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新世紀陰陽伝セルガイア

第八話~悪夢の退治者~

――今宵。少女は、自宅の風呂場で石けんを握りしめていた……。普通であればそれを手の中で泡立て髪や体に擦り付けるはずだろう……。しかし、この日彼女はそうしなかった。その石けんを自らの爪で引っ掻き、ある❝文字❞を刻み始めたのである……。
 少女の名を、仮にAとしておこう。彼女が何故このような行動を取るのか……。それはこの日の昼、彼女が通う高校でとある噂話を耳にしたからであった。


◆昼間・学校にて

 
 ……複数の女子生徒が話しており、少女Aもその内の一人だった。


『ねぇねぇ覚えてる? 数か月前にあった女子高生が殺された事件』

『あぁ! 風呂場で殺されて、妹さんが容疑者で捕まったってやつでしょ?』

『そうそう』

『でも妹さんは結局無罪判決受けて、真犯人は見つかってないんでしょ?』

『そうそう!』

『で? それがどうしたの?』

『いや実はね……その妹さん、結局周りから殺人犯扱いされたのが辛くて最近自殺しちゃったんだって……』

『マジか……』

『でね、それからちょっとした都市伝説が流行り始めたんだけど……みんな知ってる?』

『え? どんなのどんなの?』

『実はね……その自殺した妹さん、❝サヨリちゃん❞て言うんだけど……ある事をするとそのサヨリちゃんの霊に会えるんだって……」

『え……』

『……それ……ガチ……? どうやるの?』

『うん、あのね……。まず夜風呂場で石鹸に、爪で❝サヨ❞って書くんだって』

『うんうん』

『で、それからその石鹸の泡で髪の毛を洗うんだって』


『それでそれで?』

『で、髪の毛を洗いながら目を瞑ってると、「私じゃない……私じゃない……」って声が聞こえてきて……』

『…………』

『目を開けると鏡に……血に染まったサヨリちゃんの霊が鏡に映るんだって……』

『キャーーーーーーー‼』

『怖ぁ~……』

『でしょ~?』

『ホントなのそれ~?』 

『ま、あくまで噂なんだけどね……。でも今流行ってるんだって」

『確かに風呂場で頭洗ってる時って、怖いからね~』

『だよね~』

『う~ん、信じらんないな~……。あたし、今日帰ったらやってみようかな……」

『え~やめときなよ~』

『でも、ちょっと試してみたい気もするよね』

『だよね~……』


 ……こうしてその日の夜、少女Aは石鹸に❝サヨ❞という文字を刻んだのだ。


「嘘……だよね! こんなの」


 彼女Aは石鹸からあふれ出す泡で髪の毛を洗い始めた……。ゴシゴシと、長く伸ばした黒髪を丁寧に洗っていく。その時が来るのを待ちわびながら……。


ゴシゴシ……


 ところが一向にそれは現れない。


「やっぱり……ただの都市伝説じゃん」


 恐れながらもある意味ワクワクしていた少女A。期待を裏切られ、ガッカリしながら髪を洗い流そうとした。その時だった……。


『……ジャナイ……』


「……えっ?」


『……シジャナイ……』


「ちょっと……嘘でしょ……?」


『……ワタシ……ジャナイ……』


 本当に噂通りのあの❝声❞が聞こえて来たではないか‼


「(ちょっとぉ……やめてよぉぉ……)」


 小声でそう呟きながらも、❝怖いもの見たさ❞が勝っていた。彼女は意を決して目の前の鏡に目をやった……。すると突然!


『ワタシハヤッテナイ!!!!』


 鏡に現れたそれは全身ぐっしょりと血に染まり、白目をむいてこちらを睨み付けていた……。


第八話~悪夢の退治者~


◆数ヶ月前

「あ~あ。またダメかぁ……」


 その男は小説家を目指し、物語を考えては出版社に投稿する日々を送っていた……。


「くっそ……どうすりゃデビューできるんだ……」


 男の名は海道小吉(かいどうしょうきち)。「自分には物語を書く才能がある!」そう言い張り早十数年……。幾度となく自らの小説を売り込んではいるが、さっぱり売れる気配がない。
 自分の思い通りに物語が書ける今の現状には満足していたのだが、やはり売れなければ意味がない……。❝大吉❞にはなれない❝小吉❞……。近頃はそんな自分の名前にすら苛立ちを覚え始めていた。


「あ~ぁ。気晴らしにテレビでも見るか……」


 小吉はダルそうにテレビのリモコンをいじると、ニュース番組にチャンネルを合わせた。


『次のニュースです。昨夜未明、高校生の中野ミヨリさん(18)が何者かにより自宅の風呂場で殺害され、遺体で発見されました』


「またこんな事件か」


『死因は刃物で刺されたことによる失血死。しかし、凶器の刃物から指紋は検出されなかったとのことです』


 小吉は日常の暗いニュースにため息を漏らし、チャンネルを回そうとした……。ところがその先の内容を、小吉は食い入るように観はじめた。


『容疑者として逮捕されたのは、ミヨリさんの双子の妹、サヨリさん(18)。現場の石鹸に残された❝サヨ❞というダイイングメッセージが逮捕の決め手となったようです』


「ダイイングメッセージか……まるで推理小説みたいだな……」


小吉はそう呟いた……。そして……


「ん?……待てよ……しょうせつ? これ、面白いぞ‼」


 小吉の脳裏に突然インスピレーションが湧き、「このニュースの内容を物語にしてしまおう」と思い立ったのである!


「よし! よし‼ いいぞこの話! 絶対に面白い‼」


 その時の小吉は不思議なほどに頭が冴え、瞬く間にそのニュースの内容を物語に書き換えるイメージが湧いてきたのだ。


「さっそく書いてみよう!」


 小吉はパソコンを起動すると、カタカタとキーボードを叩き原稿を書きだした。そして文章が進むにつれて益々興奮していった。


「面白い! 面白いぞこれ! これなら絶対にデビューできる‼」


 ……この作品は小吉にそう思わせた。

 そんな最中の出来事だった。物語が終盤に差し掛かったころ、小吉はふと❝ある事❞を思いついた。


「待てよ……。これ、普通に出版社に持ち込むのはつまらないな……。そもそもこれは物語じゃなくて実際の出来事だったんだ……。それなら俺の物語も……へへへ……現実のものにしてやる……。ハハハハ!」


 そういうと小吉はその小説を、ダイイングメッセージの内容に特化した❝新たな物語❞として書き換える事にした。『石鹸に❝サヨ❞と書き込み髪を洗うとサヨリの霊が現れる。そしてそれを見た人間はサヨリに殺されてしまう……』そんな内容だった。もちろんこの時サヨリは死んでなどいなかったのだが……。


「ハハ……ハハハ……これは……もっと面白いぞ! ハハハハッ!」


 そう言うと小吉はその文章を自分のブログにアップしたのだった……。


◆数ヶ月後

 少女Aが浴室で都市伝説を試してみた翌日。彼女の学校で騒ぎが起きていた。

「ちょっと嘘でしょ⁉ Aちゃん死んじゃったって⁉」

「いやガチで死んじゃったんだって! 昨日の夜! 風呂場で心臓麻痺だって‼」

「そんな‼」

「あのね、Aちゃん……昨日ホントに❝あれ❞、試したみたいなんだ」

「……え?」

「風呂場にね……❝サヨ❞って書かれた石鹸があったんだって……」

「‼」


 なんとあの後少女Aは、都市伝説の内容通りに亡くなってしまったのだ。
 小吉がブログに投稿したあの❝都市伝説❞は瞬く間の内に拡散され、ちょっとしたブームを巻き起こしていた。始めのうちは、あくまで都市伝説であったそれ。だが事件後実際に世間からの誹謗中傷に耐えかねたサヨリが自殺してしまった事を皮切りに、都市伝説の内容も現実のものとなってしまっていた……。


「嘘……。ありえない!」

「でも実際に……!」

「あたしやってみる」

「え⁉」

「あたしもAみたいにやってみる!」

「ちょっとやめなよ!」

「確かめなきゃ気が済まないよ! だって! ……私があんな話しなかったら……」

「……」

「違う……私のせいじゃないって証明する!」


……

…………
………………


…………その晩、また一人少女が死んだ。


◆小吉の家

「ハハハ! ブログのアクセス数……凄いことになってる‼」


 確かにあの小説をブログにアップしてから、小吉のサイトにはアクセスが殺到していた。そして……


『さあ! 蓮の葉テレビの人気コーナー❝マチカド超常現象❞のコーナーがやって参りました!さて皆さん、今巷で噂になっている❝サヨの石鹸❞という都市伝説、ご存じでしょうか?』 

 ……といった具合に、TVでも取り上げられる程だった。


「そうだ……いいぞ……もっと広まれ……もっとだ!」


 ところがこの日小吉は喫驚した。観ていたテレビから衝撃の内容が聞こえてきたからだ。


『実は最近、その都市伝説を実行した人間が命を落としているという噂があるんです……』


「えっ⁉」


『最近原因不明の心臓麻痺で死亡した人間が、全員風呂場で、しかも石鹸に❝サヨ❞と書き残して死亡しているというのです……』


「何だって⁉」

 小吉が引き続きテレビから聞こえてくる声に耳をそば立てる。

『ちょっと待ってください。冗談でしょそんなの』

『始めは私もそう思ったんですが……実際に死んだ人間が何人もいるようなんです……』

『……集団心理でしょうか……』

『実際のところは分かりませんが、事実、あの風呂場での女子高生殺害事件が元になって広まった都市伝説ですからね……。』


「嘘だろ⁉ 確かに俺はあの話を現実のものにしてやると言った……。でもあれは紛れもなく嘘偽りだ! こんな事……ある筈がない!」


 小吉はテレビの声に耳を疑った。しかしそれは現実の出来事だった。それから数日間❝サヨの石鹸❞絡みの死者は更に増えて行くのだった……。


「くそっ! どうして俺の話で人が死ぬんだ! 嘘だあり得ない‼ そうだ……確かめてやる! 俺も……やってやる‼」

 そう言うと小吉は自宅の風呂場へと駆けて行った。


「はぁ……はぁ……」


 小吉は震えていた。現実ではないと自分に言い聞かせながらも、連日のニュースを嫌という程耳にしてきた身。増してその噂を広めた張本人である……。その内容をくまなく知っている小吉は怯えながら、一枚……一枚と服を脱ぎ捨てていった。


「嘘だ! 絶対にウソだ!」


 そう言いながら小吉は風呂場の椅子に腰かけると、とうとう石鹸を手に取った。


「よし……やるぞ‼」


 そう言うと小吉は爪を立て、手にした石鹸に❝サヨ❞と書き込んだ。


「ふぅ~~っ」


 小吉は恐怖を紛らわそうと深く息を吐き、石鹸を一気に泡立てると自らの髪に擦り付けた。


「(来るなよ~……来るなよ~……)」


 そう思いながらガリガリと頭をかく小吉……。すると……


『……ジャナイ……』


「っ‼‼」


『……シジャナイ……』


「(マジかよ⁉)」

 噂通り❝あの声❞が聞こえ始めた‼


『ワタシジャ……ナイ……』


「(来たぁぁあ……‼)」


『……ワタシジャナイ……』


「(帰ってくれ……頼む……帰ってくれ‼)」


『……ワタシジャナイ……』


「頼む! 俺が悪かった! 悪かったから‼」

そう言うと小吉は、意を決して目の前の鏡に目をやった……。すると‼


『ワタシハヤッテナイ!!!!』


「ぎぃやぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああアああああああああああああああああああああああああああああああああああ‼‼‼‼」


 とうとうサヨリの霊が現れた‼

「ごめんなさいごめんなさい! まだ死にたくない! 死にたくない!」


 小吉は鏡に映る血まみれの少女に向かって必死に訴えていた! 霊感のない人間には直接見ることはがきない幽霊。鏡にだけ映し出されたそれは鬼のような形相で小吉を睨みつけている。


『……ワタシジャナイ……ワタシジャナイ……』


 何度も何度も同じ言葉を繰り返し続けるサヨリの霊。それに対し小吉も、何度も必死に訴えた!


「もうしませんもうしません! だから命だけは! 命だけは助けてください‼」


 ……ところが


キシャァァァアアア‼


サヨリは更に恐ろしい形相で小吉を睨み付けた! すると……


ドクン……


「(……うっ!)」


 突然小吉の鼓動のリズムが狂い始めた。


ド……クン……


「(く……苦し……)」


ドク……ン……


「(し……死ぬ……‼)」


 あまりの苦しさに泡を吹き始める小吉! それに対してサヨリはトドメとばかりに睨みつけた!

キシャァァァアアア‼


「うわぁぁぁあああああ‼」


小吉が叫んだその時だった!!


「そこまでだっ‼‼」


「⁉」


 突如風呂場の扉が開かれたかと思うと何者かの声がした! そして小吉は途端に今までの苦しみから解放され、風呂場の地面にへたり込んだ。開かれた扉に視線をやると、そこには見知らぬ一人の人間が堂々と佇んでいた。小吉はその人間に向かって思わず呟く。


「あ、あなたは……?」


 それは除霊屋、ナイトメアバスターズのハヤトだった‼


「俺の事はどうだっていい! それより……! サヨリちゃん‼』


 ハヤトに名前を呼ばれ、サヨリの霊は喫驚した。死んでから今日まで、自分の名を呼び語りかけてきた者など一人もいなかったのだから当然だ。


「サヨリちゃん……こんな事もう止めるんだ」

『……』

「俺は君の事、全部知ってるんだ!」

『ワタクシジャナイ……ワタシジャナイ!』

 二人のやり取りに着いていけず、思わず口を挟む小吉。

「な! 何なんですかアナタは⁉」

「いいから黙って見てろ!!」

「⁉」

「そうだサヨリちゃん。お姉さんを殺したのは君じゃないんだろ‼」

『オ……オマエニ……ナニガワカル……』

「分かるんだよ! やったのは君じゃない。だから君は必死にそれを訴えたかったんだろ⁉」

『‼』

「でもこんなやり方間違ってる。もう終わりにするんだ! このままだと君は魔物になって! 永遠に成仏できなくなるんだぞ‼」

『ワタシハ……ワタシワハァァァ……』


 この時、サヨリはかつての出来事を思い出していた……。


◆数ヶ月前 サヨリの家

「サヨ~? トモヒロくんまだいるの~?」

「あ! お姉ちゃんだ!」


 サヨリはその日両親の留守をいいことに、彼氏であるトモヒロと一晩を過ごそうと、自宅に招き入れていた。しばらく部屋でいちゃついていたのだが……夜も更けた頃、部屋の外から姉のミヨリの呼び声がした。


「ねぇ~お姉ちゃ~ん。今日泊まらせてあげてよ~」

「だ~め‼ 許さないわよ!」

「ちぇ~っ。お姉ちゃん彼氏いないからって嫉妬してるんでしょ!」

「も~! バカなこと言ってないで早く帰らせな~。あたし先にお風呂入ってるからその間にね」


 ミヨリはサヨリの双子の姉である。

 その容姿は極めて似ており、周りからは度々互いを間違えられることがある……。明らかな違いは2つ。一つは姉は高校に通い、進学できなかったサヨリはとび職として働いている事。そしてもう一つは、サヨリには彼氏がいるという事だった。


「サヨ……俺、今日はもう帰るよ……」

「え~? そんなこと言わないで泊まってってよぉ」

「いやいやもう遅いし、それに……ミヨリとの約束もあるしな!」

「え? 何?……お姉ちゃんとの約束って……」

「いや……お前とずっと一緒に居たいからな……約束は守らないと」

「え? どういう事?」

「ま、また今度ゆっくり話すよ! じゃあなっ!」

「ちょっとトモぉ~」


 そう言うとトモヒロは、サヨリにキスして部屋から出て行った……。

「あ~あ。……今日はチャンスだと思ったのになぁ……」


 落胆するサヨリはベッドに寝転ぶと、ぼんやりと天井を眺めた……。するとその時だった‼


キャーーーーーーーっつ!!!


「お姉ちゃん⁉」


 突然姉の叫び声が木霊した! どうやらその声は風呂場から聞こえたようだ! サヨリはベッドから跳ね起きると急いで階段を駆け下りた! そして風呂場のドアを開けるとそこには……血にまみれになって倒れたミヨリと……一人の人物が立っていた……。


「やった……とうとうやったわ……」

「‼ あなた……‼」

「⁉ ど……どうしてミヨリが⁉」

「⁉」

「どうしてミヨリが2人いるのよ‼⁉」

 その人物はそう言ったかと思うと突然奇声を発し、サヨリにぶつかり逃げ去って行った!


「ちょっと……お姉ちゃん……お姉ちゃん‼」


 サヨリは慌てて姉の体に触れた。しかし時すでに遅く、ミヨリの体は冷たくなっていた。サヨリはすぐさま警察に電話を掛けたのだが、第一発見者である彼女が真っ先に疑われてしまったのだ。
 事情聴取の折りサヨリは真犯人の存在を訴えたがその場では信じてもらうことができなかった。なぜなら……

「君……サヨリちゃんて言うんだろ?」

「は……はい……」

「じゃあ……これは何なんのかな?」

「こ! これって⁉」


 姉の死体の手の中に、❝サヨ❞と書かれた石鹸が握りしめられていたからだった。


「……お姉ちゃん……」

 姉に濡れ衣を着せられたと感じたサヨリは落胆した。しかしサヨリには姉を殺す動機がない! 逮捕後にその事を必死で訴えたのだが……


「君……あれだろ? お姉さんに彼氏を奪われて、嫉妬してたんだろ?」

「そ……そんな……お姉ちゃんに彼氏はいません! それにトモくんは私の彼氏です!」

「しかしね君……。君のお姉さんとその……トモくん? が一緒にいる所をたくさんの人が目撃してるんだよ……」

「そ、それは! きっと私と見間違えたんです! だってお姉ちゃんと私、瓜二つだから‼」

「確かに、驚くほど似ているね……。 しかし……君は制服を着たことがあるかい?」

「……?」

「そのトモ君は、❝制服を着た❞君と一緒にいたらしいが……はたして誰だろうね?」

「そんな……お姉ちゃん……」


 ミヨリはどうやら、サヨリに内緒でトモヒロと付き合っていたようである。しかも石鹸に残したあのダイイングメッセージ……サヨリは姉に裏切られショックを受けた。いつも優しくて暖かくて……頭もよくて……そんなミヨリを、サヨリは尊敬していた。それなのに……。サヨリは目の前が真っ暗になった。


 それから暫く経ち、サヨリは釈放された。しかし世間から❝殺人者❞のレッテルを張られ、トモヒロまでもがサヨリの元から離れていき……サヨリはとうとう孤独のまま自らその命を絶ったのだ……。自分を信じなかった社会に……そして姉のミヨリに、そして真犯人に恨みを残したまま……。


◆小吉の家

『ソウダ……ワタシジャナイ……ワタシジャナイ‼ アノトキ、モウヒトリイタンダ‼』

「ああ……」

『ソレナノニダレモシンジヨウトシナカッタ‼ 『ミヨリ』ニモ『トモヒロ』ニモウラギラレ……ワタシハコドクニナッタンダ‼ コンナヨノナカマチガッテル! ダカラワタシガコロシテヤル‼ シンジナイヤツハゼンインコロシテヤル‼‼」

 そう言うとサヨリは遂にハヤトに襲い掛かって来た!


「くっ!」

 間一髪攻撃を交わすハヤト。そしてその光景を、小吉も鏡越しに見ていた。


「ちょっと! アナタ何とかしてくださいよ! さっき全部知ってるって言ってましたよね⁉」

「ああ……そうだ……」

「ちょっと、何落ち着いてるんですか⁉ 早く何とか……!」

「うるさい黙ってろ‼」

「⁉」

 ハヤトは小吉の言葉を遮り、更にサヨリに語り掛けた。

「サヨリちゃん、さっきも言った通り俺は全部知っている……。それは、❝君の知らい事❞も含めてだ。」

『ナン……ダト……』

「君のお姉さんはな……石鹸に……本当はこう書きたかったんだよ!」


 そう言うとハヤトは小吉から石鹸を奪い、そこにある人物の名前を書き刻んだのである。


『……コレ……ハ……?』

「君のお姉さんを殺した……真犯人の名前だよ」

『…………‼‼』


 サヨリはうろたえた。しかし、その名に見覚えはない……。彼女は再び形相を代えた!


『イマサラソレガワカッタカラッテナニ二ナル! コロシテヤル! コロシテヤル‼』

キシャーーーーッツ‼


「くっ! 止めろ! もう止めるんだ! 魔物になるぞ‼」


『ソレデイイ‼ ソレデイイ‼』


キシャーーーーッツ‼


 サヨリが再び襲い掛かった! ハヤトは強い霊力で首を絞められ始めた!


「く……くそっ……」

 その時だった! 

プルルルル……プルルルルル……

 ハヤトの携帯が鳴った。首を絞められ苦しみながらも、ハヤトは携帯を取る。

「バン! 遅いぞ!」

「悪いわるい! 道が混んでてよぉ……」

 電話の相手は相棒のバンだった。

「んなノンキな事言ってる場合か‼ こっちは最悪の状況だぞ!」

「すまんすまん! まあ落ち着け!」

「彼女は……見つかったのか?」

「ああ、今目の前にいる。この話をしたら彼女、自首するってよ」

「そうか……よかった!」

「ハヤト……ハンズフリーに切り替えろ。彼女が、サヨリちゃんと話したいと」

「分かった……」


 そう言うとハヤトはハンズフリーに切り替えると、携帯をサヨリの前に差し出した。


「あの……サヨリさん……ですか……」

『コ……コノコエハ……アノトキノッ!』

「あ……あの……わたしヤマイって言います……あなたのお姉さんを殺したのは私です! ごめんなさい‼ 本当にごめんなさい‼ ……これから自首します……」

『…………』


 このヤマイという人物。かつて同じ高校に通うクラスメイトのミヨリに、一方的な嫉妬心を抱いていた。根暗な自分とは違い、日常華やかにふるまうミヨリ……。容姿端麗、成績優秀で男子からも人気の高いミヨリ……。ヤマイの嫉妬心はいつしか敵意に変わって行った……。
 そんなある日、ミヨリがある男と並んで歩く姿を目撃する。それは、ヤマイが密かに想いを寄せるトモヒロだった。益々嫉妬した……。
 それから数日後、ヤマイは友達と会話するミヨリの話に聞き耳を立てていた。


「あのさ……今日ウチの両親旅行で居ないんだ~。寂しいから誰か遊びに来ない?」

「あ~ごめん! あたし今日用事あるんだ」

「ごめん私もなんだ~」

「そっかぁ~……」

「でもさミヨリ……いいチャンスじゃない? 彼氏、家に呼んじゃったら?」

「いやいや、私彼氏いないから。」

「はぁ~? ありえん! こんなカワイイのに⁉」

「そうだよ! ぜったいウソ! ミヨリをほっとく男子の気が知れないね」

「ははっ。ありがと。でも、ホントにいないんだ私……」

 それに対してヤマイはボソボソと独り言を呟いた。

「……何よいい子ぶって! 私は知ってるんだからね! アンタがトモヒロ先輩と付き合ってるの‼ あ~許せない‼ 許せない‼」


 そしてヤマイはこの日の夜、遂にミヨリを殺したのだった……。


◆再び現在

 ハヤトはサヨリに訴え続けた。

「サヨリちゃん……これが真実だ。キミのお姉さんを殺したのはヤマイだ。そして彼女はこれから警察に自首する……。君も、もう終わりにするんだ」

『……ワ……ワタシハ……』

「さぁ、成仏するんだ……」

『ワ……ワタシハ……イヤヤアアアアァァァァァアアアアアアアアアアアアアア‼』


「くそ! 暴走したか……!」

 ハヤトの言葉に小吉も焦る。

「えぇっ⁉ どうするんですか⁉」

「……仕方ない……」


 するとハヤトは、触れることのできないミヨリの体を抱きしめた……。

「サヨリちゃん……辛かっただろ……。今日こそ君のその無念……俺が解放してやるからな……」

 サヨリは突然の出来事に驚いた。そしてハヤトは懐から❝封印香炉❞を取り出すと、おもむろにその蓋を開いた。すると……


『サヨリ……』

『エ……?』

『サヨリ……』

『オ……姉ちゃん……?』
 
 香炉の中からミヨリの霊が現れた。

「捕らえるのに手間取ったが連れて来たぞ……。ミヨリちゃん、妹に全部話してやるんだ」

『はい……』


そう言うとミヨリは語りだした。


『サヨリ……ごめんなさい。私、決してあなたを裏切ってなんかいないの。』

『な……何よ今更……』

『私……石鹸にちゃんと名前を書く前に死んじゃって……』

『だから……何?』

『そしてそこに書かれるはずだった文字はアナタの名前じゃなかった……』

『……』


『それに、私トモくんと付き合ってなんかないの!』

『⁉』


『私……確かに何度かトモくんに会ってた……。でも、それは「あなたを大切にして欲しい」ってお願いするためだったの‼』

『‼‼』


 サヨリはこの時、ミヨリが死んだあの晩の事を思い出した。


「サヨ……俺、今日はもう帰るよ……」

「え~? そんなこと言わないで泊まってってよ!」

「いやいやもう遅いし、それに……ミヨリとの約束もあるしな!」

「え? 何? お姉ちゃんとの約束って……」

「いや……お前とずっと一緒に居たいからな……約束は守らないと」

「え? どういうこと?」


……
…………
………………


◆再び現在

『約束……そういう事だったんだ……』

『そう、❝遊びに来ても日付が変わる前に帰る❞トモくんにお願いした約束の一つ』

『お姉ちゃん……』

『サヨリ……私、あなたを守りたかった……。トモくんとはずっと一緒にいて欲しかったけど……二人とも未成年だから』

『お姉ちゃん……』

『それなのに、私ってバカだね。結局あなたを苦しめてしまった……』

『ん~ん! そんな事ない! 私にこうしてちゃんと真実を伝えてくれた! ありがとう……。……優しくて、温かくて……私の大好きなお姉ちゃん!』


 その言葉を聞いて、ミヨリは微笑んだ。そしてそんな彼女にハヤトが語り掛けた。


「さぁ……そろそろ時間だな」


 そしてハヤトの言葉に促されるように、ミヨリはサヨリに言葉をかけた。

『サヨ……もう行こう……疲れたでしょう?』

『……うん』

『あの世で罪……償わないとね……』

『……そう……だね』

『ハヤトさん……本当にありがとうございました』

「……」

『そして……本当にすみませんでした……』

「…………」


 無言で見つめるハヤトに対し、二人は口をそろえた。

『これで成仏できます……』


 そしてそう言い残すと体から眩い光を放ち、二人は成仏していくのだった……。

◆少し経ち

「ふぅー。……久々だなぁ魔物との対決を免れるのは」

 事を終え、一息つくハヤトに向かって小吉が叫んだ。

「す、凄いですーーーーー‼ 今気付きましたが、あなた最近噂になってるナイトメアバスターズの人ですよね⁉」

「ああ……そうだ。(……くそっTVの影響だな……エンの奴め)」

「はい! 私この手の話大好きで、いつか貴方たちの事小説にしたいと思ってたんですよ‼」

「ほぉ……そうか(マズいな……)」

「あの……私、小説家を目指している海道小吉という者です! あの……今日の出来事、ぜひ小説にさせて貰ってもいいですか⁉」

「……おまっ……まだ懲りてないのか……。お前のせいで間違った噂が広まって何人も人が死んだんだぞ⁉」

「あ、あれは! 私だってまさか本当の事になるとは思ってませんでしたし!……それに今度はあなたたちの事❝ちゃんと❞書かせていただきますよ! だって今日の事は目の前で見た真実なんですから‼」

「……そうか……好きにしろ……」

「やった‼ ありがとうございます‼ ……あ、ところで今回の件、何か料金とかって発生するんですか……?」

「いやいや、今回は俺たちが勝手に嗅ぎまわってやったことだ。気にするな」

「はぁ……よかった」

「(露骨に安心したな……)」


 そしてハヤトは去り際に、懐から❝あるもの❞を取り出した。


「そうそう、今俺たち大々的に宣伝しててな。よかったらこれ貰ってくれ」

「これは……おせんべい……ですか?」


 それは三つ巴の模様の焼き印が入った煎餅だった。


「ま、名刺代わりだ」

「あ、ありがとうございます!おお腹空いてたんです‼ お金も取らない上に粗品までくれるなんて! なんていい人なんだ!」

「(こいつどんだけ金ないんだ……?)」

「あの……絶対に小説家になってあなたたちの話、流行らせて見せますからね!」

「……おう……頑張れよ……」

「はいっ‼」


 そう言うとハヤトはその場を後にした……。

 その後小吉はパソコンに向かうと早速この日の出来事を小説に書き起こそうとした。


「よ~し……見てろよぉ……今度こそ小説家になってやる!」

 そう意気込みながら先ほどの煎餅をかみ砕くと……小吉は一連の出来事を忘れてしまった……。そう、これが人知れず悪夢と戦うナイトメアバスターズのやり方なのだ。一人の記憶を消すには、呪文を込めた煎餅一つで事足りるのだった……。


◆路上

 今宵もこの世の闇を払ったハヤトは、乗って来たバイクに寄りかかりながら電話をかけ始めた。


トゥルルル……トゥルルル……カチャ


「あ~もしもし、バンか? ……終わったよ」

「おう、こっちも今ヤマイさんを警察に引き渡したところだ」

「そうか……」

「しかし今回の件……どうする?」

「どうするって……何が?」

「いや……一人の記憶を消したところで今回の都市伝説、既に相当広まってるんだぞ?」

「あぁ、そうだったな」

「まあ、あくまで都市伝説だしそっとしといてもいいかもしれんがな……」

「そうだな……。しかし、それだと俺はちょっと気に食わないな……」

「? 何がだよ……」

「そうだな……あの話……ちょっと書き換えてやるとするか……」

「お、おいハヤト、人の話聞いてんのか? おい、ハヤト……ハヤトー?」


 ハヤトはバンの言葉を最後まで聞かずに電話を切ると、バイクのエンジンを吹かしてその場を後にした……。


◆数日後

 とある学校にて、数人の生徒が噂話に花を咲かせていた。

「ねぇねぇ知ってる? 今流行りの都市伝説」

「え? ひょっとして❝サヨの石鹸❞の話」

「あ~それだったら知ってるよ! 真犯人、捕まったんでしょ⁉」

「そうそう! 確か、ヤマイさん……だっけ?」

「いや、それがあの話、まだ続きがあったんだって!」

「⁉」


「ちょっと紙とペン貸して!」


 すると一人の少女が紙に大きく縦書きで❝サヨ❞と書いた。



「……それがどうしたの?」

「でね、この石鹸で髪を洗うとサヨリちゃんの霊に殺されちゃうって話なんだけど……一つだけ助かる方法があるんだって‼」

「え⁉ どうやるの⁉」

「あのね……本当に危ないって思ったら、石鹸に一文字加えるの……」


 そう言うと少女は先ほどの紙に再びペンを走らせ、❝サヨ❞という文字に一文字書き足し90度回転させ皆に披露した。すると……


……それは『山井』という字になっていた。
そして以来、この件で人が死ぬ事は無くなったのだと言う……。


つづく!


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