

「うん! 学校で習ったよ! 源義経(みなもとのよしつね)が、何かこう……次から次へと船を飛び越えながら戦ったってやつだよね?」

「ちょっとアバウトだがまぁそんな感じだ」

「義経はどうやらお前さんと同じ❝跳躍白毫❞の持ち主だったようじゃ」

「ちょうやく……びゃくごう?」

「よいか。……白毫の力を得た者は、二つの特殊能力を使うことができるようになる」

「二つの能力?」

「まずはこの世で唯一魔物を斬ることのできる武器❝白毫神器(びゃくごうじんぎ)❞を生み出す能力」

「ああ! さっきの戦いで使った武器の事だね!」

「そうじゃ。そしてもう一つ。ひとりに一つだけ特殊な能力が扱えるようになるのじゃ。お前さんはとてつもない脚力を発揮することができる ❝跳躍白毫❞の持ち主じゃ」

「なるほど! だから寺の屋根までひとっ跳びできたんだ‼」

 そして再びバンが口を挟む。

「……そのようだな。因みにあそこで腕組みしてるアイツは❝減速白毫❞の能力者だ」


 そう言うとバンは相変わらず壁に寄りかかるハヤトを指さした。


「アイツは能力を使うと、10秒くらいなら周りをスローにできるんだ」


 覚えているであろうか。先日の桜祭りの会場で魔物が射出する鱗をたやすくその手に受け止めたハヤトの姿を。あれはまさしくその能力を行使したものだった。


「凄い……! でもどうして僕、2回目の戦いでは自分で開眼できなかったの?」

「うむ、開眼させるにはお前さんの着とる陣羽織が必要なんじゃ」

「そう、普通の人間がそれを着ると、妖力が高まって……まぁせいぜい❝幽霊が見える❞止まりだろうが、白毫使いなら白毫を開眼させられるようになるんだよ」

「なるほど……そう言うことか……」

「分かったか? これが第三の眼、❝陰陽白毫❞じゃ……」


 こうしてひとしきり語ったヤクモだったが、そこへ先ほどまで黙り込んでいたハヤトが突然割り込んできた。


「そして俺たちはそれを❝セルガイア❞と呼んでいる」

「え? ……セルガイア?」

「そう……。大地、つまり❝ガイア❞からあふれ出た光を得ることで現れる新たな細胞、つまり❝セル❞。だから……セルガイア」

「セル……ガイア……」


 何故だろう……。突然話に割って入ったハヤトの口調や、白毫をあえて別の名で呼ぶという内容からは、ヤクモに対する若干の敵意のようなものが感じ取れた……。しかしそう感じたのはエンだけだったのだろうか。エン以外は気にする様子も無く、今度はバンが話し始めた。

「しかしハヤト、不思議なんだ……」

「あ?」

「こいつセルガイアを覚醒させた時、❝大地の光❞なんて吸収してなかったぞ」

「なっ⁉」

「なんじゃと⁉」


 バンの言葉に、ハヤトのみならずヤクモまでもが驚いた。それもそのはず。セルガイアを覚醒させる者は、決まって大地から現れる光を吸収することでその力を得る。……しかしどうやらエンは例外の様だった。


「どういう事じゃ……」

「えぇ? ちょっと‼ じゃあ何で僕はこの能力(ちから)を持ってるの⁉」

「・・・・・・・」


 今までエンの疑問に答えてきた一同だったが、その質問にだけは誰一人として答えらる者はいなかった……。

 それからしばしの沈黙が続き……次に口火を切ったのはヤクモであった。


「ところでオヌシら、そろそろ羽織を脱いだらどうじゃ……」

「⁉」


 その言葉にビクリと体を動かしたハヤトとバンであったが、おもむろにスルスルと自分たちの羽織を脱ぎ始めた……。エンは憧れの人物達の素顔が見れることに、淡い興奮を覚えていた。

 すると……その二人を目にしたエンは驚愕した!


「えつ⁉ うそっ⁉ そば屋さん‼」


 そう! 幼い頃から憧れていたナイトメアバスターズは、エンの幼い頃からの行きつけの店❝陰陽庵(いんようあん)❞で働くあの二人だったのだ!思い出してほしい、陣羽織の能力の代償として現れる『別人として認識される』という事象を。それはもちろんエンも例外ではなかったのだ。


 バンが口を開く。

「……エン。ずっと黙ってて悪かったな」

「俺たちは、人知れず魔物と戦う❝影の存在❞。決して、誰にも言うつもりはなかった」

「ぇえーーーーーー‼ こんなに身近にいたんなら言ってくれてもよかったじゃないですか‼ だって僕、ナイバスのファンだって散々言ってたのに‼」


 その言葉に対しハヤトは強い口調で切り返した。


「だからこそだ! お前に言ったら学校とかで絶対言いふらすだろ‼ 『絶対言わないです!』とか言いながら絶対言っちゃうタイプだろ⁉ それに……」


 と、ハヤトが話を続けようとしたその瞬間だった。


「だからこそじゃ!」

「何っ⁉」


 ヤクモがハヤトに反発した。


「だからこそ、エンには言うべきだったんじゃ……」

「何……?」

「オヌシらもワシと同じように、エンに宿る只ならぬ霊力には気付いておったんじゃろ……」

「それは……」


 口ごもるハヤト。


「エンが白毫使いである確信はワシにも無かったが、こうしてエンは覚醒した……」

「……」

「そこでじゃ! ワシは今日皆に集まってもらったのじゃ」

「???」

「ワシが今日オヌシらをここに呼んだ理由は、エンに白毫の説明をするためだけではない! オヌシら全員に頼みがあるからじゃ」

 エンは思わず聞き返した。

「頼み……?」

「まずはエン」

「うん……」


そう言うとヤクモはエンの瞳を見つめながらこう言った。


「エン……。オヌシはこの世界を闇から救うことの出来る光の戦士❝白毫使い❞じゃ。今後もその力を行使すれば俗世間から隔離され、おそらく孤独を味わうことになるじゃろう。だからこそこれは強制ではない……お前さんの意志で決める事じゃ。……今ならまだ❝普通の世界❞に戻れるが……どうする? 戦士として戦うか……それとも日常に戻るか……」


 その言葉に対し、エンは即答した。


「……僕の力が誰かの役に立つのなら、僕は戦う!」

「……そうか? 例えばこれからオヌシに訪れる未来が残酷なものであったとしても……そう言い切れるのか?」


 しかし、ヤクモのくぐもった声色とは裏腹にエンは答えた。


「僕は皆を守るヒーローになるって決めたんだ! 約束したマイトのためにも、これから救うみんなのためにも、僕は白毫使いとして戦うよ!」


 それを聞いたヤクモは、そのあまりの潔さに笑いが込み上げた。


「はっ、ハハハハハ‼ そうかそうか‼ よし!オヌシは今日より『白毫使いじゃ‼』」


「うん‼」

 
 エンは力強くうなづいた。


「よろしい! ……では次にハヤト達……」

「……何だよ……」


「エンをナイトメアバスターズの一員とし、魔物討伐に尽力せよ‼ そして今度こそ❝人知れず❞ではなく、人に知れるように戦ってほしいのじゃ……」

「……」


ヤクモが本当に伝えたかった事はこの二つであった。


「オヌシらは今まで❝影の存在❞として戦ってきた……。しかし近年活発化しとる魔物の出現。オヌシらも気が付いておるじゃろう。そろそろ隠し切れなくなるぞ……。これがいい機会と思って、かつての様に白昼のもと行動するのじゃ。頼む……」

 それに対してバンが呟く。

「しかし……民衆が本当にそれを受け入れるだろうか……?」

「ああ、オヌシらが❝きちんと❞この事実を公表していけばゆくゆくは人々も現実を受け入れ、オヌシらは❝世間❞という強い味方を得られる……ワシはそう思っとる」


「ヤクモ……」


 この時、バンの心は揺らいでいた。実はヤクモのこの申し出を二人は以前にも聞いていた。だから今回こそはと、ヤクモは言葉強めに懇願したのである。……しかし。


「……断る……」

 ハヤトは申し出を断った。

「何じゃと……」

「やっぱりな……そうくると思った」

 先程うかがい知れたハヤトの敵意は、どうやらヤクモが自らの意に沿わぬことを言い出すと分かっていたからだったのだろう……。そしてこれは案の定、ハヤトの意に沿わぬ申し出であった。


「まずコイツの戦いぶり、見たろ? 確かにこいつは白毫使いかもしれない……。だがそれは力を持っているというだけで、戦士としては認められない!」

 バンが口を挟む。

「いやいや、しかし実際にコイツは一人で魔物と戦って……しかも倒してるだろ!」

「そうじゃ‼ オヌシ達がしっかりと戦い方を教えてゆけばいずれ……」

「断る‼」

「何じゃと⁉」

「しかも挙句の果てにはまたあの話か……? 悪いがヤクモ……それだけは何があってもゴメンだ。俺たちは今まで二人で戦ってきた。それは俺がバンを心から信頼しているからだ。それはこれからも変わらない」

「オヌシ……過去にいつまでも固執するでない……。オヌシらならきっと世間を味方に付けられる!」

「そんな簡単にいくと思うか⁉ 俺たちの戦いはまぎれもない真実かもしれないが、民衆はそんなことは知らずに長い間暮らしてきたんだぞ! どうやってその考えを変えるんだよ!」

「オヌシらが変われば世間の考えも変わる! ゆくゆくはお前たちの戦いを公的な機関が支援してくれるようにもなるじゃろうて‼」

「……そうだハヤト。ヤクモの言う通りかもしれない……。あの震災での出来事はもう水に流さないか? それに俺たちももう若くないんだ……。後継者を作るためにも、エンを仲間に加えよう‼」


 この時バンの心境は完全に変わっていた。民衆を味方に付ける……。上手くいけば魔物との戦いは今より格段に楽になるだろう。しかもほんの少し前までナイバスはメディアに露出するほどの活動をしていたのだ。ヤクモの言葉は、バンの背中を押すのに十分過ぎた。そして❝後継者❞という言葉を聞いて、実はハヤトも一瞬気が揺らいだのは確かだった……しかし。


「断固、断る‼」


 ハヤトは頑なにそれを拒んだ。ほんの少し前の事だが、ハヤトはある事件をきっかけに公から遠ざかることを固く決意していたのだ。

 しかしハヤトの回答に一同は呆れ、ため息をついた。

「はぁ~~~」


「まったく……オヌシは駄々っ子か!」

「何とでも言えばいいさ、ナイバスのリーダーは俺だ」

「そう言わずに……」

「…………」


 そんなハヤトを見てエンも口を挟んだ。


「ハヤトさん、懸命に戦っていればきっといつかみんな分かってくれる日がくるんじゃないでしょうか……? 僕も力を貸しますから……。昔みたいに活躍してる姿……もう一度見たいです!」


 しかし、ハヤトの過去に何があったかを知らない未熟なエンの言葉は、彼の神経を逆なでする材料でしかなかった。


「……お前こそ黙ってろ……」


「はぁ…」


 再び一同の深いため息の音が辺りに響いた……。


 それから間もなくの事だった。


 ウィーンウィーンウィーン……


 バンの携帯が震えている。バンはそれをおもむろに取り出すと、次の瞬間血相を変えて訴えた!


「出たぞ‼ 魔物だ‼」

 ハヤトとバンは一目散にその場を後にし、車に乗り込んだ!


「よしエン! オヌシも行くのじゃ‼」

「分かった‼」


 そう言うと、エンもナイバスの車を追うべく駆け出した! ……が、扉を出ようとした瞬間どういうわけか踵を返し、エンは八雲の元へと戻って来た。


「ばっちゃ!」

「どうしたエン!」

「ちょっと、紙とペン……あったら貸して欲しいんだけど……」

「お……おぉ……」


 そう言うと、ヤクモは画用紙とマジックペンを持って来てエンに手渡した。


「これで…よいのか?」


「うん! ありがとう‼」


 そう言うとエンは手早く画用紙に❝何か❞を書き込み、背中と袴の隙間にそれを忍ばせた。そして再び二人の後を追いかけて行くのだった……。


◆鎌倉市内某所


 夕刻となり、夕焼けのオレンジ色に染まった現場は何の変哲もない公道であった……。運転するバンは猛スピードで車を走らせ、携帯から発信される魔物のシグナルに近づいて行った。

 そんな中、ハヤトが口を開く。

「魔物が何でこんな場所に……しかも何の前触れもなく!」

「やっぱりヤクモの言う通りだ……。魔物の出現率が異常なほど高まってるぞ……」

「くそっ! まあいい……。俺達はひたすら、人々の魂を喰らうだけの存在❝魔物❞を倒す! それだけだ!」

「……あいよっ!」


 そうこう言っているうちに、とうとう魔物のシグナルは目前まで迫っていた。逃げ惑う人々がちらほら目につく様になり、バンは車のスピードゆるめた。


「ハヤト……そろそろだ……。恐らく目の前の十字路を曲がって突っ込んで来るぞ……!」

「……ああ……」


 二人はそこで車を降り、魔物の登場を待ち構えた……。すると‼


ダダッ! ダダッツ!


 群衆の悲鳴をかき分けて、魔物が地を駆ける音が近づいて来た! そして次の瞬間! 魔物は目の前の十字路を曲がり、ついに二人の前に現れた!


ガルルルッッツ‼


「出たなっ!」


 その魔物はまるで巨大な虎のような姿をしていた。しかし体に毛は生えていない。まるで鎧をまとったかのようなその姿は、正に魔物特有の様相だ。

 二人の横を群衆が、逃げ惑いながら駆け抜けて行く……。

「くそ……人が多いな……。全員の記憶を消すのに手間取りそうだ……」

「……ハヤト! 今は倒すのが先決だろ」

「……そうだな!」


ガルルルッッツ‼


 魔物は二人を威嚇している……。そんな魔物に向かってハヤトが叫ぶ!


『開眼っつ‼』


 ハヤトは額にセルガイアを出現させた! その色はエンの赤とは違ってマゼンタ色だ。具足は篭手はでなくブレスレットのような形をし、右腕に装着されている。そしてそこからエンの物よりも刀身の長い二振りの刀を出現させると、魔物に向かって身構える‼
 それを見た魔物は、二人に向かって凄まじい勢いで突進して来た!


「うぉっつ!」


 間一髪で攻撃を避ける二人であったが、魔物はナイバスの車に体当たりするとそのままその場を走り去ったではないか!


「くそっつ! 速い!」

 そのあまりのスピードにバンが驚きの声を上げた。

「あいつ! 何処に向かってる……⁉」


 たじろぐ二人であったがすぐさま車に乗り込むと矢継ぎ早に魔物を追いかけた‼


ガルルルッッツ!


 疾走する魔物に行く宛など無かった。沿道を逃げ惑う人々を跳ね飛ばし、喰らいながら、ただひたすらに走り続けていた。


「くそっ速すぎる! 追いつけないのかバン⁉」

「やってるがアクセルべた踏みだぞ!」


 ……バンの言う通りだった。魔物のスピードに二人は翻弄されていた。しかもただ早いというだけではない。魔物は直線のみならず曲がりながら進むことも多く、それが追いつくことの難易度を更に高めていたのだ。
 ……だがその時だった! 「ダーン!」という凄まじい音がしたかと思うと、突如走る魔物の眼前に土煙が舞い上がった!


ガルルルッッツ‼


 そのあまりの突然さに魔物はたじろぎ急ブレーキをかけた。そして土煙の隙間から一人の人間が現れた。それはエンだった! 跳躍の能力でビルの上を飛び移りながら偵察し、先回りをしていたのである!


「よし…行くぞっつ!」

 そしてエンは魔物に向かって飛びかかって行った!


ガルルルッッツ!


 しかし魔物はエンの一撃を素早く避けると、再び走り去ろうとした! が、そんな中、魔物の後方から一台の車が近づいて来た。いよいよナイバスの二人も魔物に追い付いたのだ! ……ハヤトが叫ぶ。


「よしいいぞ! 挟み撃ちだ‼」


 しかしハヤトがそう言った途端、魔物は再び車に向かって突進して来た!

「くそっつ!」


 すぐさまハンドルを切るバン。そしてその様子を目撃したエンは「そうはさせないっ!」と叫びながら、凄まじい脚力で魔物に飛び乗りその背にまたがった!


「いいぞエン!」

 バンはエンを鼓舞した。

 魔物はというと、エンをその背に乗せたまま猛スピードで走り出した!


「うぉおおっつ!」


 エンは必死にしがみ付く! 魔物もエンを振り落とそうと必死になる!


ブーッ! ブッブー!


 クラクションを鳴らしながら通り過ぎていく車の群れ……。横切るそれらからうかがい知るに、やはり相当なスピードが出ているようだ……。


「んぎぎぎぎぎぎ……」


 エンは必死でしがみ付くのだが、前方から吹き付ける風のせいで口の中に空気が入ってくるは目は充血するはで凄まじい形相になっていた。しかし「白毫使いとして戦う」と決意した身である。「何があろうと魔物を倒す」という意気込みで必死にしがみ付いていた! しかし!


ガルルルッッツ‼


「うわぁっつ‼」


 とうとうエンは空中へと弾き飛ばされてしまった!


「くそっつ!」


 宙を舞うエン……。眼下に魔物が見える……。すると疲れたのであろうか……魔物は動きを止めている。


「今だっ!」


 それを好機と見たエンは空中で身を翻し、ビルの壁を蹴ると魔物目掛けて突進した!


ズバッツ!
ギヤオッツ!


 そしてエンは遂に魔物に一撃喰らわせたのだった!


「よし!」


 そう言って自らを鼓舞すると、エンはたじろぐ魔物に二撃、三撃! 次々と刃を叩きつけ、その装甲を破壊していった!


ギャオォオオ‼

 悲痛の雄叫びを上げる魔物! その装甲がすべて剥がれ落ちた!


「よし! トドメだっつ‼」


 そう言うとエンは額に力を込め、魔物の弱点を捜そうとした! だが……


 ガルルルル‼


「!?」

 
 どうした事か! 魔物は瞬く間にその装甲を修復させてしまった!


「ウソだろ⁉」


 驚愕するエン……。するとそこにナイバスの二人の車が追いついた!


「よしバン! 封印解除(ふういんげじょ)だ‼」

「おおっ‼」


 そう言うとバンは車のギアを五芒星のマークへとスライドさせた! すると、車の外観が大きく変化したではないか!!

 ナイトメアバスターズの愛車は、普段結界により本来の姿を隠している! ギアチェンジにより結界を解くことで、魔物の動きを封じるための装甲車❝ブルバイソン❞へと変化するのである‼

 車体の前方はまるで牛の頭を彷彿とさせ、後方には左右に巨大な車輪がついている。それはまるで平安時代の牛車の様であった。ナイバスは魔物に追いついた今こそその封印を解き、本来の力を発揮させるため、勢いを増して走り出した!!

 バンが叫ぶ!

「エーーン! もういいぞーーー! そこをどけぇーーーっつ!」

「え⁉ は、はいっ!!」


 その言葉に促され、エンは地を蹴り身を翻した。すると!


「うぉおおおおおおっつ!」

 バンは車を反転させ、バック走行で向かってきた!


「あ! あれはまさか!」


 エンがそう思うのもつかの間、ブルバイソンは車体の後部を左右に180度展開させた!


「ブルバイソンの戦闘形態だーーー‼」


 変化した車体の後部はまるで何かの儀式を行う祭壇の様な形をしていた。そしてそれを操縦するバンの座席は360度回転し、バック走行ではなくなっていた。ブルバイソンは、更に両脇の巨大な歯車を回転させ始めたかと思うと、車体を中心に魔物を包み込むほどの大きさの結界を張り巡らせた‼ そしてついにブルバイソンは魔物を捕えた! 車体の祭壇の上空でバリアに包まれ、身動きが取れなくなった魔物に向かってハヤトが声を発する。


「よし……捕らえた!」


 それに対してエンは叫ぶ。

「ついに見れたーーー! 生バイソンの、生結界だーーーーー‼」


 一人興奮するエンをよそに、ナイバスの二人は戦いを続けた。バンは逃げ惑う魔物に対しブルバイソンで動きを封じ、それをハヤトが狩る。……これがナイトメアバスターズの戦法だった。

 バンが車を止めると、そこからハヤトがするりと降りて来た……。


「二人とも凄いや! いつもこうやって戦ってるんですね‼」

「まぁな……」


 車に近づいてきたエンを軽くあしらうハヤト。……そしてしばし訪れた静寂に肩を撫で下ろしていた二人であったが……


「おい! お前ら集中しろ! まだ倒してないだろ!」


 車の窓から半身乗り出し、バンが叫んだ。

 彼の言う通り魔物はまだ生きている。しかし、捕まえてしまえばこっちのもの。すでに魔物の息の根は止めたも同然である。魔物は結界の中で、成す術(すべ)無くその重たい体を宙に浮かせていた。


「よぉし……」


 そう言うとハヤトは、いよいよ神器で魔物を切り裂いていった!


グギャオォオオオっつ‼


 再び魔物の装甲がはがれ落ちていく! ……ところがだった!


「っ⁉」


 やはり、魔物はその装甲を次々と復活させてしまうのだった!


「そうでした! 弱点を見つける前にこの魔物、鎧が復活しちゃうんです!」


 エンは慌ててハヤトに訴えた。ところが……


「……面白い魔物だな……」


 慌てるエンとは裏腹に、ハヤトは落ち着いた様子だった。


「えぇっ⁉ ハヤトさん、大丈夫なんですか?」

「……まあ見てろ……」


 そう言うとハヤトは「ス~っ」と息を吸い込むと、おもむろに目を瞑った……。


……
…………
………………


 すると次の瞬間!


ズババババババババッツ‼


「えっ⁉」


 エンは驚いた! 魔物は瞬く間に切り裂かれ、先ほどまで隣で立っていたハヤトは既に車に乗っていた‼


「見たか。これが俺のセルガイアの能力(ちから)だ」


 そう、ハヤトは❝減速❞の力で時間を遅らせ、魔物が装甲を修復させる前に倒したのだった。更に能力が切れる前に、帰る気満々で車にも乗ってしまっていた。


「よ~し。帰るぞバン……」

「あぁっつ! ちょっと待ってください!」


 余りに早い展開にあたふたするエンであったが、車は既にエンジンをかけていた。……ところが!


ザワザワザワ……


 一連の光景を目撃していた人々が群衆となって三人の周りに集まって来た。そしてそのせいで車は動きを封じられてしまった。


「チッ……。バン! 払ってくれ!」

「おぅ……」


プップー!


 バンはクラクションを鳴らしたが次々と人々が集まり、三人の周りを取り囲んでしまった。


「ねぇ……あなた桜祭りの少年でしょ……?」
「これっていったい何なんだよ⁉」
「イベント……じゃないんだよな……?」


 質問攻めに遭うエン。しかし


「(しめた!)」


 そう言うとエンは集う群衆に向かって語りだした!


「ごほん! えー、僕たちは! 人知れず魔物と戦うヒーロー! ナイトメアバスターズです!」

「(バカ! あいつ……!)」


 それを聞いたハヤトはエンを制止すべくすぐさま車から降りた!


「えー、これはパフォーマンスなんかじゃありません! まぎれもない現実です!」

「おい! やめろ‼」


 ハヤトはエンを羽交い絞めにしたのだが……その腕の中でエンはもがきながら話し続けた。


「も……もし魔物にお困りの方がいましたら、ご用命はコチラまで……‼」

「⁉」


 そう言うとエンは❝ここぞ❞とばかりに神社で何かを書いた画用紙を取り出した! エンは用意周到、事前に❝陰陽庵❞の電話番号を書いおいたのだ!


「おまっ! そんなもんいつの間に⁉」

「こんなこともあろうかと、神社で書いて来たんです!」

「何で番号知ってんだよ!」

「トッピング無料券……」

「っ! ……はぁ……」


 ハヤトは思わず深いため息をついた。


「くそっお前のせいでますます後処理に手間取るじゃねーか!」

「あとしょり……?」

「あぁ。 目撃者達の記憶を消すんだ」

「えっ⁉」


 ……そう、ナイバスの二人は日頃こうして戦っていた。『人々には決して魔物や白毫使いの存在を知せない!』……過去の経験から、これこそが人々の幸せなのだと悟りハヤトは戦ってきたのであった。
 そして、万が一他人に目撃された場合は何日もかけて儀式を行い、魔物に関連した記憶を消してゆく……。そしてこの度は桜祭りからの戦いも含め、その儀式が完了するまで相当な日数がかかることが予想されたのだ……。

 
 そんな中、一連のやり取りを遠巻きに見ている何者かがいた……


『…………』


 無言で佇む男……。その者の首筋にはグルリと一周回る赤い傷があり、瞳には暗い影を落とし込んでいた。

「……えっ?」


 群衆の中からその人物の放つ只ならぬ気配を感じ、エンはその方向に目をやった。しかしそこには既に人影は無かった……。

 そうこうしていると


ピーポーピーポー……


 遠方からパトカーのサイレンが聞こえてきた。


「ヤバい! 警察だ‼ 行くぞ!」

「はっ……はいっ!」


 結局ハヤトはエンを車に乗せると、群衆をかき分けその場を後にするのだった……。そして、❝陰陽庵❞にテレビ局から取材の依頼が入るのは、この日の夜の事だった――。


つづく!

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